THE STORY
トッド・グレイブスの物語
選んだ道。その先で、起きたこと。
01チキンだけで店を持ちたい
ルイジアナで覚えた味
1972年、トッド・グレイブスはアメリカ南部・ルイジアナ州の港町ニューオーリンズに生まれ、ミシシッピ川沿いの州都バトンルージュで育った。母と料理を作り、レモネードを売って小さな商売もした。食べるだけでなく、人へ出す方にも関心があった。[1]
地理データ:Natural Earth(パブリックドメイン)。 湖の補助データ:© OpenStreetMap contributors(ODbL)。使用データ。現代の地理と都市の代表位置。出生宅・移動経路ではありません。編集部作図。
高校では、私立校Episcopalでアメリカンフットボールと陸上を続けた。攻撃と守備の両方に入り、最終学年にはフットボールのMVPを受けた。短距離やリレー、やり投げにも取り組む。2024年、学校が競技の殿堂へ迎えた際には、4年間にわたって州大会へ出場した記録が紹介された。[2]
飲食店でも働いた。大学時代、チキン料理を出すGuthrie’sで働いた経験を通して、チキンフィンガーに絞った店を考えるようになる。骨のない鶏肉に衣を付けて揚げる料理だ。幅広い料理をそろえるより、そのチキンを食べに来る店にしたかった。[3]
授業でも銀行でも認められない
幼なじみのクレイグ・シルビーと計画を立てた。シルビーが大学の授業で扱ったその事業案は、高く評価されなかった。料理を絞ることが、客を引き付ける強みになるのか、それとも客の好みを取り逃がすだけなのか。開店する前から、案を認めてもらえなかった。[4][5]
銀行も簡単には金を貸さない。手元の資金は少なく、店を経営して利益を出した実績もない。事業計画を示すだけでは、工事と厨房設備を買う金は出てこなかった。[6]
グレイブスが次に向かったのは、別のレストランの厨房ではない。遠くの製油所だった。
02店を作る前に船に乗る
1994年のロサンゼルス
1994年、グレイブスはアメリカ西部・カリフォルニア州の大都市ロサンゼルスへ行き、製油所で、設備の建設や修理を担うボイラーメーカーとして働いた。会社の公式記録には週90時間の仕事とある。レストランへ客を入れる前に、自分の体を働かせて金を作った。[7]
同僚から、アラスカの漁ならさらに稼げると聞いた。油の設備の仕事から、サケを獲る船へ。どちらも、地元で自分の看板を持つまでの資金を得るための仕事だった。[8]
1995年のキャンプ
1995年には、アラスカ州南西部のサケ漁で知られるブリストル湾へ向かった。着いてすぐに船へ乗れたわけではない。約1か月、キャンプしながら仕事を待った。採用されてからは、厳しい条件でベニザケを獲る日が続いた。[7]
船へ乗ってからも、店を開くための仕事は終わらない。ベニザケを獲る漁で働き、金を貯めて戻る。後の本人対談には、漁が続く間は細切れに眠ったという話も残る。故郷で客を迎える厨房を作る前に、彼は海の上で開店資金を稼いでいた。[9]
貯金だけで始めたわけではない
帰った先には、計画を相談できる相手がいた。小規模事業者を支援するSCOREだ。後の上院公聴会で、ルイジアナの担当者は、グレイブスが最初に相談して自己資金の必要を学び、アラスカで働き、帰ってから再び計画を詰めた経緯を説明した。[10]
帰ってからも、開店準備だけで食べていけるわけではない。夜はバーテンダーとして働き、チップを生活費にした。本人によれば、限度額5000ドル(約78万8000円)のクレジットカードも使った。金利は年20%前後。将来の店を作るため、当面の暮らしを高い金利の借金でもつないだ。[8]
元同僚ら小口の出資者から約6万ドル(約945万6000円)を集め、SBAの支援を受ける9万ドル(約1418万4000円)の融資も得た。漁の稼ぎだけで完成した店ではない。自己資金を作り、相談先へ戻り、他人の金と銀行の審査を組み合わせて、初めて工事へ進めるところまで来た。[8][10]
03パン屋の絵が出てきた
20万ドル(約3152万円)の見積もり
バトンルージュのルイジアナ州立大学の北門近くで、古い建物を店へ直し始めた。業者の改装見積もりは20万ドル(約3152万円)を超えた。働いて資金を作ってきても、そのまま任せられる額ではなかった。[11]

写真:Spatms/出典/CC BY-SA 4.0。表示用縮小。写り込む商標の権利は各権利者に帰属。
グレイブスたちはコンクリートを壊し、配管や電気の専門家を手伝った。足りないのは開店日までの人手でもある。船で働いて戻った若者は、今度は自分の店の床と壁を直し始めた。[11]
壁の表面をはがすと、昔のパン屋を描いた絵が出てきた。隠れていた絵は消さずに残した。古い建物の来歴が、新しい店の内側へ入る。後には、各店の壁画やロゴの発想にもつながっていく。[7]
開店は午後9時を過ぎた
1996年8月28日、第1号店が開いた。ところがレジの調整に手間取り、時刻はすでに午後9時過ぎ。グレイブスは通りへ出て、客を呼んだ。ようやく料理を渡し、代金を受け取れる。大学近くの小さな店の営業は日付を越え、翌午前3時30分まで続いた。[7]
名前には、サケ漁にちなんだSockeye’sという案もあった。最後に選んだのは、工事現場にも来ていた飼い犬Raising Caneの名だった。船に乗って作った金で、犬の名前のチキン店を開く。揚げ物の店らしい説明から決まった看板ではなかった。[7]
初月に残った30ドル(約4,728円)
最初の月の利益は30ドル(約4,728円)だった。後の本人が語った金額だ。客が来て代金を受け取っても、食材、人件費、家賃などを払うと、手元へ残るのはわずかだった。[9]
それでも店は続いた。チキン、ポテト、トースト、ソース。少ない組み合わせを求めて、大学と近隣の客が来た。最初の店は後にMothershipと呼ばれ、大きくなった会社でも特別な場所になる。[5]
約18か月後には2号店を開いた。すると大学生だけでなく、帰宅途中の親や会社員、野球チーム、教会の人々がドライブスルーを利用した。大学のそばでしか通じない料理だと思っていたものを、別の生活を送る客も買いに来た。[9]
042軒の厨房には立てない
店長が辞めるたびに戻る
2号店では店長が続かなかった。欠けたシフトを、グレイブスとシルビーが埋める。疲れた社員が辞める。また2人が戻る。片方へ入っている間、もう片方にも店がある。店を増やせば増えるほど、創業者2人だけでは埋められない時間が現れた。[11]
売れている店でも、そこで働く人が持たなければ続かない。シルビーは持分の買い取りを求めた。ただ、翌日から突然いなくなったわけではなく、後を任せる体制ができるまで数か月残った。[11]
1999年に友人が離れる
1999年、シルビーは持分を売り、MBAやITの分野へ進んだ。買い取りの話には、店の賃貸契約や銀行に対する責任から外れることも含まれていた。店をやめるには、厨房へ来なくなるだけでは足りなかった。[3]
シルビーはその後、会社へ戻った時期もある。2025年の本人たちへの取材でも、2人の友情は続いていた。授業の計画から一緒に始めた店を、グレイブスは残って広げる。シルビーは別の進路を選ぶ。持分を分ける交渉が、友人関係の最後にはならなかった。[3]
残ったグレイブスは店を増やした。物件を確保し、改装し、厨房を入れ、人を採る。客から代金をもらう前に払う金を、借入で支えた。後に本人は、負債へ依存して成長した当時のやり方を、賢明ではなかったと振り返る。[8]
その弱さが表に出るのは、チキンの人気が落ちた日ではなかった。多くの店が、同時に営業できなくなった日だった。
0528店のうち21店が止まる
2005年の2つの嵐
2005年、ハリケーンKatrinaとRitaが襲った。28の直営店のうち21店が閉鎖を余儀なくされた。店が水につかった場合だけでなく、電気や物流、働く人の移動が戻らず営業できない場所もあった。[12][8]
その年6月に社長兼COOとして入ったキャスリーン・ウッドは、外食産業で経験を持つ経営者だった。成長を支えるために来た会社で、その年のうちに非常時の運営を担うことになる。[13]
ウッドの記録では、5週間に閉店と再開を合わせて37回繰り返した。開けられる店を確認し、人と物を動かし、また状況が変われば閉める。会社全体では延べ199.5日分の休業になった。再開の判断には、厨房だけでなく周りの街の状態も関わった。[12]
嵐の後も返済は残る
グレイブスは後に、自然災害だけを原因にはしなかった。借入を増やし、売上が止まったときに耐えにくい財務状態へ持っていったのは、自分の判断でもあった。店が増える速さと、返す金の重さが、同じ危機で表に出た。[4][8]
富豪の役に合わない生活
2008年、グレイブスと妻グウェンはテレビ番組で、被災地に正体を伏せて1週間暮らした。仮設住宅に泊まり、1日14ドル(約2,206円)の生活費で仕事を探す。みかん畑や給仕の仕事もした。最後には自分たちの正体を明かし、出会った人々の活動を支えた。[14]
本人は、その正体を明かす場面の気恥ずかしさも語った。制作側には、豪邸、ヨット、飛行機を撮りたいと言われたが、当時はどれもなかった。代わりに撮ったのは犬の公園だった。いくつも店を持つ経営者の暮らしは、番組が想像した富豪の映像にうまく収まらなかった。[14]
06看板を誰へ渡すか
加盟店も試した
Raising Cane’sは、初めからすべてを直営で通した会社ではない。別の経営者が店を運営するフランチャイズも試した。しかし品質や店の文化をそろえる問題があり、アメリカでは多くの店を買い戻す方向へ進んだ。[3][9]

写真:Jbp2021/出典/CC BY-SA 4.0。表示用縮小。写り込む商標の権利は各権利者に帰属。
2009年には、社内で育った店長に店を持ってもらうPillar Programも試した。融資を受けにくい金融危機の時期に、会社が先に店舗の資金を出し、相手が後から買う道を作る。外から大きな加盟企業を探すだけでなく、仕事を知る人へ機会を渡そうとした。[15]
加盟先には、外食の経験と、運営へ深く関わる姿勢を求めた。看板を渡して契約を結ぶだけでなく、運営担当者を付け、定期的に会い、仕入れの条件も共有する。その店で誰が働くかまで、契約書だけではそろわない。[15]
ポテトの塩も夫婦の話題
妻グウェンには、McDonald’sのフランチャイズ経営の経験があった。2人の話題には、従業員をどう動かすか、ポテトへどう塩を振るかまで入った。料理を好きだと言うだけでなく、店を回す細かさを知る相手が家にいた。[1]
グウェンもEpiscopalの卒業生で、2人の子どもも同じ学校へ通った。夫妻は運動施設の整備を支え、彼女は犬のCane IIと病院や高齢者施設を訪れた。学校、食の支援、運動、起業家支援、動物。会社は、寄付で関わる分野も絞っていった。[2][16]
料理を絞ることだけでなく、支える活動にも、長く関われる範囲を選ぶ。会社が故郷を離れて広がっても、家族の知る人や場所との関係は続いた。
看板の犬にも代替わりがある
店名になった最初のCaneは、1998年に死んだ。その後を継いだCane IIは、病院へ行く訓練を受けたセラピー犬となり、グウェンと患者たちを訪ねた。2016年に死ぬまで、会社の行事や職場にもいる存在だった。[17]
3代目のCane IIIは2017年生まれの雌のラブラドールで、店舗を訪ね、そこで働く人たちと触れ合った。どれも同じ犬の名前から始まる会社の象徴だが、家族にとってはそれぞれ別の犬との日々でもあった。看板に動物を描いただけのブランドではなく、毎日の暮らしの中で名前を引き継いできた。[17]
07社長はコールスローが苦手
秘密のソースを当ててみる
グレイブス自身は、コールスローが好きではない。それでも味を確かめるために食べる。客がコールスローを別のトーストやポテトへ替えて頼むことも、少ないメニューの中で受け止めていた。[5]
一方、ソースの配合は明かさない。客が材料を推測すると、何を言われても当たりだと答える。挽き割りトウモロコシを入れているのかと尋ねられたときにも、肯定した。答えを知ったと思っても、同じ答えが別の推測にも返る。秘密は残り、ソースをめぐる会話だけが続く。[5]
客が注文するときの選択肢は少なくても、会社の裏側まで単純ではなかった。2025年の本人取材では、鶏肉の供給元は16社あった。同じチキンを何百の店で出すために、1社へ任せきりにはしていない。[18]
本部も調理とレジから始める
会計、IT、マーケティングの担当者も、入社すれば店で調理とレジを経験した。Fry Cook & Cashierという肩書きは、創業者だけに付けた冗談ではなかった。数字や広告を扱う人にも、その先で誰がどんな作業をするかを体験させた。[1][19]
AJクマランは2014年にCOOとして加わり、2017年に社長兼COO、2020年に共同CEOとなった。グレイブスが全店の厨房へ戻らなくても動く会社を、別の経営者と作る。2021年の説明では管理職の約6割が社内昇格で、店を率いる人には約1年の育成を行い、家計の財務計画も扱った。[19][20]
2号店の店長が続かず、自分たちで穴を埋めた会社に、別の人が長く働いて店を預かる仕組みが必要だった。客から見えるメニューは大きく変えず、会社の人の育て方を変えていった。
08故郷とテキサスを行き来する
会社を丸ごと移さない
2009年、テキサス州のダラス近郊の都市プレイノから、本社を移す話が来た。仕事の拠点はそこにも広げたが、会社全体の本拠はバトンルージュへ残した。グレイブスは2つの街を毎週行き来した。[21]
故郷へ持ち帰った宝物には、恐竜の頭骨もある。アメリカ北西部・モンタナ州の牧場で見つかったトリケラトプスだ。重量は1トンを超える。グレイブス家と会社は、これをバトンルージュのLouisiana Art & Science Museumへ貸し出した。[22]
2016年に展示する時は、運び入れる入口から問題になった。通せる扉が1つしかない。大きな頭骨を館内へ入れ、顎を組み付け、科学の展示室へ置く。本や映像で見ることの多い恐竜が、ここでは実物の大きさで目の前に現れる。現地の記者は搬入に立ち会い、その準備を伝えた。[23]
頭骨は発見者にちなんでJasonと呼ばれた。最初は2年間の貸し出しとして紹介されたが、2026年にも博物館にあり、同年のDino Dayは展示10周年を祝う催しになった。自宅の木の上へ友人を招く一方、こちらの収集品は、街の家族や学校の子どもが見に来る場所へ置いていた。[22][24]
2018年には、友人の下院議員Garret Gravesに頼まれ、ワシントンでルイジアナ文化を紹介するMardi Grasの王役を務めた。同じ姓の議員は、人からチキンのお礼を言われたことがあると笑った。店の創業者と写真を撮ったつもりの人が、別のGravesへ声をかけていた。[21]
最初の机へ戻ってもらう
2016年以降、グレイブスは創業期に仕事をした建物を買い、当時の家具や機材を再現した。大きくなった会社から入ってきた人へ、仕事を始めた場所を見せるためだった。[3]
2018年に全国のマネジャーを迎えたときには、1996年の雑誌、初期のコンピューターの複製、壁に貼った励ましの言葉もあった。最初に採用した社員クリス・アダモも参加し、調理から管理職へ進んだ歩みを紹介した。店を預かる新しい人々が、最初の店で働いた人に会う。[25]
グレイブスが全店を回らなくても、会社の出発点へ来てもらうことはできた。若い頃の狭い仕事場を見た人たちは、その後、遠くの自分の店へ戻っていく。[25]
09店の言葉を争われる
One Loveの別の来歴
看板の言葉にも、思いがけない相手がいた。2014年、One Loveをめぐり、Bob Marleyの遺族が運営するFifty-Six Hope Roadとの商標訴訟が報じられた。遺族側は混同や権利侵害などを主張した。[26]
グレイブスは、レストランの分野で以前から使い、2005年に連邦登録を得た標章だと反論した。Cedella Marleyへ直接会い、解決を試みたことも語っている。同年の報道が伝えたのは、双方が争い、裁判地をバトンルージュへ移す判断が出た段階だった。[26]
チキンへの愛着を示す店の標語にも、音楽家の家族が守る来歴が重なる。自分の店の中で決めた意味だけでは、外へ広まった言葉を扱えない場面があった。
10裏庭に40万ドル(約6304万円)の秘密基地
大人の注文で木に家を作る
2015年、グレイブスは自宅の木の上に、少し変わった建物を頼んだ。寝室と居間が欲しい。高い見張り台も欲しい。冒険映画『Indiana Jones』に出てくるような橋も欲しい。注文を受けたのは、ツリーハウスを作る番組『Treehouse Masters』のピート・ネルソンだった。[27]
出来上がったのは、木の上の小さな小屋ではない。複数の空間を橋でつなぎ、水道も通す。湖を見渡す高さに居間と寝室を置き、天井にはディスコボールも下がった。2015年の現地取材でネルソンは、シャワー以外は生活できる設備が揃ったと説明した。グレイブス夫妻は完成を見せてもらうまで、のぞかずに待っていたという。[27]
最初の店では、工事費を払えず自分で床を壊した。今度は子どもの頃の遊び場を、大人の資金で思い切り大きくする。彼が後の取材で明かした建築費は40万ドル(約6304万円)だった。[28]
Snoop Doggが木の上へ来る
2025年の取材では、ここは家族や近所の子どもだけの場所ではなくなっていた。NellyやNFL選手ジャマー・チェイス、元NBAスターのシャキール・オニールも訪ねてくる。オニールは自分でも同じ職人へツリーハウスを頼んだ。Snoop Doggもバトンルージュで公演する前に立ち寄った。[28]
店の広告に有名人を呼ぶより、先に、一緒に過ごす場所がある。40万ドル(約6304万円)の遊び場は、その友人関係が集まる家にもなった。グレイブスは番組の再放送や人とのつながりまで含めれば、支払った額以上のものを得たと考えていた。家の裏庭へ作った秘密基地が、看板の外で人を迎える場所へ育っていた。[28]
112015年に海を渡る
クウェートの第1号店
2015年9月、中東・ペルシャ湾岸の国クウェートの首都クウェート市で、アメリカ国外の第1号店が開いた。大型商業施設The Avenuesで、運営するのは国際ブランドの現地展開を手掛けるAlshaya。グレイブスも開業に立ち会った。[29]
食材、保管、調理、提供を、イスラム教の食の決まりに合わせて確かめた。本人も現地で鶏肉の供給元を調べ、立ち上げのため15人のリーダーやトレーナーを送った。一方、会社の始まりを表す犬は、現地の表示や商品には出さなかった。自分たちの象徴まで、全部そのまま持ち込む選択にはならない。[30]
当時の取材では、店で働く48人は12か国の出身で、レジでは9種類の通貨を受け付けた。故郷の大学近くと同じ料理を、違う人々が、違う支払いの条件で出す。味を守ることと、現地へ運営を合わせることを、同時に進めた。[30]
122020年は遠くの店まで止まる
33店を閉めて人を残す
2020年、感染拡大で売上が急減した。グレイブスとクマランは給与を返上し、先に融資枠を確保し、従業員の解雇を避ける方針を掲げた。ハリケーンを生き残った会社に、今度は離れた地域まで同時に影響する危機が来た。[31]
ドライブスルーのない33店は一時閉鎖した。会社は、その従業員を別の仕事へ振り分けたと説明している。営業を続けられる店へ客が戻ると、人も動かした。客席を閉めたから、その場所で働いていた人もすべて切るという判断にはしなかった。[32]
売上が戻る一方で、客席に頼る独立店の経営はなお苦しかった。グレイブスは制作会社を雇い、そうした店を手伝う『Restaurant Recovery』を作った。Discovery+で配信する、実際の飲食店の改装を追う番組だ。自分の会社の専門家と、Snoop Doggやシャキール・オニールらの協力も集めた。[33][34]
2021年4月の取材で示した支援額は、1店につき10万ドル(約1576万円)。自分のお金を使い、10店の立て直しを手伝う。最初に配信されたのは、ロサンゼルスで1946年から続くChili John’sだった。家族が続けてきた店が失われるまでの事情と、そこで作る料理を、画面の向こうの人にも見せる企画だった。[34]
自分の店ではない厨房へ
対象は、Raising Cane’sが営業する10の市場へ絞った。近くに自社の社員がいれば支援にも力を借りられる。知人の芸能人にも協力を求め、フェニックスの回には俳優Rob Schneiderが参加した。自分の店へ人を呼ぶ人脈を、別の経営者の売り場へ向けた。[33]
ラスベガスのEat、テンピのCurry Corner、ダラスのSmokey John’s。どれも揚げたチキンだけを売る店ではない。支援で増やしたのは、自社の加盟店ではなく、その人たちが続けてきた店だった。
13エアコンの相談に44席で答える
ラスベガスのEat
2020年9月、グレイブスたちはアメリカ西部・ネバダ州の観光都市ラスベガスで、朝食と昼食を出すEatを訪ねた。経営者ナタリー・ヤングは、客席が半分に制限されたままなら、あと3か月で閉店すると見ていた。支援が決まったときに考えたのは、給料、新しいエアコン、ガレージの扉だった。[35]
チームは2日でパティオへ22席を加え、隣のガレージを借りて、さらに22席の食事スペースを作った。元の客席へ人を詰め込むのでなく、離れて座れる場所を増やす。戻ったヤングの前には、44席分の新しい売り場があった。[35]
2021年5月の取材で、彼女は日曜日に350人へ食事を出したと話した。厨房は250人分ほどを想定していたため、今度は増強する必要が出る。新しい機器を買い、社員へ健康保険を用意する収入も生まれた。閉店までの月数を数えていた店が、増えた客をどう受け入れるか考える店になった。[35]
開けなかった隣のカフェ
アメリカ南西部・アリゾナ州の大学都市テンピでは、Curry Cornerへ入った。インドとパキスタンの料理を学生向けの値段と量で出す店だ。Arizona State Universityが遠隔授業へ移ると、頼みの学生客が消えた。経営者ファラ・ハリドは社員を減らし、持ち帰りでも配達手数料が利益を削っていた。[36]
2020年11月、ハリドはチームへ鍵を渡した。隣には、以前買ってカフェにしようとしながら、開けずにいた区画があった。チームは2日でChai Cornerへ変えた。食品加工機、ジュースの機械、パニーニを焼く機械が入り、飲み物と軽食を持ち帰る場所になる。[36]
元のCurry Cornerには配達用の車も用意した。車体の言葉はHurry for Curry。残したのは新しい内装だけでなく、隣で売る場所と、料理を外へ運ぶ手段だった。[36]
98件が2件になる
テキサス州の大都市ダラスでは、兄弟の店Smokey John’s Bar-B-Queを訪ねた。ブレント・リーヴスは、感染拡大の最初の月に売上の55%を失い、ケータリングだけで4万5000ドル(約709万2000円)が消えたと語った。普段なら5月に98件ある催事の仕事は、2020年には2件になった。[37]
兄弟は、鍵を渡すまで何を変えるか知らなかった。後の取材では、工事は48時間より短かったという。完成した店へ戻る際には、窓をふさいだ車に乗り、外からも見えないようにされた。降りて振り返ると、前とは違う店があった。[37]
兄弟によれば、その改装は、グレイブスへ話していなかった次の店舗の構想にも重なった。再出発した後、2人は自分たちでもWhat’s for Lunchという動画企画を始め、別の地元店を紹介しようとした。支援を受けた店から、今度はほかの店へ目が向いた。[37]
14本部の社員も店へ出る
2021年の人手不足
2021年、今度は客が戻っても働く人が足りなくなった。本部の社員がクマランへ、近所の店で追加のシフトを取りたい、人手の足りない地域へ行ってもいいと申し出た。店の仕事を経験してから本部へ入る仕組みが、応援へ戻るときにも役立った。[38]
クマランは50日で従業員5万人へ増やす50 in 50を全社の活動にした。会社は後に、新たに1万3000人以上を迎えたと説明した。会議室で応募を待つのではなく、本部の社員も調理やレジを支え、採用を進めた。[38]
1億ドル(約157億円)の賃上げを2日で決める
人手を集めるには、現場へ本部の人を送るだけでは足りなかった。2021年12月のクマランの取材では、従業員の賃金を引き上げる1億ドル(約157億円)の支出について、判断と承認にかかったのは2日だったと語られている。[39]
この時期、外食チェーンが相次いで上場する一方、彼はCane’sを非上場のままにすると説明した。多数の外部株主へ説明する必要があれば、この速さでは決めにくいという考えだった。株式を売って市場から金を集める道より、会社の中で素早く使い道を決める道を選ぶ。創業者の大きな持分は、本人の富だけでなく、こうした経営の権限にもつながっていた。[39]
店を任せる人も100万ドル(約1億円)へ
店長に長く残ってもらうためには、励ます言葉だけでは足りない。2020年に発表したRestaurant Partner Programは、参加時の出資金を求めず、仕事の成果で選ばれた店舗責任者へ、基本給と賞与で年10万ドル(約1576万円)を超える報酬や、業績に応じた奨励金を用意した。[40]
会社が示したのは、15年以内に純資産100万ドル(約1億円)を超えられる道だった。全員にその額を保証する契約ではなく、成果や期間に応じて資産を築くための制度として掲げた数字だ。財務計画や健康面の支援に加え、採用、マーケティング、施設、研修の専門家も店を支える。責任だけを渡して、店長が全部を抱える形にしなかった。[40]
2号店で店長が辞めるたび、グレイブスとシルビーは自分たちで戻った。今度は、任された人がその仕事を続けることで、自分の家族の将来も作れるようにする。会社の株を大きく持つ創業者とは違う形で、現場を率いる人にも、成長の果実を残す仕組みを考えた。[11][40]
15宝くじを10万枚買う
全員で分ける約束
2022年、グレイブスとクマランは、従業員1人に1枚ずつとなる5万枚のMega Millionsを買った。当たれば全員で分けると約束した。大当たりは出ず、賞金は13億ドル(約2048億円)へ積み上がる。すると、もう5万枚買った。[41]
会社の報告では、合計10万枚でも大当たりはなかった。毎日の給料でも、長く働いて資産を作る制度でもない。5万人で同じ抽せんを待つ企画だった。社長も社員も、結果を変えることはできなかった。[41]
16ドライブスルーにSnoopがいる
ファンが店の仲間になる
2021年、アメリカ南部・アーカンソー州の大学都市フェイエットビルの店に、Snoop Doggが入った。ラッパーがドライブスルーで客へ袋を渡す。Drive-Thru Comedyという企画で、Snoopのアルバムの宣伝も重なった。[42]
以前から、卒業式を失った若者向けのオンライン企画やRestaurant Recoveryでも関係があった。1回だけ広告の顔を借りるのでなく、別の催しでも協力する。客がいつもの店へ来たら、知っている有名人がそこで働いているという出来事を作った。[42]
Post Maloneも、もともと店のファンだった。グレイブスをミュージックビデオへ呼び、知り合ってから4〜5年を経て会社との提携へ進んだ。創業者と親しくなった音楽家が、次には店の内装まで考えるようになった。[43]
ピンク色のチキン店
2023年4月、アメリカ西部・ユタ州のソルトレイクシティ郊外にあるミッドヴェールで、Post Maloneがデザインに加わった店舗が披露された。外も中もピンク色。演奏で使ったギターや衣装が置かれ、本人の好きな注文の組み合わせを選ぶ専用セットもある。[44]
音楽家のために、厨房で作る料理を別物にしたのではなかった。チキンの本数、ソース、トースト、飲み物の組み合わせに、普段の好みを入れた。同じ味を食べながら、違う建物と展示を見に来る理由ができた。[44]
音楽家とチームの店を作る
同年10月、Post Maloneは別の土地でも店の姿を変えた。今度は自分が育ったテキサス州のダラス地域で、好きなNFLチームDallas Cowboysと組む。ピンクの個人の好みから、地元の人が共有するチームの好みへ。10月12日の開店には、本人とチームのチアリーダー、何千人もの客が集まった。[45]
Post Maloneからもう1軒を作りたいと持ちかけられ、グレイブスは以前からスポンサーを務めていたCowboysへ連絡した。入口にはチームの星を大きく掲げ、中には音楽家の衣装やチームの記念品、ファンレターを受け取るポストまで置く。本人の好みと、ファンが参加できる仕掛けを店にした。[45]
グレイブス自身が、集まった人を案内する姿も取材に残る。南カリフォルニアの催しでは、2471ポンド(約52万1381円)の巨大カボチャへ店や犬の彫刻を施し、開場前に招いた人を連れて見せて回った。料理を売る会社は、見た人が話したくなる出来事も増やしていた。[43]
一方、2023年の番組Secret Sauceの披露会は雨になった。映画産業に近いカリフォルニア州ウェストハリウッドで、来場者は傘の下へ集まり、本人は別の建物で取材へ応じた。[46]
17世界が来る場所に店を出す
2023年6月27日のTimes Square
2023年6月27日、ニューヨークの観光客が集まるTimes Squareへ旗艦店を出した。8000平方フィート、約743平方メートル。トーストの形のソファ、大きな犬の像、地元作家の壁画を置き、食事の前後にも写真を撮れる場所を作った。[47]
ここへ来るのは、地元で犬のCaneを知る客ばかりではない。以前から、新しい街では犬の名やOne Loveだけでは料理が伝わらず、何を売る店か説明する必要があった。世界各地の人が通るTimes Squareでは、その料理を実際に食べてもらえる。[16][47]
グレイブスは、この時期に進出する理由として、複数の店舗、リーダー、供給網を用意できる会社の成熟を挙げた。目立つ場所へ1軒だけ置くのでなく、周囲にも店を増やして市場へ入る。初めて知った客が、次に別の店へ来るところまで考えた出店だった。[47]
スポーツと別の起業家へ
スポーツ選手と企画を進め、起業家の提案へ出資するShark Tankにも出演した。厨房で調理する仕事に、店の外で人と組み、名前を広める仕事が加わった。[48]
2024年の2回のShark Tank出演を通じ、4社へ約70万ドル(約1億円)を投じたと本人は語った。自分の宣伝やマーケティングで助けられるかを見て、別の投資家が向くと断った案もある。店を始める金を求めていた側から、他人の構想へ金を出す側へ回った。[49]
鶏肉そっくりのアイスクリームの会社にも関わったが、Raising Cane’sへデザートを増やすためではなかった。外で新しい事業を支えることと、自分の店のメニューを変えることを分けた。[49]
18社員との争いも裁判所へ行く
給料と休憩を訴えられる
社員を守るという会社の説明と並び、働き方を争う記録もある。カリフォルニア州中部の農業都市フレズノの店舗で働いたカヤ・ロドリゲスは、時間外賃金や最低賃金、食事と休憩の時間などをめぐり、会社を訴えた。本人と同じ立場の従業員を含む集団の請求として起こした争いだった。[50]
2023年5月、連邦地裁がまず判断したのは、賃金の未払いが事実かという本案ではなく、争いをどこで扱うかだった。会社は、従業員がWorkdayで電子的に同意した仲裁契約を示した。裁判所はその契約によって個別の仲裁へ進むよう命じ、集団請求を退けた。[50]
この判断で、訴えられた労働上の問題がすべて事実と認められたわけでも、なかったと結論づけられたわけでもない。給与や休憩の具体的な不満があり、会社側は雇用時の契約を持ち出して争った。店の数と社員が増えるほど、感謝を伝える動画の外でも、働く条件と契約をめぐる問題に向き合う会社になっていた。[50]
19新しい看板を望まない街
Normsはそのままがいい
店舗そのものを話題にするやり方が、歓迎されない場所もあった。ロサンゼルスのラ・シエネガ通りには、1957年に開いたNormsという24時間営業のダイナーがある。大きな屋根やネオンを使った、宇宙時代の未来像を思わせるGoogie様式の建物だ。2015年には市の歴史文化財に指定されていた。[51]
Raising Cane’sはこの不動産を持ち、賃貸契約が終わる2026年末以降に、自社の店へ変える案を進めた。建物を壊す計画ではない。外観や座席、特徴的な看板を生かして改修すると説明した。2024年12月5日の市の文化遺産委員会の議題にも、新しいレストランとしての再利用案が載った。[52][53]
だが、建物さえ残れば納得するとは限らなかった。地元で使われてきたNormsを、そのまま続けてほしいという反対が起きる。古い建物を生かして新しい店へ変えることが、外から来たブランドに場所を置き換えられる話として受け止められた。[51]
説明の予定を取りやめる
会社は12月5日に予定していた説明を行わなかった。不動産部門の責任者デール・ゴスは、地域の懸念を聞き、Normsと今後の話をしていると説明した。12月の時点で、その後に何が入るかが最終確定したわけではない。[51]
地域の歴史を記録するアリソン・マーティーノは、そこは高級な食事へ行く場所ではなく、近隣の人にとって気持ちを落ち着ける店なのだと語った。地元の店を支える番組を作ってきた会社が、別の街では、その店を置き換えようとする大きなチェーンとして見られる。チキンを好きになってもらう前に、すでにその場所にある愛着を受け止める必要があった。[51]
20次の仕事場は旧大企業のキャンパス
40万平方フィートの次の仕事場
2024年、会社はプレイノのLegacy Driveで40万平方フィート、約3万7000平方メートルのオフィスキャンパスを購入した。かつてロス・ペローの情報サービス会社Electronic Data Systemsの敷地の一部だった場所だ。[54]
2009年に借りたオフィスは2万4000平方フィートで、地域に生まれた仕事は53人分。拡張発表時には12万平方フィートで約480人が働いていた。店が増えると、それを支える本部も増える。買ったキャンパスは、今いる人を入れても次の余地がある広さだった。[54]
最初の店では、自分で床を壊して工事費を削った。いまは、旧大企業の大きな仕事場を買い、改装する会社になった。故郷へ残す本拠と、プレイノで広げる運営拠点の両方が、増えた店舗を支える。[54]
21製油所の街へ1000号店を出す
Hollywoodというあだ名
2026年3月、ロサンゼルスのハリウッドに1000号店が登場した。映画のスターたちの名が歩道に並び、観光客が訪れるHollywood Boulevardだ。かつて開店資金を稼ぐために来た街へ、今度は大きなチェーンの創業者として戻ってきた。[55]
会社はこの節目の紹介で、製油所時代にグレイブスがHollywoodと呼ばれていたと明かした。週90時間以上働く現場でついた呼び名と、1000号店を置く場所が重なる。本人は新店を案内し、以前は店を持つためにこの街で働いていたことを振り返った。[55]
建物は2階建てで、大きな映像設備を備え、金色の犬の像も置いた。一方、建築家マイケル・ロトンディの手掛けた外観や特徴は残す。以前からそこにある建物の姿と、新しく来たチェーンの姿を合わせる店舗だった。初めてのレジが動くのを待った1996年から、看板の犬がハリウッドの観光地に立つまで、約30年が過ぎていた。[56][55]
ロンドンには次の店を準備する
同じ頃、海の向こうにも出店計画があった。2025年の発表では、イギリスの首都ロンドンで、劇場や買い物客が集まるピカデリー・サーカスへ進むとした。中東のように現地の大手運営会社へ任せる形ではなく、英国では自社が店を持って運営し、支援拠点も設ける計画だった。[57]
発表時には2026年後半を予定していたが、公式の英国向け案内で確認できる計画は2027年初めになっている。旗艦店の住所を示し、その後にはストランド、オックスフォード・サーカス、パディントン周辺や、ロンドン広域のドライブスルーを挙げた。開けた実績ではなく、次に準備している市場だ。[58]
最初のクウェートでは、ハラルの扱いや現地の運営を相手企業と確かめた。今度は自社の人と仕組みを英国へ置く。Times Squareやハリウッドで世界中の人へ店を見せながら、その次には自分たちが別の国で営業する準備を進めていた。[30][57]
22稼いだ金を海へ戻す
50万ドル(約7880万円)で5つの人工魚礁
2026年3月には、ルイジアナの沖で別の作業が進んでいた。沿岸の魚たちのすみかとなる、Eugene Island 74の人工魚礁を置く仕事だ。グレイブスが約束した50万ドル(約7880万円)で5つを作る計画の、2つ目だった。[59]
最初は2024年にHotel Sidと呼ばれる魚礁を作った。廃止された石油・ガスの設備があった場所で、失われる生息環境を補う。そこでグレイブスは、さらに4つを作るため40万ドル(約6304万円)を追加すると約束した。2つ目には、複雑な自然の礁の構造をまねる、3Dプリンターで作ったCajun Coralという素材を使った。[59]
現場の施工会社Danosが伝えたのは、魚や海の生物が集まれる形を海へ残す計画だった。グレイブス自身も、州の海で釣りをして育ち、子どもや孫の世代にもその経験を残したいと話した。かつて店の金を得るためにアラスカの漁船へ乗った人が、今度は店で得た金を、故郷の魚が暮らす場所へ出す。漁の仕事とは違う形で、海へ資金を戻していた。[59]
23ソースの池へNFLのスターを落とす
小さな容器から500ガロンへ
2026年7月16日、ニューヨークのFanatics Festで、グレイブスは元NFL選手のトム・ブレイディとロブ・グロンコウスキーを迎えた。客が見るのは、いつもの食事の宣伝だけではない。グロンコウスキーは、500ガロンものCane’s Sauceを入れたタンクの上に座っていた。約1900リットル。普段はチキンの横の小さな容器へ入るソースが、人の落ちる池になった。[60]
ブレイディがボールを投げる。的に当たれば、元チームメートの座る席が落ちる。何度か投げた後に命中し、グロンコウスキーはソースへ沈んだ。試合で何度もボールをつないだ2人が、今度はグレイブスの企画の中で、大量のソースを跳ね上げる。[60]
店で新しいメニューを増やす代わりに、同じソースの見せ方を、ここまで変える。いつもの味を知る人にも、まだ食べたことのないスポーツファンにも、その場で誰かへ話せる出来事を作った。[60]
24漁船まで戻ってきた30周年
使い古した道具を展示する
2026年8月、最初の店から100歩も離れていない場所に、30周年の期間限定ミュージアムを開いた。立派な賞状だけではない。銀行を回った時のかばん、製油所のヘルメット、店の設計図、元の事業計画書。開店までに使ったものを、今度は人に見てもらう。犬のぬいぐるみ46種類も並んだ。[61]
外には、1979年製の漁船Margaret Maeまで来た。グレイブスがアラスカでサケ漁に使った船だ。故郷を離れてその船で働き、帰って店を作った。その実物が、30年後に店のそばへ置かれていた。2階には創業期のアパートを再現し、仕事場と暮らす場所が近かった時代へ人を案内した。[61]
窓から見ていた駐車場
8月25日の現地取材では、ファクス、ブラウン管テレビ、大きなコンピューターの画面が部屋にあった。寝室の窓からは、第1号店の駐車場とドライブスルーを見渡せる。本人は、そこから店の様子を何度も確かめていたと話した。店を任せて別の部屋へ戻っても、窓の先には同じ仕事があった。[62]
30周年の会場には、菓子職人Duff Goldmanが作った展示品そっくりのケーキも運ばれた。作るのに55時間、重さは約32キログラム。開店前の古い道具を、今度は祝いの菓子へ再現する。全国へ広がった会社の節目を、最初の店と小さな部屋へ戻して祝った。[62]
犬の名前を次の10年へつなぐ
30周年には、展示を作るだけでなく、次の使い道も発表した。会社は今後10年で、ペットの福祉に3000万ドル(約47億円)を約束する。グレイブスの家族財団からは、野生生物や自然環境を守るRe:wildへ2000万ドル(約31億円)を拠出するとした。店名の犬や、釣りをしてきた故郷の海に加え、野生の生物が暮らす場所も支援先へ広がった。[63]
同じ記念企画でも、客が参加できるのは犬のぬいぐるみだった。1990年代を思わせる服の限定品を売り、その純収益を地域の動物支援団体へ回す。会社が大きな額を約束する方法と、各店の客が買い物で近くの活動を支える方法。資金の入口を1つにせず、店舗がある街ごとに届ける形も続けていた。[64]
10年の約束を待たせない
同年10月には、もっと差し迫った支払いへ動いた。バトンルージュで子どもたちの学習や個別の相談を支えるBig Buddy Programが、給与を払う資金に困っていた。グレイブスは店を開く前、そこで子どもたちの相談相手として活動したことがあった。[65]
2019年には、毎年1万ドル(約157万6000円)を10年間寄付すると約束していた。だが、将来の寄付予定があっても、今月の給料は払えない。残り3万ドル(約472万8000円)を前倒しし、さらに4万5000ドル(約709万2000円)を加えた。合計7万5000ドル(約1182万円)を送り、スタッフへの支払いと活動の継続を支えた。[65]
大きな寄付額を発表するだけでなく、相手の支払いが迫った時には、金を渡す時期を変える。かつて自分の店でも、客から入る金と先に出る金の順番に追われた。その相手は今、チキンを売る店ではなく、地元の子どもたちが通う場所だった。[65]
2556億ドル(約8825億円)を売っても支払いは続く
借入の規模も変わる
2024年、Fitchは、出店投資と株主への分配が資金を圧迫し、負債を増やす点を指摘した。新しい有担保借入5億ドル(約788億円)で、既存の借入枠の利用分を返す計画もあった。非上場で自分の持分を多く残しても、店舗を作る金が自動的に余るわけではない。[66]
2022年には、食材と人件費の上昇で利益率が下がった。翌年は値上げが回復を助けた。チキン1つに集中する強さは、そのブランドが不調なら影響も集中するという弱さを持つ。品数を増やさない会社にも、仕入れと賃金と価格を動かす仕事があった。[66]
店の話を聞く30分
2025年の対談で、グレイブスは社内向けの動画で感謝や会社の予定を伝えていると説明した。店へ行けば、管理職や従業員を集めて30分ほど話すこともある。どんな支援が必要かを聞く。[67]
外では有名人と企画を作り、内側へは別の動画を送る。知名度を広げる顔と、忙しい店の話を聞く顔の両方があった。有名人との仕事でも、初めから店を好きな相手と、紹介や友人関係を通じて組むことを重んじていた。[67]
2025年のRaising Cane’sの店舗全体の売上は56億ドル(約8825億円)に達した。Forbesは2026年10月31日時点で、本人の純資産を200億ドル(約3兆1520億円)と推定した。富の中心には、長く手放さず持ってきた非上場会社の株式がある。[9][68][69]
製油所のヘルメットと、30周年の会場へ運んだ漁船。その間に、最初のレジ、2号店の人手不足、共同創業者との別れ、閉まった21店がある。巨大な純資産の数字に変わるまでの商売は、毎日同じ料理を出せる人と店を残す仕事だった。
看板の犬を知らない客も、いまは料理を頼める。袋に入るのは、揚げたチキンとポテトとトースト、そして秘密のソースだ。最初の月に30ドル(約4,728円)を残した商売は、同じ食事を出すために、それから長い仕事を積み重ねてきた。
参考文献・出典 69件
本文の番号に対応する資料です。本人・関係者のインタビュー、当時の取材、企業の発表を参照しています。
- Todd Graves CEO profile ↩ 本文
- Episcopal School — Todd Gravesの在学中の競技歴と2024年殿堂入り(2024年10月17日) ↩ 本文
- How Raising Cane’s founder built a $22b empire ↩ 本文
- Q&A Todd Graves Raising Cane’s founder and CEO ↩ 本文
- Raising Cane’s Founder Reveals How the Chain Got Started — Exclusive Interview ↩ 本文
- Raising Cane’s CEO shares mindset for billion-dollar success ↩ 本文
- Who We Are / Todd and Cane’s story ↩ 本文
- Todd Graves, Raising Cane’s ↩ 本文
- Raising Cane’s secret recipe for scaling ↩ 本文
- Reauthorization of SCORE: Discussion and Recommendations for Volunteer-Based Small Business Assistance ↩ 本文
- Raising Cane’s: Todd Graves — How I Built This with Guy Raz, episode404 ↩ 本文
- Leadership Lessons From The Eye Of The Storm / Kathleen Wood ↩ 本文
- Raising Cane’s — Kathleen Woodの社長兼COO就任発表(2005年6月21日、Fast Casual再録) ↩ 本文
- Having Words With Todd Graves ↩ 本文
- Jason Daley/Entrepreneur — Culture, Community and Chicken Fingers(2009年7月6日、本人取材) ↩ 本文
- Life after100 ↩ 本文
- Raising Cane’s — Why the dog? ↩ 本文
- How Raising Cane’s Founder Todd Graves Perfected His Formula and Built a $5 Billion Brand ↩ 本文
- Restaurant Business — interview with co-CEO AJ Kumaran ↩ 本文
- How Raising Cane’s was built to last ↩ 本文
- The Midas touch: Todd Graves brings Baton Rouge flavor to DC Mardi Gras ↩ 本文
- WBRZ — Downtown BR museum adds massive dinosaur fossil(2016) ↩ 本文
- 225 — Museum welcomes massive new resident(2016) ↩ 本文
- Louisiana Art & Science Museum — Dino Day(2026) ↩ 本文
- Robbie Reynold/WAFB — 初期の仕事場と全国のマネジャーをつなぐ見学会(2018年2月6日) ↩ 本文
- WAFB — One Loveの商標をめぐる訴訟とTodd Gravesの反論(2014年2月12日) ↩ 本文
- WAFB — Raising Cane’s founder featured on Treehouse Masters(2015) ↩ 本文
- Forbes Australia — Inside a billionaire’s $400,000 treehouse(2025) ↩ 本文
- Alshaya — Raising Cane’s中東初出店(2015年9月29日) ↩ 本文
- Kaci Yoder/225 — 中東向けの変更と現地開業(2015年11月11日) ↩ 本文
- Plans to keep entire staff employed through coronavirus ↩ 本文
- Raising Cane’s avoids layoffs as sales return ↩ 本文
- This Past Weekend:E340 Raising Cane’s Founder Todd Graves(2021年5月18日、本人対談) ↩ 本文
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- Inspire N Style:Smokey John’s Bar-B-Que Brothers Brent and Juan Reaves Star on Discovery Plus TV’s Restaurant Recovery(2021年5月5日、店主取材) ↩ 本文
- Raising Cane’s — All Hands on Deck(2021年の人手不足対応) ↩ 本文
- Restaurant Business — Why Raising Cane’s says it will never go public(2021-12-03) ↩ 本文
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- Raising Cane’s — Fanatics Fest(2026-07-16) ↩ 本文
- Raising Cane’s — 30th Birthday Museum(2026) ↩ 本文
- 225 — Raising Cane’s celebrates 30 years(2026-08-25) ↩ 本文
- MediaPost — Raising Cane’s commits $30m to animal welfare(2026-08-25) ↩ 本文
- Raising Cane’s — 30th birthday ↩ 本文
- Inc. / Victoria Salves — Todd Graves fast-tracked 10-year pledge(2026-10-25) ↩ 本文
- Fitch Affirms Raising Canes IDR at BB-;Assigns BB+/RR1 to New Proposed Senior Secured TLB ↩ 本文
- Bernadette Doykos/Boardroom — Todd Graves・Rich Kleiman対談(2025年2月27日) ↩ 本文
- Bloomberg Billionaires Index — Todd Graves ↩ 本文
- Todd Graves realtime profile ↩ 本文
写真の作者・利用条件・撮影年は各画像の下に記載。取材資料と写真の出典は別々に確認できます。
※ 円換算は2026年11月2日確認のWise表示値(1米ドル=157.6円、1英ポンド=211.0円)を使用。取引当時の為替や物価・購買力を再現するものではありません。 為替出典:USD / GBP
本文更新:2026-11-02



