THE STORY
ジェンスン・フアンの物語
選んだ道。その先で、起きたこと。
01完成できません それでも払ってください
取引先へ持ち込んだ無理な頼み
ジェンスン・フアンは、ゲーム会社Segaへ、自分たちの設計が間違っていたと伝えた。このまま開発を続けても、よい製品を渡せない。別の会社を探してほしい。だが、契約を止めれば、彼の会社NVIDIAには金が入らなくなる。仕事を完成できないと告げた相手へ、約束した代金は払ってほしいと頼まなければならなかった。[1]
1990年代半ば、会社を始めてまだ数年のことだった。Segaは支援に応じた。フアンが後に語ったところでは、それで残った時間は6か月。間違いを認めたことで生き延びた会社は、その時間で次の製品をつくることになる。[1]
後年、黒い革のジャケットで舞台に立つ彼の手には、世界のAIを動かす装置が載った。会社の売上は2026年1月期の1年間で2159億3800万ドル(約34兆318億円)に達する。ところが、その会社をつくった本人は、苦難を初めから全部知っていたら、もう1度は起業しないと答えている。成功の大きさと、その道をもう1度歩きたいかは、彼の中でも重ならなかった。[2][3]
取引先に頭を下げた技術者は、なぜ、まだ使う人を探していた計算へ何年も金を使ったのか。最初の働き場所は、半導体の研究室よりずっと手前にある。
02兄と2人で海を渡る
父の仕事で台湾からタイへ
地理データ:Natural Earth(パブリックドメイン)。現代の行政区分と都市の代表位置を表示。編集部作図。
1963年2月17日、フアンは台湾北部の政治・経済の中心地、台北に生まれた。技術者の父がタイの製油所を立ち上げる仕事に就き、5歳ほどで一家は移った。後にフアンが親しい思い出として話すのは、タイの食べ物と人々だった。だが1973年前後、情勢不安を受け、両親は息子たちを米国へ送ることにした。[4][5]
兄弟が最初に身を寄せたのは、米国北西部・ワシントン州の港町タコマに住む親族だった。両親はまだ来ない。親族のもとに滞在した後、今度は米国南部・ケンタッキー州の山あいの町オナイダへ移った。そこに、兄弟の暮らす寮があった。[4]
数十年後、フアンは再びタイを訪れる。2024年12月、バンコクでWIREDの取材に応じたとき、近くには昔自分が通ったインターナショナルスクールがあると話した。AIを売りに来た経営者にとって、その街は、父の仕事について来た子どもだった場所でもあった。[6]
03年上の少年たちと暮らす寮
毎日の担当は男子トイレ
兄弟の入った寮はOneida Baptist Instituteにあった。フアンは年上の少年たちと暮らし、年齢が低かったため授業には近隣の公立校へ通った。家から学校へ送り出してくれる両親はいない。身の回りのことを覚えながら、共同生活へ入っていった。[7]
生徒には仕事が割り当てられた。兄がタバコ農場へ出る一方、フアンは放課後に男子トイレを掃除した。自分も農場へ行きたかったと、彼は後に話している。選んだ仕事を与えてもらうのではなく、その日の担当を終わらせて暮らす毎日だった。[8]
橋を揺らす子と字を教えた相手
通学途中のつり橋を、ほかの子どもたちに揺さぶられたこともあった。アジア系の少年へ侮辱的な言葉が向けられた。同級生の証言を交えたThe New Yorkerの取材には、後の成功談に収まりきらない、その頃の行為が記されている。[7]
一方、読み書きのできないルームメイトには、フアンが読み方を教えた。相手から教わったのは筋力トレーニングだった。寮での関係は、ひたすら助けられるか、ひたすら耐えるかだけではなかった。自分のできることを相手へ渡し、相手のできることを教わる付き合いも、その中にできた。[7]
04内気な弟をDenny’sへ連れ出す
家族と再び暮らす
やがて両親が米国へ来て、兄弟はタコマで家族と再会した。一家はさらにオレゴン州へ移る。父は工場の計装などに関わる技術者として働き、フアンもそこで学校へ通った。ようやく、家族が同じ土地で生活を続ける時期が来た。[4]
勉強と並んで夢中になったのは卓球だった。全国大会へ進むほどの選手になり、高校は16歳で卒業した。球を追う時間と授業を進める時間。その両方を持った少年が、次に入ることになるのは電気工学の教室である。[5]
皿洗いの次は客の前へ
オレゴン州の大都市ポートランドでは、兄がファミリーレストランDenny’sで働いていた。内気な弟のために、兄は面接を手配した。フアンは皿を洗い、テーブルの食器を下げ、やがてウェイターの仕事も覚えていく。兄が仕事を順に教えた。[4]
客の食器が下がらなければ、次の客を座らせられない。洗い物が止まれば、ほかの仕事も滞る。レストランでは、自分の作業がほかの人の作業へ続いていた。彼は後に、Denny’sでは自分にできる最善の仕事をしたと話した。会社の名刺を持つ前に、客と同僚のいる職場を経験していた。[4]
05宿題を口実にロリを誘う
実験室で同じチームになる
フアンが進んだOregon State Universityは、米国北西部・オレゴン州の大学都市コーバリスにある。電気工学の授業には女性が少なく、その1人がロリ・ミルズだった。2人は実験で同じチームになった。[9][4]
フアンは、毎週末一緒に宿題をしようと提案した。後に本人が話した、デートへの誘い方である。自分は宿題が得意だった。その得意分野を持ち出して、また会う機会をつくった。[4]
ロリも電気工学を学び、自分の学位を得た。大学の記録では、フアンが1984年、ロリが1985年の卒業生である。後に夫婦として巨額の寄付をする大学は、2人がまだ課題を解いていた頃の出会いの場所だった。[10][11]
働きながら別の大学へ通う
卒業前後からフアンの仕事は半導体へ向かった。1983年から1985年まで、半導体メーカーAMDでマイクロプロセッサーの設計に携わる。1985年には、顧客向けの半導体を開発するLSI Logicへ移り、1993年まで働いた。[12]
その間、Stanford Universityの修士課程でも学んだ。職場へ通い、家族を持ちながら授業を続け、1992年に電気工学の修士号を取る。起業の直前に大学を飛び出した若者ではない。家には妻と幼い2人の子どもがおり、すでに勤め先で責任を持つ技術者になっていた。[8]
06回路の腕が次の扉を開く
顧客の構想をチップへ変える
LSI Logicで最後に任されたのは、複数の機能を1つの半導体へ組み込む事業の部門責任者だった。フアンの相手には、コンピューターをつくるSun Microsystemsなどの企業がいた。顧客が実現したい機械を理解し、その中へ入る部品を設計する仕事である。[12]
Sunの共同創業者アンディ・ベクトルシャイムとの関係も、そうした設計の仕事から始まった。フアンは後に母校で、自分に役立つ技術があったことが、その人々とのつながりをつくったと話した。会社を始める前から有力者へ顔を売っていたというより、相手の欲しいものを形にできる技術者だった。[9]
昼は顧客と仕事をし、別の時間には大学で学ぶ。半導体の回路を考える力と、それを買う相手が何を必要としているかを知る経験が、同時に積み重なっていた。フアンが新しい会社へ持ち込めたのは、その2つだった。[8][12]
073人で安い食事の席に集まる
Denny’sで選んだゲームの市場
Sunの技術者クリス・マラコウスキーとカーティス・プリームが、新しい仕事を考えていた。彼らが一緒に会社をつくろうと誘ったのがフアンだった。3人は米国西部・カリフォルニア州の、電子産業が集まるサンノゼのDenny’sへ集まった。オレゴンで皿を洗った店とは、別の土地、別の時期である。今度は食事の席で、会社の行き先を話した。[13]
選んだのは、パソコンで立体映像を動かす技術だった。画面の奥へ道が伸び、物体が回り、光の当たり方が変わる。その絵を滑らかに描くには、大量の計算が必要になる。高価な専用機がしていた仕事を、家庭のパソコンへ持ち込めないか。ゲームなら、もっとよい映像を欲しがる多くの人がいる。3人の技術を売る先を、そこに求めた。[14]
回路は描けても会社は初めて
フアンは30歳だった。経営学やマーケティングの授業を受けてきたわけではない。紹介資料をつくろうとMacintoshを買い、プレゼンテーション用のソフトを使うところから始めた。登記、弁護士、資金調達。回路の外側には、まだ覚えていない仕事が並んでいた。[15]
会社名の候補NVisionは、すでにほかで使われていた。最終的には、ラテン語で嫉妬を意味するinvidiaに由来するNVIDIAへ落ち着く。1993年4月5日、3人の会社が設立された。[7][16]
勤め先で実績を重ねたフアンにも、会社として売れる製品はまだない。自分の設計が合っているか。開発したものへ金を払う相手がいるか。最初の製品を出すと、その2つが同時に試されることになった。
08最初の発明が足を引っ張る
NV1へ詰め込んだ工夫

写真:Hyins at Chinese Wikipedia/出典/Public domain。表示用サイズ・圧縮調整。
1995年に登場したNV1には、立体映像だけでなく音声やゲームのコントローラーを扱う機能も入っていた。いろいろな機能を1つへまとめ、家庭のパソコンで楽しめるものを増やそうとした。[17]
映像を描く方法にも独自の工夫があった。当時はメモリーが高価だったため、使う量を節約できる設計を選んだ。技術者としては理由のある選択だった。ところが、メモリーの価格は下がり、工夫によって得る価格面の強みが薄れていく。開発している間に、製品の前提が変わった。[10]
それ以上に厳しかったのは、つくり手の都合と、使う側の都合が食い違ったことだった。NVIDIAの方式は、ゲームをつくる開発者にとって扱いにくかった。MicrosoftがWindows向けに広げた、映像や音を扱う開発環境DirectXの方向とも合わない。優れた回路を組み込んでも、ゲームがその回路に合わせてくれなければ、売り物にはなりにくい。[3]
次の製品も同じ道を走っていた
会社はすでに、次の開発へ進んでいた。フアンは後に、最初の2つの設計で進む方向を間違えたと認めている。最初の商品だけを直せば済むのではない。次の商品まで、その方式を土台にしていた。[3]
ゲームの市場には競合が次々に参入していた。自分たちがつくった方式を守り続ける間にも、開発者はほかの方式を使い、競合はそれに応じる部品を用意する。半導体は、あとから画面の文章だけを直すようには変えられない。設計を替えれば、製造へ出すまでの仕事を、もう1度やる必要があった。[3]
そしてNVIDIAには、途中で止めれば代金を失う、大きな契約が残っていた。
09Segaへ自分の間違いを話す
契約を続けても終わってしまう
NVIDIAはSegaのゲーム機向けの開発を引き受けていた。契約を完成させれば金は入る。しかし、その先にできるのは、パソコンの主流から外れた技術になる。開発を止めれば、今度は必要な金を失う。新しい設計へ移る前に、会社が尽きる。[1]
フアンは取引先へ、別の提携先を選ぶよう勧めた。自分たちには契約を完成できないと伝え、その上で、会社を存続させるために代金の全額を求めた。本人は、その依頼をするのは恥ずかしかったと話している。相手にとって得な説明をして、難なく条件を引き出した交渉ではなかった。[1]
Sega側は応じた。会社が終われば、フアンたちが新しい技術を完成させる機会も失われる。支援で生まれた猶予を使い、NVIDIAは全面的な設計変更へ進んだ。後に大成功を語る席でも、フアンは、Sega側の寛大さがなければ会社は存在していなかったと謝意を示した。[18][1]
売ってくれる相手も失えない
当時の小さな会社には、もう1つの脆さがあった。1995年と1996年、販売先DiamondがNVIDIA製品の8割以上を買っていた。自分たちのチップをカードへ載せ、市場へ運んでくれる相手へ、商売の大きな部分を依存していた。[19]
設計を替えるには、その外側もつなぎ直す必要がある。ゲームをつくる人に使ってもらい、カードを売る相手に採用してもらい、買った人のパソコンで動かす。残された金を、回路の作り直しだけに使えば終わる仕事ではなかった。[19][20]
10廃業する会社の装置を買う
試作品を待つ時間がない

写真:Hyins/出典/Public domain。表示用にサイズと圧縮を調整。
次の製品はRIVA 128。1997年、NVIDIAがここへ使える資金は限られていた。試しにつくり、実物でソフトウェアを動かし、問題を直してまた製造する。その普通の手順を最後まで進める前に、金がなくなる。[3]
フアンは、回路の動きを実物の製造前に再現できるエミュレーターを手に入れようとした。連絡した会社ICOSは、まさに閉鎖しようとしていた。顧客がいないためだった。NVIDIAは、そこに残っていた装置を買い、チップが完成する前にソフトウェアを動かした。待つ時間の長い検証だったが、実物を待ってから不具合を知るより、今のうちに知る方を選んだ。[3]
資金を全部投じて無傷の製品が戻るよう祈ったのではない。製造後に見つかるはずの問題を、手持ちの時間の中へできるだけ引き寄せた。設計とソフトウェアの検証を進め、会社はRIVA 128を送り出した。[3]
全部は入っていなかった
それでも、完成したチップには足りないものがあった。DirectXで使う32種類の描画処理のうち、対応していたのは8種類だった。残りを知ったときには、設計をやり直せる段階を過ぎていた。フアンたちは、開発者にその制約へ対応してもらいながら、製品を売る必要があった。[3]
1997年4月に発表したRIVA 128は、DellやGateway、Micronなど大手パソコン企業へつながった。翌1998年1月、公式記録に出荷100万個という数字が載る。ようやく、会社がつくったものを、大勢の顧客が自分の機械へ入れる段階へ来た。[20][21]
11台北を離れた少年が台湾へ戻る
量産を任せるTSMC
注文が増えても、設計図だけでは出荷できない。NVIDIAは自前の巨大工場を持つ代わりに、製造を外へ委ねた。その重要な相手になったのが、台湾の半導体受託製造会社TSMCである。顧客の設計を引き受け、大量の半導体へ変える会社だった。[21]
フアンは、RIVA 128への需要がTSMC創業者モリス・チャンとの関係へつながったと振り返る。会社の公式年表には1998年3月の戦略的提携が記録されている。子どもの頃に離れた台湾へ、今度は会社の製品をつくってくれる相手を求めて戻った。[1][21]
同じ3月にはRIVA TNTを発表した。かつて自社の方式と合わずに苦しんだDirectXについても、Microsoftと新しい版を紹介する側になっている。最初の方式へ戻るのではなく、顧客が使う仕組みの上で次の製品を届けていった。[21]
121株12ドル(約1,891円)とGPUの名
株主が増える1999年
1999年1月22日、NVIDIAはNASDAQへ上場した。公開価格は、その後の株式分割を反映する前の1株12ドル(約1,891円)。初期の支援者だけでなく、多くの投資家から評価を受ける会社になった。その年には1000万個目のグラフィックスプロセッサーを出荷した。Segaへ助けを求めてから、会社は量産と次の製品を繰り返す場所へ移っていた。[22][23]
画面の計算を引き受けるGeForce

写真:Hyins/出典/Public domain。表示用サイズ・圧縮調整。
同年のGeForce 256は、立体の形を変え、光の当たり方を計算する機能を1つのチップへまとめた。NVIDIAはこれをGPU、グラフィックス処理装置と名づけて売り出した。従来も映像を処理する半導体はあったが、同社はこのまとまりを、新しい計算装置として前面へ出した。[24][23]
ゲームをする人なら、画面の違いをすぐ見られる。より複雑な形、より滑らかな動き。その性能を求める顧客が、会社の次の開発費を支えた。同年には設計や映像制作の専門家へ向けたQuadroも登場する。家庭で遊ぶために磨いた処理が、仕事で使う画面へも入っていった。[23]
フアンの会社は、CPUの隣で映像を手伝う部品を売っていた。だが、その部品へ任せる計算は、少しずつ増えていく。
13Microsoftから2億ドル(約315億円)が届く
初代Xboxの中へ入る

写真:Evan-Amos/出典/Public domain。表示用にサイズと圧縮を調整。
2000年3月、Microsoftは家庭用ゲーム機Xboxの計画を発表した。映像を担うのはNVIDIAだった。Windowsのパソコンだけでなく、Microsoftが自ら売り出すゲーム機へ、技術が入る。[25]
翌4月、Microsoftからプロセッサー購入代金の前払いとして2億ドル(約315億円)が支払われた。顧客が待つゲーム機を、必要な数だけ、決めた価格で支える契約である。資金繰りに追われていた会社にとっては大きな受注だったが、納品が始まると、両社の考える条件は食い違った。[26]
3dfxが独立した会社を終える
立体映像をめぐる競争では、消える会社もあった。2000年12月、競合3dfxは、技術やブランドなど特定の資産をNVIDIAへ売ると発表した。創業者スコット・セラーズは顧客への手紙で、そのまま会社を続ける道はないと説明し、株主へ解散を勧めると伝えた。[27]
ゲームの画面を速くする市場は大きくなっていた。それでも、次の開発へ金を回せなくなれば脱落する。NVIDIAが買ったのは、3dfxという会社全体ではなく、その資産だった。一方、Microsoftとの取引を得たNVIDIAにも、次の難題が待っていた。[27]
14顧客との争いも仕事になる
Xboxの価格で仲裁へ進む
2002年4月、MicrosoftはXbox向け半導体の数量や価格をめぐる問題を仲裁へ持ち込んだ。もっと安く、必要な数量を供給してほしいという相手と、契約上負う義務について異なる立場を取るNVIDIA。フアンたちは、チップの性能以外のところでも、大口顧客と向き合わなければならなかった。[26]
2003年2月、両社は仲裁問題を解決した。詳細な条件は公表していない。Microsoftとの関係は、この争いで全部が終わるわけではなかった。後年には、同じ会社とAIの計算を広げる仕事で再び組むことになる。[28][29]
速いだけでは採用されない
この頃のNVIDIAの強みを、2002年のWIREDは、製品を出す周期からも描いている。パソコンメーカーは、新しい機種を売る時期を決めている。その予定へ部品が間に合わなければ、どれほどよい性能でも次の採用機会を待つことになる。[30]
ゲームが要求する性能は上がり、競合も新しい製品を出す。チップを速くすることに加えて、それを相手の発売日へ届けることが必要になった。初期の危機を越えた会社では、1回の大勝負を成功させる力と、次も間に合わせる仕組みが、同じように求められた。[30]
15売れている部品の中身を変える
同じ効果を繰り返す先へ
ゲームが美しくなるほど、開発者はもっと違う表現を求める。決められた効果だけを速く描く部品では、その先をつくりにくい。NVIDIAはGPUの中で、利用者が処理の命令を変えられる範囲を増やしていった。[31]
フアンは後に、決まった仕事だけをする部品のままでは、やがて性能が十分になり価格競争へ入る危険を考えていたと話した。そこで、まだ世にない表現を開発者自身がつくれる方へ進む。チップの性能を上げるだけでなく、命令を扱うソフトウェアや開発用の道具も、会社が支えることになった。[31]
GeForce 8800の内側
2006年11月のGeForce 8800では、処理の種類ごとに固定していた回路を、仕事に応じて使える構成へまとめた。ゲームの画面を描くために大量に売る製品の中へ、より柔軟な計算の仕組みが入る。[32]
ただし、その仕組みをつければ製造の費用も増える。いま遊んでいるゲームが新しい機能を使わなければ、買った人にはすぐ違いが見えない。NVIDIAは、その費用を先に負担したまま、もっと広い用途へGPUを渡す入口をつくっていった。[31]
16CUDAの使い手を探す
GPUへ映像以外の仕事をさせる
2007年2月、CUDAの開発環境が公開ベータ版になった。CUDAは、GPUへ科学計算などの仕事を渡すための仕組みである。研究者が大量の計算をしたいとき、いったんゲームの画面を描く問題へ置き換えなくても、使い慣れたプログラムの書き方からGPUを動かせるようにした。[33]
同じ年には、研究や技術計算へ向けたTeslaという製品群も登場した。ここでのTeslaは、電気自動車メーカーではなく、NVIDIAの計算用GPUの名である。机の横の装置からサーバーまで、ゲームを買う人とは違う顧客へ使ってもらう製品を用意した。[34]

写真:Mahogny/出典/Public domain。表示用サイズ・圧縮調整。
買う理由を一緒につくる
道具を公開しただけでは、研究室から注文は来ない。研究者の計算を実際に移し、速く動くことを見せなければならなかった。2007年のスーパーコンピューター関連の展示会で、NVIDIAは実演に加え、CUDAを使う1日の講習を開いている。会社の仕事に、使い方を教える時間まで入った。[35]
ゲームのGPUを売りながら、そのGPUで別の仕事をする人を増やす。開発者は利用者のいる道具へ参加したい。利用者は役立つソフトがなければ買わない。NVIDIAは既存のゲーム市場へCUDAを載せ、その循環を動かそうとした。新しい用途が育つ前から、回路とソフトウェアに金を使い続ける方を選んだ。[1]
その費用は利益を圧迫し、株主からは採算改善を望む声があったとフアンは振り返る。それでも、地震の解析、医療画像、物理現象のシミュレーションなど、使う人と一緒に用途を増やしていった。やがて、その道具を別の問題へ持ち込む研究者たちが現れる。[1]
17未来を待つ間にパソコンが壊れる
修理のための1億9600万ドル(約308億円)

写真:Coolcaesar at English Wikipedia Coolcaesar at English Wikipedia/出典/CC BY-SA 3.0。表示用にサイズ・圧縮を調整。
2008年、ノートパソコンに使われた一部の旧世代製品で問題が表面化した。チップと実装材料の組み合わせによって不具合が生じる。会社は修理や交換、返品などへ備え、最初に1億9600万ドル(約308億円)の費用を計上した。[36]
すでに売った部品は、利用者の手元にある。そこが壊れれば、パソコンを買った人が困り、販売したメーカーも対応を迫られる。後の開示には追加費用や集団訴訟の和解も載った。CUDAの将来に投じる金とは別に、出荷済みの製品を直す金が必要になった。[37]
過去の製品にも追いつかれる
会社の中では、新しい用途を探す仕事と、過去の不具合の後始末が同時に進んだ。次のGPUを買ってもらう相手は、前の製品を使った人でもある。新機能を並べる発表とは違うところで、NVIDIAは費用を負い、対応を続けなければならなかった。[37]
チップは出荷したら終わる商品ではなかった。大勢のパソコンへ入るほど、不具合が出たときに戻ってくる責任も大きくなる。フアンの会社が抱えていたのは、まだ売上を大きく生まない新分野だけではなかった。
18Intelから15億ドル(約2364億円)を受け取る
契約で進める場所が変わる
2011年1月、NVIDIAとIntelは係争を終わらせ、新たに6年間の特許相互利用契約を結んだ。IntelがNVIDIAへ支払う金額は総額15億ドル(約2364億円)。半導体の技術は、実物の部品だけでなく、その使い方を認める契約にも価値を持っていた。[38][39]
一方、この契約でも、NVIDIAがIntelの主力と同じx86プロセッサーを自由につくれるわけではない。何を使え、何を使えないかの境界が残った。フアンは顧客へ製品を届けるだけでなく、ほかの大企業の技術へどこまで入れるかを交渉する側にもなっていた。[39]
次はポケットの中へ
パソコンの外では、スマートフォンとタブレットが広がっていた。小さな機器の中で映像を滑らかに動かし、電池を長持ちさせる。NVIDIAはTegraという処理装置で、その市場にも入ろうとしていた。[40]
ただ、電話には映像の計算だけでなく、通信する技術も要る。会社は自前の強みに足りない部分を、買収で埋めることにした。
193億6700万ドル(約578億円)で電話へ賭ける
Iceraを買ってそろえる
2011年5月、NVIDIAは英国のIceraを、現金3億6700万ドル(約578億円)で買うと発表した。携帯電話の通信を担う半導体技術の会社だった。Tegraの処理能力に通信の機能を組み合わせ、機器メーカーへ一段広い提案をする。大きくなる市場へ、設計者と技術をまとめて取り込もうとした。[40]
パソコンでは性能を求めるゲームの顧客がいた。電話の中では、無線の規格や通信会社の認証、消費電力にも応えなければならない。映像を速く描けるという得意分野から、さらに広い条件を満たす競争へ踏み出した。[40]
その一方、同じGPUをまったく違う目的で買う人たちが、研究室から現れていた。
202枚のゲーム用カードが画像を見分ける
AlexNetの学習に使われたもの
2012年、アレックス・クリジェフスキー、イリヤ・サツケバー、ジェフリー・ヒントンは、画像認識の研究成果を発表した。後にAlexNetと呼ばれる仕組みである。大量の写真を見せ、画像の特徴を学ばせ、何が写っているかを判定する。[41][42]

写真:TheStriker/出典/CC BY-SA 4.0。表示用にサイズと圧縮を調整。
その学習を動かしたのは、ゲーム用のGeForce GTX 580を2枚組み合わせた装置だった。研究者たちは、それぞれのGPUへ仕事を分け、5〜6日ほどかけて訓練した。家庭で立体のゲームを動かしていた製品が、今度は、コンピューターへ画像の見分け方を覚えさせていた。[43]
2012年の画像認識大会では、上位5候補までに正解を含められない誤りの率が15.3%。次点の26.2%を大きく下回った。少し速くなる、少し正しくなるという程度を越える差だった。長年積み重ねられてきた画像認識の競争へ、別の学習の仕方が飛び込んだ。[43]
研究者の発見で会社も向きを変える
NVIDIAがAlexNetを発明したわけではない。会社の外の研究者が、その道具を別の問題に使い、結果を出した。フアンたちは、その結果を見て、深層学習という方法へさらに資源を向けた。画像だけでなく、音声などにも広がる計算の仕事が見えてきた。[44]
GPUを先に用意し、使う仕組みを公開する。研究者がそこへ自分の問題を持ち込み、できたことを見た会社が、次の開発へ戻す。CUDAを使ってもらうために続けた仕事へ、社外から大きな答えが返ってきた。[44][42]
フアンは、ゲームをする人とは別の顧客へも、もっと使いやすい形で計算を渡そうとした。GPUを並べ、線をつなぎ、ソフトを入れるところから、研究者に全部してもらう必要はあるのか。その仕事も、会社が引き受ける方向へ進んでいく。
21手に持つゲームから動くロボットへ
電話の外へ持ち出すTegra
2013年1月、NVIDIAはProject SHIELDを発表した。コントローラーに画面をつけ、手に持って遊ぶAndroidのゲーム機である。中で動くのはTegra 4だった。端末のゲームだけでなく、家のパソコンで動くゲームを無線で受け取り、別の場所で遊ぶ構想も入っていた。[45]
小さな機器の中へ映像処理を入れる技術を、自社の製品として見せる。SHIELD Portableとして知られるその姿は、スマートフォンを売る競争だけが、Tegraの使い先ではないことを示した。[45]

写真:Bryce Carmony/出典/CC BY-SA 4.0。表示用サイズ・圧縮調整。
2014年3月にはJetson TK1を発表する。TegraとCUDAを使える小さな開発用コンピューターだった。会社が示した用途には、ロボットの移動、車の周囲の認識、持ち運べる医療機器があった。画像をどこかのサーバーへ送るだけでなく、動く機械自身に、その場で理解させる道具を用意した。[46]
Iceraは続けない
2015年5月、NVIDIAはIceraのモデム事業を終了する方針を発表した。働いていたのは約500人。4年前に金を投じた通信の事業から退き、ゲーム、自動車、深層学習などへ集中する。必要な通信の半導体は、ほかの会社から調達する方へ切り替えた。[47]
決算発表では、事業を売却できない場合などに備え、再編費用を1億〜1億2500万ドル(約157億円〜197億円)と見込んでいた。退職に伴う支払いも、その費用へ入る。電話市場の競争から離れるという方針の下で、会社は人と事業を整理する金も負担した。[48]
それでも、Tegraや、機械へ計算を入れる仕事は残した。買収した事業を全部成功と呼ぶことはできない。しかし、その中で続けるものと終えるものを選び、次の用途へ技術を持っていった。
2212万9000ドル(約2033万400円)の箱を運ぶ
AIを始めるまでの手間も引き受ける
2016年4月、NVIDIAはDGX-1を発表した。GPUを複数組み合わせ、必要なソフトウェアや開発の道具をそろえた、深層学習向けの計算機だった。部品を買って、接続を調べ、動く構成を探す。その作業を研究者へ残す代わりに、1台のシステムとして渡す。[49]
中には8基のP100 GPUが入った。定価は12万9000ドル(約2033万400円)。1枚ずつの部品を売る会社が、それらを動かすまとまりまで商品にした。顧客が研究を始める前の仕事も、NVIDIAの製品の範囲へ入ってきた。[50]
OpenAIへ本人が届ける
同年8月、フアンはDGX-1をOpenAIへ届けた。OpenAIは、まだ創設から1年もたたない非営利のAI研究組織だった。後のChatGPTの大ヒットは、まだない。会社が育ててきた計算を、そこに集まる研究者へ使ってもらう訪問だった。[50]
ゲームの仕事も続いていた。10月に公開されたNintendo Switchには、専用のTegraが入る。テレビにつなぎ、外へ持ち出しても遊べる機器だった。NVIDIAはチップだけでなく、開発者向けの道具や動作を支えるソフトウェアにも関わった。大きなAI計算機を運んだ年に、同じ会社の技術が、手元で遊ぶゲーム機にも採用された。[51]
11月には、MicrosoftとAIの協力を発表した。Xboxの価格をめぐって争った大企業と、今度はクラウドや企業内の設備で使う計算を広げていく。相手を過去の係争だけで外せば、そこに集まる顧客へも届かない。[29]
23売れたカードの行き先が見えない
ゲームの需要に混ざったマイニング
GPUには、別の買い手もついた。暗号資産の取引を検証して報酬を得る、マイニングと呼ばれる作業である。ゲーム向けのカードを売っていても、それを買う人がゲームをするとは限らなくなった。[52]
売上は増える。しかし暗号資産の相場が下がれば、同じ買い方は続きにくい。次に何枚つくるかを決めるには、店から出ていったカードが、何のために使われたかが重要になる。投資家にも、成長がどの需要で起きているかを伝える必要があった。[52]
後の2022年5月、SECは2018年度の2つの四半期について、マイニング需要がゲーム部門の成長へ及ぼした大きな影響を十分に開示していなかったと認定した。NVIDIAは認定を認めも否定もせず、550万ドル(約8億円)を支払って和解した。[52]
2019年の厳しい見通し
2019年1月、フアンは売上見通しの引き下げを説明する株主書簡を出した。マイニング需要が減り、流通に在庫が残っていた。中国を含む経済環境の変化も重なり、期待した新製品の販売にも届かなかった。本人はその結果を、腹へ打撃を受けるようなものと表した。[53]
1月28日、見通しを受けて株価が大きく下がったことをAPが伝えた。AIへ向けた準備が進んでいても、店にカードが余っていれば次の出荷は減る。研究の長い時間と、今期売れる数量の短い時間が、同じ会社の中で衝突していた。[54]
24つなぐ技術へ70億ドル(約1兆1032億円)
Mellanoxを買う理由
2020年4月27日、NVIDIAはMellanoxの買収を完了した。取引価額は70億ドル(約1兆1032億円)。Mellanoxが持っていたのは、サーバーなどを高速につなぐ通信技術だった。大量のGPUを並べても、必要なデータが届かなければ、計算を始められない。装置と装置の間の仕事を、NVIDIAは事業の中へ入れた。[55]
チップの性能を上げる会社から、データセンター全体を速くする会社へ。買収によって、専門の違う技術者と製品をまとめて迎えた。計算する装置を、単独で使う顧客ばかりではなくなっていた。[55]
Armへ400億ドル(約6兆3040億円)を提示する
同年9月、さらに大きな取引を発表した。SoftBank GroupなどからArmを400億ドル(約6兆3040億円)で買うという計画だった。Armは、ほかの半導体企業へ設計の技術を提供し、スマートフォンからサーバーまで広く使われる土台を持つ会社である。[56]
NVIDIAは、英国東部の大学・技術都市ケンブリッジに本拠を残し、研究開発を増やし、顧客へ中立に技術を提供する仕組みを続けると約束した。自社のGPUとArmの技術を組み合わせ、使える計算を広げる構想だった。[56]
だが、Armを頼る会社の中には、NVIDIAの競合もいる。自分たちの設計を相談する先が、ライバルの傘下へ変わる。その不安は、技術を組み合わせればよい製品になるという説明だけでは消えなかった。
25自宅の台所が発表会になる
会場へ集まれない年
新型コロナウイルスの流行で、大勢を集める発表会が開けなくなった。フアンは自宅の台所から、同社の技術カンファレンスGTCの発表を届けた。大きな舞台へ立つ人物が、台所を背景に製品を紹介する。それが、この時期のNVIDIAの発表の姿になった。[57]
2021年には、その台所自体をデジタルにつくり直したセットも使った。社内の8人のアーティストと、外部の10人が協力し、食器や調理道具まで再現した。実際の台所を見せるだけでなく、会社の技術でつくった空間へ切り替える仕掛けが入る。[57]
見慣れた場所を計算でつくる
キーノート全体が偽物の映像だったわけではない。その一部へ、仮想の台所とフアンのデジタルな姿を組み込んだ。後に会社が制作過程を公開すると、いつもの発表に見えた場所にも、技術者や制作者の仕事が重なっていたことがわかった。[57]
画面の中へ空間をつくる会社は、発表の場所まで商品を見せる場へ変えた。1990年代にゲームの立体映像へ取り組んだ会社が、今度は自分たちの経営者を見せる映像にも、その仕事を使っていた。
26Armは買えなかった
中立の約束へ当局が異議を出す
2021年12月、米連邦取引委員会FTCはArm買収の阻止を求めて提訴した。競合も必要とする技術をNVIDIAが支配すれば、相手の開発を不利にしたり、機密情報へ近づいたりできる。そうした懸念を、当局は訴状で示した。[58]
Armは顧客の開発へ深く関わる。自分の次の商品を相談する相手の上に、競合がいる。NVIDIAが中立性を約束しても、その関係自体を問題にする声があった。買い手の描く技術の将来と、買われる側へ依存する顧客の将来が、同じ方向へまとまらなかった。[58]
13億5000万ドル(約2127億円)が費用として残る
2022年2月、NVIDIAとSoftBank Groupは取引終了を発表した。規制上の大きな障害によるものだった。NVIDIAはArmの顧客ではあり続けたが、所有する会社にはならなかった。[59]
取引終了に伴い、NVIDIAは13億5000万ドル(約2127億円)の費用を計上した。前払いした金などの償却である。買収が成立しなかった後にも、金は戻らず費用に残った。70億ドル(約1兆1032億円)のMellanoxでは事業を広げられたが、400億ドル(約6兆3040億円)のArmでは、会社の大きさそのものが取引を難しくする側へ働いた。[60]
27ChatGPTの直前にも予想を外す
ゲーム部門の44%減
2022年8月、NVIDIAは四半期売上の見通しを81億ドル(約1兆2765億円)から67億ドル(約1兆559億円)へ下げた。ゲーム部門は前の四半期に比べ44%減。販売店へ出す数量を抑え、価格と在庫を調整する必要があった。部品を確保しなければ売れなかった時期から、一転して、確保したものが余る状態になった。[61]
在庫などに関する費用の見込みは13億2000万ドル(約2080億円)だった。需要に備えて長期の購入を約束した後、その需要の見え方が変わっていた。データセンター向けは伸びていたが、ゲーム向けの落ち込みを埋めきれなかった。[61]
次の四半期だけ桁が変わる
数か月後、OpenAIがChatGPTを公開した。人が言葉を入れると、AIが文章で返す。その使い方が広がる中、AIの開発や利用へ企業が向ける設備投資も変わった。NVIDIAの決算に大きな変化が出たのは翌2023年だった。[62]
5月に発表した四半期売上は71億9200万ドル(約1兆1334億円)。前年同期より減っていたが、次の四半期の予想は110億ドル(約1兆7336億円)になった。フアンは、企業が生成AIのためにデータセンターの計算を組み替え始めていると説明した。[62]
8月に出た実績は、その予想を上回る135億700万ドル(約2兆1287億円)。データセンター部門だけで103億2300万ドル(約1兆6269億円)に達した。研究者が2枚のゲーム用GPUで学習していた頃から約10年。AIを動かすための注文が、会社の中心へ押し寄せた。[63]
28革のジャケットの前に1万2000人
Blackwellを見せる舞台
2024年3月、フアンはサンノゼのSAP CenterでBlackwellを紹介した。会社の発表によると、会場には1万2000人を超える参加者がいた。半導体を見せる舞台に、それだけの人が集まった。[64]
BlackwellはGPUだけを売る名前ではなかった。GPU同士を結ぶ技術やソフトウェアも含め、大規模AIを動かすための構成として発表された。CPUと多数のGPUをラックへまとめ、液体で冷やす。購入する企業は、チップ1個ではなく、電力と冷却を含めた設備を考える必要がある。[65]
家庭のパソコンにカードを1枚差す世界から、建物の中に計算の装置を並べる世界へ来た。フアンは、それをどれだけ速く動かせるかだけでなく、動かし続ける費用と電力を説明する側に立った。会社が示す性能比較には測定条件があるが、顧客の買い方が大きな設備投資へ変わったことは、製品の姿にも表れていた。[65]
60人の報告を自分へ集める
大きくなった会社で、フアンは情報を自分へ直接集めていた。2024年の決済サービスStripeとの対談では、60人が自分へ直接報告すると説明している。個別の1対1面談を基本にはせず、問題と理由を広い場で共有する。ある幹部だけが情報を抱え、その人を通さなければ動けない状態を避けようとした。[66]
誰かへの指摘も、皆の前ですると話した。1人の間違いからほかの人も学べるというのが、本人の説明だった。仕事の考え方を経営者から直接聞ける一方、その場で厳しく問われることもある。フアンは、大勢の階層の向こうへ姿を消すCEOにはならなかった。[66]
29CUDAの便利さが壁になる
長く書いたソフトを持ち出せるか
CUDAへ合わせてプログラムを書き、使い方を学び、研究の成果を積み重ねた顧客には、次のNVIDIA製品でもその仕事を使える利点がある。一方、ほかのGPUへ移ろうとすれば、書き換えや検証の手間が生じる。NVIDIAが何年も続けた開発者支援は、そのまま他社が入りにくい場所にもなった。[67]
2024年、フランスの競争当局は生成AI分野の報告で、特定の半導体とソフトウェアへの依存を問題に挙げた。同年7月、Reutersは関係者の話として、NVIDIAが反競争的行為の疑いをめぐる手続きへ進む見通しだと報じた。この報道が示したのは当時の調査の動きで、違反の最終認定ではない。[67][68]
必要とされる会社になった後
Armのときには、顧客が中立な供給者を失うことが懸念された。今度は、すでに多くの人が使うCUDAとGPUの組み合わせが、乗り換えの難しさとして問われた。長い投資の成果を売る会社は、その成果が市場へ持つ力も説明する立場になった。[58][67]
かつては、どうすれば使う人が現れるかを考えていた。今では、ほかの道具へ移る自由が保たれているかを問われる。顧客の数が増えただけでなく、フアンが向き合う問題も反転していた。
301日で5930億ドル(約93兆4568億円)が消える
DeepSeekが投資家を揺らす
2025年1月27日、NVIDIAの株価は約17%下落した。ReutersがLSEGのデータをもとに報じた時価総額の減少は、約5930億ドル(約93兆4568億円)。1社の1日の減少として、当時最大規模だった。会社の現金がその額だけ失われたのではない。投資家が将来の会社へつける値段が、1日でそこまで動いた。[69]
きっかけは、中国のAI企業DeepSeekだった。より少ない資源で高性能なAIをつくれる可能性が注目され、大きな計算設備へ今後も同じ勢いで金を使うのかが問い直された。NVIDIAへ集まっていた期待は、その前提が揺れると、売りへ回る大きさにもなった。[69]
GPUを使わずにできたのか
DeepSeekが2024年12月に公表したV3の技術報告には、学習にNVIDIAのH800を使ったことが記されている。NVIDIAの装置を不要にした研究ではない。制約のあるハードウェアを、設計とソフトウェアの工夫で効率よく使っていた。[70]
それでも、1つの仕事に必要な計算が減るなら、顧客が買う装置の数はどうなるのか。より安く使えることで用途が増えるのか。投資家の見通しは揺れた。最先端の計算を供給する会社も、顧客が次に見つける効率化の外側へ立てるわけではなかった。[69][70]
31売れる製品を国境が止める
H20へ新しい許可が必要になる
中国向けにはH20という製品を売っていた。2025年4月9日、米政府はその輸出にも許可が必要になるとNVIDIAへ通知した。用意していた在庫や購入の契約が、そのままでは顧客へ届けられなくなる。[71]
5月の決算で計上した費用は45億ドル(約7092億円)。規制前にはH20で46億ドル(約7249億円)を売り上げていたが、さらに25億ドル(約3940億円)分を出荷できなかったと会社は説明した。性能が悪くなったのではない。売ることのできる条件が、政府の判断で変わった。[71]
大統領へ話す仕事
2025年8月、Reutersは米当局者の話として、H20を中国へ出す許可の発給が始まったと報じた。その前にフアンは、トランプ大統領と会っていた。会社が顧客へ届くためには、製品をつくる工場や販売先だけでなく、政府へも働きかける必要が生じていた。[72]
米政府は先端の計算能力を安全保障の対象として扱う。NVIDIAには、中国にも製品を届けたい事業上の理由がある。台湾を離れ、タイ、米国と暮らす場所を変えた人物は、今度は、自分の会社の装置が国境を越える条件を交渉していた。[72]
同年のMilken Instituteの対談では、フアンはAIでなくなる仕事と生まれる仕事があり、すべての仕事が影響を受けると話した。その一方、専門のプログラム言語を知らなくても、言葉や画像でコンピューターへ頼めることを大きな機会と見ていた。彼が語るAIの普及は、会社の販売先だけでなく、働く人が道具へどう近づくかへも広がっていた。[73]
32顧客へ1000億ドル(約15兆7600億円)を投じる構想
1台を届けた相手が巨大になる
2025年9月、NVIDIAとOpenAIは、10ギガワット以上の計算設備を展開する提携の意向書を発表した。NVIDIAは導入の進み方に応じ、最大1000億ドル(約15兆7600億円)を段階的に投じる意向を示した。[74]
2016年には、フアンが研究所へ1台のDGX-1を運んだ。今度は、その相手のために巨大な設備を用意し、金も投じようとしていた。研究者が計算を使う場所と、それを供給する企業の関係は、製品を納めれば終わるものから変わっていく。[50][74]
この発表の1000億ドル(約15兆7600億円)は上限のある投資意向で、全額を送金した実績でも、同額の確定売上でもない。計算設備の導入と出資を段階的につなぐ構想だった。顧客が装置を必要とし、供給側もその顧客へ資金を出す。その循環をつくるところまで、フアンの仕事の範囲が広がった。[74]
33ロリと学んだ場所へ金を戻す
Stanfordに残った3000万ドル(約47億円)

写真:Frank Schulenburg/出典/CC BY-SA 4.0。表示用にサイズ・圧縮を調整。
フアンとロリは、Stanford Universityの工学施設へ3000万ドル(約47億円)を約束した。2009年の大学の刊行物には、翌2010年に開くその建物を、学生と研究者が出会う場所にする構想が載る。働きながら学位を取った大学へ、今度は学ぶ空間をつくる側で戻った。[75]
施設はJen-Hsun Huang Engineering Centerと名づけられた。学生たちは、異なる分野の人と出会い、作業し、話すためにそこを使う。フアンは寄付を次の世代への投資と説明した。会社の商品へ注文を出すのとは違う形で、これから何をつくるか決まっていない人の場所を支えた。[8]
2人の母校へ5000万ドル(約78億円)
2022年には、Oregon State Universityへ5000万ドル(約78億円)を寄付した。AI、材料、ロボットなどを組み合わせ、気候や水資源などにも取り組む研究・教育施設のためだった。そこにはロリとジェンスン、2人の名前が入る。実験で同じチームになり、宿題を一緒にした大学へ、夫婦で資金を戻した。[11]
2025年には香港科技大学でも、フアンのジャケットをめぐるチャリティーをきっかけに、工学の学生を支援する資金が生まれた。別の寄付者の1000万香港ドル(約2億円)へ、夫妻の財団が同額を加えたと大学が発表している。舞台で人目を引くジャケットが、今度は学ぶ人のために金を集める入口になった。[76]
トイレを掃除した寮へ
Oneida Baptist Instituteにも支援を戻した。2019年に学校が伝えた新しい建物には、128人の女子生徒が暮らす寮室と12の教室があった。夫妻は建設へ200万ドル(約3億円)のマッチング助成を出し、ほかの寄付と組み合わせる形で支えた。[77]
少年時代に暮らした場所へ、今度は子どもたちの住む部屋を増やす金を出せるようになった。寮で読み方を教え、男子トイレを掃除した子どもの名は、何十年も後に、その学校で使う建物にもつながった。[77][8]
34もう1度は始めないと答えた男
株式に積み上がった1852億ドル(約29兆1875億円)
Forbesの2026年10月30日表示では、フアンの推定資産は1852億ドル(約29兆1875億円)だった。長く持ち続けたNVIDIA株などの評価が、会社の成長とともに膨らんだ額である。会社の開示には、夫妻の信託や財団の持分も載る。個人の資産と、財団に置かれた株式は同じものとしてまとめられない。[78][79]
2026年1月期の年次報告では、従業員は38か国に約4万2000人。うち約3万1000人が研究開発に携わっていた。3人の技術者から始まった会社は、多くの専門家が別々の仕事を同時に進める組織になった。新規採用の4割以上を従業員の紹介が占めたと、会社は記している。[80]
同年7月26日までの四半期売上は962億2100万ドル(約15兆1644億円)に達した。うちデータセンター部門が約890億ドル(約14兆264億円)を占める。Segaへ支払いを求めた会社が、いまでは世界のAI設備へ大量に製品を届けていた。[81]
苦難まで知っていたら
2023年、Acquiredで、今の知識を持って創業時へ戻ったらどうするかを問われたフアンは、始めないと答えた。想像していたよりずっと厳しく、屈辱も痛みもあったという。後に得た成功を知っていても、その道を簡単には勧めなかった。[3]
実際の彼は、知らないまま始めた。間違った方式をつくり、顧客に中止を頼み、別の会社の残った装置を買い、まだ広い需要のなかったCUDAへ投資した。周囲の人に助けられ、他人の発見を受け取り、時には自分で続ける仕事を捨ててきた。[1][3][44]
2026年6月のAPの取材では、AIによる仕事の変化や、データセンターへの反発についても話している。フアンは人々がAIを使い、社会も適応する必要があると訴えた。会社が大きくなったことで、装置を買う人以外にも、答えを返す立場になっていた。[82]
Denny’sで洗う皿を、兄が教えてくれた。その後、別のDenny’sで仲間と会社を考えた。人が仕事をできるようにするには、何を用意すればよいのか。彼の売るものは、1枚のチップから、研究者の道具へ、世界の計算設備へと大きくなった。今も、その設備を何に使い、誰へ届けるかという仕事の途中にいる。
参考文献・出典 82件
本文の番号に対応する資料です。本人・関係者のインタビュー、当時の取材、企業の発表を参照しています。
- 台湾大学卒業式2023:Jensen Huangスピーチ全文(録画付き独立転記) ↩ 本文
- NVIDIA:Fourth Quarter and Fiscal 2026 Results ↩ 本文
- Acquired:NVIDIA CEO Jensen Huang, interview transcript ↩ 本文
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- WIRED:NVIDIA’s Global Takeover, Conversation with Jensen Huang ↩ 本文
- Stephen Witt/The New Yorker:How Jensen Huang’s Nvidia Is Powering the A.I. Revolution ↩ 本文
- Stanford Engineering:Jen-Hsun Huang invests in next generation of engineers ↩ 本文
- Oregon State:Doing Important, Hard Work You Love ↩ 本文
- Oregon State Engineering:Momentum, Winter 2014 ↩ 本文
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- NVIDIA:Second Quarter Fiscal 2027 Results ↩ 本文
- AP:Huang says society needs new social norms in AI age ↩ 本文
写真の作者・利用条件・撮影年は各画像の下に記載。取材資料と写真の出典は別々に確認できます。
※ 円換算は2026年11月2日確認のWise表示値(1米ドル=157.6円、1香港ドル=20.09円)を使用。取引当時の為替や物価・購買力を再現するものではありません。 為替出典:USD / HKD
本文更新:2026-11-02



