NOBRILO起業家たちの原点と、その物語。

エリック・ユアン

Eric S. Yuan(袁征)

八度のビザ拒否を越えて中国から渡米し、41歳でZoomを創業。会議の使いにくさを作り直し、年間売上48億6,880万ドルの通信企業へ。世界中が頼るサービスになった瞬間、急成長に潜んだ危機が噴き出した。

1970年生まれ / 中国出身 / 通信ソフト・テクノロジー

物語を読む
2025年10月、TechCrunch Disruptでのエリック・ユアン。
2025年10月、TechCrunch Disruptでのエリック・ユアン。
写真の出典写真:TechCrunch/出典/CC BY 4.0。表示用にサイズ調整・切り抜き。

最も大きく、長く続く幸せは、誰かを幸せにすることから生まれる。

The greatest, most sustainable happiness comes from making others happy.

2019年の上場届出書に収められた創業者書簡。 原文 · 日本語は編集部訳

資産と事業

WEALTH & BUSINESS

本人・家族の推定資産

57億ドル

約8,983億円

主な保有資産

  • Zoom株

Zoom

創業者・CEO

オンライン会議、企業向け電話、顧客対応、AIを使った業務支援を提供する通信ソフト企業。

年間売上

48億ドル

約7,673億円

出典・詳しい補足

個人資産と会社売上は別の指標。現在の事業規模には、創業後の経営陣や社員による成長を含む。

Forbesの個人資産欄は家族を含む推計であり、本人単独の財産とは異なる。売上は2026年1月31日終了年度。

円換算は2026年11月2日確認のWise表示値(1米ドル=157.6円)を使用。取引当時の為替や物価・購買力を再現するものではありません。 元通貨の端数処理前の値から計算し、1億円未満を切り捨て。

金額の対象時点・集計範囲

  • Zoom — 年間売上 / 2026年1月期・通期売上高 / 会社公表(決算表)

主な保有資産・持分の出典

  • Zoom株:Zoom Form10-Q, filed2026-08-26, risk factor p69 ↗ — 2026年7月31日 / 2026-07-31 / 会社はYuan together with affiliatesの株式持分7.1%、議決権37.7%と記載。Class B72.6%という別の数字はClass B内の保有率であり会社全体の持分ではない。上段Forbes純資産も家族込み。

掲載する割合は、会社の株式に対する各開示基準での保有比率です。本人の資産全体に占める割合ではなく、議決権比率とも異なります。家族・信託・報酬株・オプションなどの算入範囲は各出典に記載しています。生前の持分は当時の時点を示し、現在の遺族・財団の財産とは区別します。

関連事業の確認日:2026-10-31。財務数値の確認日:2026-10-31。金額表示は1億通貨単位未満を切り捨てています。円換算には切り捨て前の元数値を使います。個人資産は保有株式などを含む推計値です。会社の売上は本人の収入や現金残高ではありません。円換算は金額感をつかむための参考で、取引当時の為替や物価を再現したものではありません。投資先・親子会社の売上を合算せず、売却済みの企業は現在の本人保有とは区別します。

THE STARTING CONDITIONS

2つのガチャから見る出発点

高いほど、選べる道や支えが多い。人生の価値ではなく、環境の有利さを表す編集評価です。

時代・場所ガチャなぜこの点数? +59 / 100

1970年の中国で生まれ、文化大革命末期を幼少期に経験し、改革開放の進む時代に学んだ。教育と衛生が整っていく過程にいたが、現在の豊かな大都市と同じ情報・通信・移動の自由があったわけではない。青年期までの社会基盤と市場への接近を重く評価した。

27歳以降は米国のソフト産業で働き、通信技術、人材、資金調達、企業顧客へ接近できた。この変化を成人後20%へ反映。米国へ行くための本人の粘り強さやZoomの成功は、環境点へ加算していない。

詳しい評価方法はこちら →
親・環境ガチャなぜこの点数? +77 / 100

両親は地質技師で、本人も中流家庭で育ったと説明する。専門職の家庭で新聞や学習へ接し、数学・工学を身につける道があったことは、同時代の世界で就学や技能習得が限られる子どもより有利だった。高等教育の成績そのものを親の功績にはせず、そこへ進む生活と学習の足場を評価した。

父は渡米を前に助言し、妻との関係も長く続いた。一方、家族が巨大資産や企業の支配権、米国の大口顧客を与えた根拠はない。Webexで築いた同僚との関係を生まれ持った親族人脈へ読み替えず、成人後も残る初期の技能・支えの効果を含めた。

詳しい評価方法はこちら →

THE STORY

エリック・ユアンの物語

選んだ道。その先で、起きたこと。

01恋人に会うまで10時間

混み合う列車で考えたこと

大学生のエリック・ユアンが恋人に会うには、列車で10時間以上かかった。車内は混み合い、立ったまま眠っても、周りの乗客に支えられるほどだった。

年に2度ほどしか会えない。18歳か19歳のユアンは、ボタンを押せば、その人の顔を見て話せる機械があったらと考えた。後に妻となる相手に会うため、長い移動を繰り返していた時の話だ。[1][2]

大学生が欲しかったのは、離れた人の顔を、もっと簡単に見られる手段だった。その願いを仕事にするまでに、国を渡り、大企業で開発を率い、41歳で会社を辞めることになる。

父の新聞の中にあった米国

中国の泰安で育つ。全体図と、海・湖・主な河川・市街地を示す拡大図
中国の泰安で育つ。
地理データ:Natural Earth(パブリックドメイン)。 湖の補助データ:© OpenStreetMap contributors(ODbL)。使用データ。現代の行政区分と都市の代表位置を表示。編集部作図。

ユアンは1970年、中国東部・山東省に生まれ、泰山のふもとの街、泰安で育った。両親は地質技師。父が家に持ち帰る新聞には、HPやAppleの記事があった。アメリカ西部・カリフォルニア州の、世界のテクノロジー企業が集まるシリコンバレーが、家の中へ紙面で届いた。[3]

大学では応用数学を専攻し、コンピューターも学んだ。大学院では地質工学へ進む。両親の仕事と近い分野を学びながら、関心はコンピューターへ向かっていった。[3]

1990年代半ば、研修で日本へ来た時、ビル・ゲイツの講演を聞いた。インターネットが広がるという話に触れ、米国の技術産業を自分の目で見たくなった。父の新聞で読んだ場所を、今度は訪ねる側へ回ろうとした。[4][3]

8回拒否されても申請する

最初のビザ申請は通らなかった。次も、その次も通らない。

ユアンは申請をやめなかった。2年にわたり8回拒否され、9回目でようやくビザを得た。本人は後に、当初は米国を見に行きたかったと話している。それが何度も断られるうちに、負けたままでやめたくなくなった。[5]

父からは、言葉も文化も分からない場所で働くなら、人より長く働く必要があると助言された。相手が8時間働くなら、自分は9時間、10時間。ユアンは後まで、その言葉を覚えていた。[6]

1997年、米国へ渡った。ようやく入れた国で、すぐ英語を自在に話せたわけではない。彼が最初に差し出せたのは、自分の書くコードだった。

02英語の代わりに動くものを見せる

Webexの初期技術者になる

入った会社はWebex。離れた人同士がインターネットを通じて会議するためのソフトを作る、小さな会社だった。ユアンは初期の技術者の1人になった。[3]

言葉を学びながらプログラムを書く。会議で巧みに説明できなくても、作ったソフトなら動きを見せられる。会社が成長するのと一緒に、ユアンの役割も変わった。自分で作る技術者から、開発者たちを率いる側へ進んでいく。[5][7]

Webexの創業者は、インドから来たスブラ・イヤーと、中国から来たミン・ズーだった。イヤーは販売やマーケティング、ズーは技術を担った。ユアンは2人の近くで、製品を作る仕事と、その製品を買ってもらう仕事を見た。[8]

率いた技術者の組織は、Webexとその後のCiscoで過ごした14年間に、10人の規模から世界800人以上へ育った。コードの問題を1つ直しても、ほかの人が作る部分も動かなければ製品は完成しない。開発の人数とともに、自分が引き受ける仕事も増えた。[7]

32億ドル(約5043億円)で買われる会社へ

2007年、CiscoがWebexの買収を決めた。総額32億ドル(約5043億円)規模、既存株主への提示価格は1株57ドル(約8,983円)だった。通信機器の大企業が、会議ソフトの会社を取り込む。[9]

前年のWebexには、売上3億8000万ドル(約598億円)、営業利益1億700万ドル(約168億円)の事業があった。すでに企業が料金を払い、仕事で使っている。ユアンもCiscoの技術幹部になった。[10][3]

父に送り出されて来た移民の技術者が、大企業で開発を率いる立場まで来た。ところが、顧客へ会いに行くと、胸を張れない話が出る。

03自分が書いたコードが客を困らせる

売れている製品を作り直したい

つながるまでの手間が多い。映像がうまく動かない。音が途切れる。会話を始めるための道具なのに、その道具を使うところで客がつまずく。ユアンは顧客の不満を聞いた。[4]

客が困っているソフトには、自分の書いたコードもある。ユアンは2017年の取材で、恥ずかしく感じ、直したかったと話している。[1]

調べるほど、機能を継ぎ足すだけでは足りないと考えた。映像を中心にして、土台から作り直したい。だが、現在売れている製品を自分たちで置き換えれば、今の事業を食うことにもなる。本人の説明では、Ciscoの中でその構想を進めるだけの支持は得られなかった。[1]

変えたいのに、自分では決められない。その不機嫌はチームにも家庭にも伝わった。後の本人インタビューで、ユアンはそう振り返っている。顧客のために直すという願いが、毎日一緒にいる人へ別の不満を渡す状態になっていた。[11]

41歳で外へ出る

2011年、ユアンはCiscoを辞め、Zoomを創業した。41歳だった。[12]

選んだのは、競合のいない新天地ではない。会議システムには、すでに大企業の製品も顧客もあった。自分が長く働いてきた市場へ、今度は小さな会社として入る。

それでも、顧客の不満は残っていた。まだ喜んでもらえる余地がある。その判断を、大企業の中で提案する代わりに、自分の会社の存続をかけて試すことにした。[4][12]

共同創業者は置かなかった。もっと若ければ探しただろうと、後の登壇で話している。今は技術のほかに販売やマーケティングも見てきた。その経験で自分が決める。最終判断を分け合う相手を置かず、41歳から出直した。[12]

0433人を雇っても売るものがない

34人目で初めて変わる

Zoomで最初に採用した33人は、全員エンジニアだった。売れる製品がないのに、先に営業やマーケティングを増やしても仕方がない。ユアンはそう考えた。34人目になって、製品を市場へ届ける担当者を迎えた。[12]

本人は、初期の使いやすさについて、少し意外な説明もしている。専門の画面設計者もいなかったから、ボタンを2つ、3つと複雑にするより、1つにするしかなかった。後から語った笑い話だが、会社の不足が、そのまま画面を簡単にする制約にもなった。[12]

開発では、端末ごとに使える専用アプリの基盤を作った。ブラウザーの中だけで動かす簡便な方法へ一律に任せず、映像や音声の質を自分たちで作り込む。初期の基盤を作るだけで、約18か月をかけた。小さな不具合1つを直すのに、数か月かかることもあった。[3]

別々の端末から同じ会議に入れること。大きなファイルを入れ、何度もクリックした末に、やっと相手と話せるような製品にしないこと。せっかく入れたと思ったら映像が出ず、音が途切れる状態をなくすこと。ユアンが前の会社で聞いた苦情が、新しい開発でつぶすべき作業になった。[4]

300万ドル(約4億円)の残り時間

初期に集めた資金は300万ドル(約4億円)だった。出資者には、以前の仕事を通じてユアンを知る人もいた。しかし、仕事ぶりを知っていることと、新製品が売れることは同じではない。初期投資家TSVCの記録には、1年ほどたっても開発が続き、資金だけが減っていた時間が残っている。[13]

技術者が働けば給与が要る。製品ができる前には、その製品の売上は入らない。ユアンの経験を信じて集まった人たちは、既存の大企業がいる市場で、次に選ばれるものを完成させなければならなかった。

創業者自身も、家族と過ごす時間を削った。最初の2年半、3人の子どもと十分に過ごせなかったと話している。恋人に会う距離を縮めたいと思った男は、自分の家族と会う時間を使って、通信の製品を作っていた。[1]

やがて製品ができた後、妻へ別の約束をした。事業ではさらに働くが、出張は年2回までにする。自分が作った会議ソフトが良いものなら、顧客へ会う仕事も、それを使って進められるはずだった。2017年の取材時点で、ユアンは約束を守ってきたと答えている。[1]

05初めて客が入る画面

評価してもらう日にWi-Fiが動かない

広く使ってもらうには、知られていない製品を誰かに試してもらう必要があった。Zoomが評価を頼んだ相手の1人が、Wall Street Journalの著名な技術コラムニスト、ウォルト・モスバーグだった。製品を紹介すれば、必ず記事にしてくれる相手ではない。

製品を届ける担当者が会いに行くと、その場のWi-Fiが動かなかった。会議ソフトを見せる日に、ネットへつなぐ入口が止まる。担当者は3G回線のホットスポットを使い、Zoomを実演した。ユアンが後に語った経緯では、その条件でも製品はうまく動き、モスバーグは夏の間テストを続けた。2012年8月21日、好意的なレビューが公開された。[12][14]

記事が出た後、一晩で6万人以上の主催者が製品を試したと、ユアンは振り返っている。だが全員が残ったわけではない。離れた人もいる。それでも残った人が次の会議へ4人、5人と招けば、招かれた相手にも使い心地が伝わる。記者の評価は、1度の広告のように終わらず、客が別の客を招く最初の流れを作った。[12]

モスバーグは、パソコンとiPhone、iPadを混ぜ、離れた街の2〜11人で試していた。多くは映像も音声も滑らかだったが、不具合が起きた通話もある。記事は、当時約1000人しか使っていない公開前の版での検証であり、何百万人が使えば品質が落ちる可能性もあると断った。小さな製品への推薦と、大きくした後の未検証の部分が、同じレビューに残っていた。[14]

Stanfordで授業をつなぐ

最初の顧客はStanford UniversityのContinuing Studiesだった。成人向けに授業を提供する継続教育のプログラムだ。離れた場所で学ぶ人を、同じ授業へつなぐ手段が必要だった。[15]

授業の開始時刻になれば、講師と受講者が待っている。試しに映像を出すだけでは済まない使い手が、Zoomを選んだ。そこで手応えを得ると、別の学校へも顧客を探した。3社の顧客ができてから、初めて販売のチームを迎えた。[15]

2013年、Zoomは正式版を一般向けに公開した。同年5月には累計参加者100万人、3500の事業者と650の教育機関に利用されたと発表した。当時の製品は最大25人を、パソコンや携帯端末などから同じ会議へつないだ。[16]

1人が使うと、会議の相手も使う。招待された人がそこで体験し、自分の次の会議にも持ち込む。宣伝を読んで選ぶ前に、誰かと話すため製品へ入る。Zoomは、会議そのものが次の使い手を連れてくる道具だった。[17]

解約した人へ社長が連絡する

それでも、使うのをやめる顧客はいる。ユアンは、その相手へ自分で連絡した。理由を聞くためだった。

個別のメールを送り、時にはZoomで会った。何が悪くて離れたのかを聞き、製品の改善へ戻した。初期の利用者との関係には、こうして解約後に戻った顧客もいた。[4][15]

ユアンが取りに行ったのは、その人が去った理由だった。前の会社で聞いて直せなかった苦情を、今度は決める側として受け取った。

06無料の線を40分に引く

長く話すなら契約してもらう

Zoomは、操作をほとんど試せない体験版にはしなかった。使える会議を無料で渡す。ただし、複数人の会議は40分まで。その先で、有料契約へ進んでもらう。

40分という長さには、ユアンのWebexでの経験があった。有効な会議は45分程度だと考え、その少し前に線を引いたと説明している。短い会議なら無料で終わる。仕事で長く使うなら、課金の理由ができる。[18]

企業の全体契約も、必ずしも最初からIT部門の会議で決まったわけではない。IBMのような大きな会社でも、社内の一部が試し、部署へ広がり、そこから会社としての導入へ進んだ。すでに別の会議システムがある場所でも、使う人が先にZoomを選ぶことがあった。[1]

投資より先に買ってほしい

2014年、Sequoiaの投資家が接触してきた。大きな出資を受けられる相手だ。だがユアンは、その時点では資金が必要ないと断った。

代わりに、IT部門を紹介してほしいと頼んだ。

投資家が持ってきた商談を、自社製品の営業へ変えたのだ。SequoiaにZoomを使う会社になってもらう。出資の話が進む前に、顧客としての関係ができた。後に取締役として加わるカール・エッシェンバックが、2019年に残した記録にある。[19]

取引先になってもらえば、製品を使った評価が返る。資金を出してもらうのとは違う形で、その相手を自分たちの仕事へ引き込んだ。

07会議室へ入り込む

数人の営業から200人近くへ

2015年2月、ZoomはEmergence Capitalなどから3000万ドル(約47億円)を調達した。ユアンは、その資金で営業とマーケティングを数人の規模から200人近くへ広げていったと説明している。製品を知る技術者が自分で話す段階から、複数の企業へ届け続ける会社へ変わった。[20]

同じ2015年、会議室向けのZoomPresenceをZoom Roomsへ改称した。MacやiPad、カメラ、モニターを組み合わせ、会議室そのものをオンライン会議につなぐ仕組みだった。[21]

1人は家のパソコンで入り、別の数人は会社の会議室から入る。相手が同じ姿勢で同じ機械を使うとは限らない。部屋の中の操作まで簡単にしなければ、会議の開始時刻になっても誰かが設備を触り続けることになる。Zoomは、机の上のアプリから会議室の機器へも仕事を広げた。[21]

1億ドル(約157億円)を1度に使わない

2017年1月には、Sequoiaと組み、1億ドル(約157億円)のシリーズD調達を発表した。これまでの調達総額4550万ドル(約71億円)から、大きく増える資金だった。同時に製品の新しい版Zoom 4.0も発表した。[22]

ユアンが示した使い方は、小さく試し、効くと分かったところへ増額する方法だった。次の機会が来た時に調達から始めなくていいよう、先に資金を持つ。大きな金が入ったから、初日から全て使い切るわけではなかった。[18]

社員や、その家族が買う本の代金を払い戻す制度も設けた。本人は長く働くことを好んでも、社員が受け取るものは仕事だけにしない。学ぶための本まで会社の仕組みに入れた。[5]

こうした会社作りの中心に、ユアンは幸福という言葉を置いた。その言葉を使う本人にも、相手の望みを聞き違えることがあった。

社員の名前を覚えきれなくなる

人を雇い始めた頃、ユアンは、これから大きくなれる人を迎えたかった。最初の営業責任者も、別の巨大企業で部門全体を率いていた人を、その役職のまま連れてきたわけではない。Webexなどで経験を積み、次の役割へ伸びる余地を持つ人を選んだ。製品と一緒に、人も成長する会社を考えていた。[12]

だが人数が増えると、毎日顔を合わせるだけでは続かなくなる。2019年の対談で、ユアンは400人を超えると全員の名前を覚えるのが難しくなり、仕組みが必要になると説明した。2週間ごとの全社会議では、社員が匿名で質問を出せた。会社は質問を都合よく書き換えず、皆に見せて答えるという。社長が知っている相手だけで動く会社から、自分を直接知らない社員も質問できる会社へ変えようとした。[12]

本人と社員へ勧めたのは、毎日10〜15分、自分の仕事を考え直す時間を予定表へ入れることだった。今日からやり直すなら、何を変えるか。得意なことをどう使い、苦手なことをどう直すか。電話も会議も増える会社で、誰とも話さず自分を見直すための時間を、先に確保した。[12]

08息子へ謝った社長

自分の成績表を渡さない

2018年のインタビューで、ユアンは息子との衝突を語った。試験の成績が悪かった息子へ、寝るのが遅いからだと責めた。

ところが息子は、試験のためにも、バスケットボールにも努力していると反論した。大学でもバスケットボールをしたい。父の望む成績だけが、自分の人生の目標ではない。説明を聞いたユアンは、筋が通っていると考え、謝った。[11]

顧客の望みを聞くのは仕事として分かっていても、家庭で相手の望みを聞くとは限らない。父が望む成績と、息子が続けたい競技。相手の答えを聞き、先に責めた自分の言葉を引き取った。

同年、Glassdoorの大企業部門で、ユアンは最も高く評価されたCEOの首位になった。承認率は99%。口コミなどに基づく評価で、Zoomの社内文化も注目を浴びた。[23]

会社の電話も引き受ける

2019年1月、Zoom Phoneを一般提供した。企業の外線を受け、担当者へつなぐ仕事をクラウドへ移す製品だ。会議に参加する時だけでなく、日々電話を受ける時にも、同じアプリを使ってもらおうとした。[24]

2019年11月、デンバー国際空港に掲げられたZoomの広告。ビデオ会議、電話、会議室を一緒に売り込んでいた。
2019年11月、デンバー国際空港に掲げられたZoomの広告。ビデオ会議、電話、会議室を一緒に売り込んでいた。
写真:Raysonho @ Open Grid Scheduler / Scalable Grid Engine/出典/CC0。表示用サイズ調整。

当初は米国とカナダで従業員50人を超える企業を対象にした。地域の条件を整え、映像の会議とは違う通信の仕事へ入る。会社は、この頃から会議ソフト1つの外へ収入源を広げていた。[24]

36ドル(約5,673円)の公開価格

2019年1月期の売上は3億3051万7000ドル(約520億円)。前年の1億5147万8000ドル(約238億円)から2倍以上へ伸び、営業利益616万7000ドル(約9億円)を出していた。自社製品へ料金を払う顧客が増え、上場前に営業黒字を作っていた。[17]

4月18日、Zoomは上場した。公開価格は1株36ドル(約5,673円)、取引前の会社評価は92億ドル(約1兆4499億円)になった。8回断られてから米国へ来た技術者が、上場企業の創業者として市場の前へ出た。[25]

創業者書簡では、他者を幸せにすることが最も長く続く幸福になると書いた。社員も顧客も喜べる会社にする。そう説明した会社へ、その翌年、想定を超えた使い手が押し寄せる。[17]

09参加を簡単にした仕組みが問題になる

アプリを消しても残るもの

2019年7月、Mac版Zoomの仕組みが批判を浴びた。利用者のパソコンへ、小さなウェブサーバーも一緒に入れていた。Zoomは、会議へ素早く参加するための仕組みだと説明していた。[26]

ところが、その仕組みを使うと、一定の条件で利用者が意図せず会議へ入り、カメラが有効になるおそれが指摘された。さらに、利用者が普通の方法でZoomアプリを削除しても、そのウェブサーバーは残る。使うのをやめたつもりの人にも、部品が残っていた。[26][27]

会社は当初、映像を無効にする設定が尊重されると説明した。しかし7月9日、方針を変え、ウェブサーバーを取り除く更新を出した。完全に削除できるメニューも追加した。[26]

参加するまでの操作を減らすことが、ユアンの会社の強みだった。その手間を減らすため入れた仕組みが、本人の意図しない接続や削除しきれない部品へつながった。簡単に入れることと、使う側が制御できること。その両方を満たす仕事が、上場した年にも突きつけられた。

10世界の日常が1本のリンクへ入る

会議室の外で始まったこと

2020年、新型コロナウイルスの感染が広がり、人が集まれなくなった。会社の会議をオンラインへ移す。授業も移す。家族や友人と会う予定も、画面に届くリンクへ置き換える。

2020年4月29日、米下院議員マイク・トンプソンの中小企業向けウェビナー。
2020年4月29日、米下院議員マイク・トンプソンの中小企業向けウェビナー。
写真:Mike Thompson/出典/Public domain。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。

企業向けに作ったZoomが、生活の中へ一斉に入った。2019年末には、多い日でも1日1000万人ほどだった会議参加者数が、2020年3月には2億人を超えた。これは同じ人の複数回の参加も含む延べ人数だ。それでも、数か月前の20倍以上の会議参加を受け止めることになった。20か国、9万を超える学校も、同社の支援を使っていた。[28]

招待された人が入ってくる仕組みは、会社の外でも働いた。仕事で初めて使い、次には家族を呼ぶ。先生からリンクが来て、授業で使う。会議の相手を連れて成長した製品へ、世界中の予定が重なった。

ユアンが苦情を聞いて開発を決めた頃、想定していたのは、仕事で会議をする人たちだった。今は、IT担当者のいない家庭や学校まで、同じ道具を使う。どの設定なら安全かを詳しく調べる時間もないまま、その日の授業や会話を始める人がいた。[28]

2020年6月、英国ノーフォークの教会前に出された、Zoomでの礼拝を知らせる看板。
2020年6月、英国ノーフォークの教会前に出された、Zoomでの礼拝を知らせる看板。
写真:Kolforn (Wikimedia)/出典/CC BY-SA 4.0。表示用サイズ調整。

首相が公開した画面

英国のボリス・ジョンソン首相がオンライン閣議の画面を公開した。画像には、会議のIDまで映っていた。

Zoomの取締役サンティ・スボトフスキーやユアンは、この画像を、前提が変わったと気づく出来事として挙げている。画面を撮り、外へ見せる。利用者にとって普通の行動の中へ、会議に入るための情報が紛れた。Zoomはその後、IDを見せる表示を変えた。[8]

利用者が設定に詳しいことを前提にした作りでは足りないと、会社の側に示した。仕事の会議のための配置が、そのまま世界の日常に合うとは限らなかった。

1日700万GBの裏側

画面の顔が滑らかに動くには、裏で映像を運ぶ設備が要る。需要が急に増えても、明日の授業や会議は延期してもらえない。

2020年4月、ZoomはOracleのクラウドを使う提携を発表した。Oracle側の発表によれば、その時点で同社の設備を通るZoomのデータは、1日約700万GBに達していた。既存の仕組みに追加の容量を確保し、増えた会議を運んだ。[29]

大量の映像を途切れさせずに送る。その仕事と同時に、会社には、別の問題も押し寄せていた。会議へ見知らぬ人が入り、不適切な映像や嫌がらせで妨害する「Zoom爆撃」が問題になった。さらに、安全だと説明していた製品の内部にも、欠陥が見つかった。[28][30]

11新機能を90日止める

成長の最中に謝罪する

2020年4月1日、ユアンは利用者へ謝罪文を出した。世界中の人が突然、自宅で働き、学び、交流する使い方までは想定していなかった。発表したのは、90日間の新機能追加の凍結だった。安全とプライバシーの改善へ、開発資源を集中させる。[28]

その文書には、すでに取りやめた仕組みも並んだ。3月27日には、iPhoneなどのアプリからFacebookの開発用部品を外した。必要のない端末情報が収集されないよう、組み込み方を変える。4月1日には、参加者が会議へ注意を向けているかを確かめる機能も、恒久的に削除した。利用者へ機能を覚えてもらう前に、会社が機能を引く仕事が進んだ。[28]

学校向けには、待機室を標準で有効にし、授業で画面を共有できるのを、初期設定では先生だけにした。慣れない教師が何十もの設定を読み終えるまで、授業を待ってもらうことはできない。アプリを開いた時点の状態を変え、誰が教室の中へ情報を出せるかを絞った。[28]

同時に、ユアンは毎週水曜日に自分が説明するウェビナーを開くと約束した。1度文書で謝り、次の製品発表まで表へ出ないという対応ではない。何を直したか、何がまだ残っているかを、次の週も説明する。会社を辞めたのは、顧客の不満を自分の判断で直すためだった。今度はその自分が、世界から不満を受け取る席へ座った。[28]

待機室なのに映像が届く

4月2日、カナダ東部・トロントの大学研究組織Citizen Labが、Zoomへ待機室の問題を報告した。

待機室は、主催者が承認するまで参加者を待たせる機能だ。画面に出るのは待つよう求める案内。ところが研究者が調べると、承認前の端末へも、会議の映像データと、それを読む鍵が送られていた。[30]

通常の画面に映らなくても、端末の中には届いている。技術のある人なら取り出せるおそれがあった。研究者は、この点を安全上の問題として会社へ伝えた。

7日、Zoomは修正を知らせ、研究者も解消を確かめた。主催者へ注意を呼びかけるだけでは直せない、会社のサーバー側の問題だった。外から調べる研究者がいて、その報告を受けて直す開発者がいた。[30]

中国のサーバーへ届いた鍵

4月3日、Citizen Labは別の問題も報告した。アメリカとカナダにいる参加者同士で試した会議で、映像を読む鍵が、中国にあるとみられるサーバーから渡された。参加者が中国にいなくても、会話を守る鍵の通る道が、その国へ入っていた。[31]

Zoomは、感染拡大に対応して急いで設備を増やす間に、本来使うべき地域の制限を十分に実装できなかったと説明した。主な接続先が使えない場合の予備の経路へ、中国の2つの拠点を誤って加えていたという。会社は、そのリストから中国の拠点を外したと公表した。[32]

会議の映像が滑らかに映れば、その裏で使う国や設備を、利用者が毎回見分けることは難しい。速くつながるため用意した予備の道が、企業や研究者にとって、どこへ情報を通すのかという問いを生んだ。Zoomは機能の使いやすさだけでなく、表から見えない経路も説明しなければならなくなった。

安全の操作を1か所へ集める

4月8日、Zoomは画面にSecurityのアイコンを加えた。会議をロックし、待機室を有効にし、参加者を退室させる。以前からあっても散らばっていた機能を、主催者がすぐ使える1か所へまとめた。会議のIDもタイトルのバーから外し、画面の写真を公開した時に写り込まないようにした。[33]

同じ日、ユアンは外部のセキュリティ専門家アレックス・ステイモスを助言者へ迎えたと発表した。Facebookで情報セキュリティの責任者を務めた人物だ。各社のセキュリティ責任者が参加する評議会も作り、ユアン本人へ助言する役を置いた。自社だけで直して終えるのではなく、外から評価してもらう相手を組織へ入れた。[34]

4290万ドル(約67億円)で専門家を迎える

5月7日、Zoomは暗号化通信の会社Keybaseを買収した。後の開示では、買収対価は現金4290万ドル(約67億円)だった。[35][36]

Keybaseが持っていたのは、通信する相手へ安全に鍵を届けるための技術と経験だ。膨大な参加者をつなぐZoomへ、運営会社自身も中身を読めない暗号化を組み込もうとした。初期の会社で何年もかけて会議製品を作った技術者が、今度は必要な専門家を会社ごと迎えた。[37]

12会議をつなぐ会社が会議を止める

国境を越えたアカウント停止

2020年6月、Zoomは、中国当局の要求に応じ、天安門事件の追悼会議に関わるアカウントを停止したことを説明した。主催者には米国や香港にいる人も含まれていた。[38]

2020年6月、サンノゼのZoom本社。
2020年6月、サンノゼのZoom本社。
写真:Coolcaesar/出典/CC BY-SA 4.0。表示用サイズ調整。

会社の説明では、中国内の参加者だけを止める仕組みがなく、会議やアカウント全体へ対応した。ある国の要求で、別の国にいる人の会話まで止めたのだ。Zoomは国外の利用者へ影響を与えるべきではなかったとし、対象地域を限る仕組みを用意するとした。[38]

ビザを8回断られ、それでも国を渡ったユアンが作った製品は、距離に関係なく人をつなぐものだった。その会社が、どの国の要請で、どこにいる人をつなげなくするかを判断していた。

13安心の説明まで間違っていた

無料の会話にも同じ鍵を渡す

新しい暗号化は、有料の客だけに渡すのか。それとも、無料で話す人も守るのか。

2020年6月17日、ユアンは、無料と有料の両方へエンドツーエンド暗号化を提供する道筋を示した。5月に設計案を公表してから、人権団体、子どもの安全を考える団体、暗号の専門家、政府関係者、利用者らの意見を集め、設計を更新したと説明する。無料の利用者には、SMSで電話番号を確認するなど、追加の本人確認を組み合わせる。会話を守ることと、匿名の迷惑行為を抑えることを両立させようとした。[39]

暗号化を強くすると、別の機能は使えなくなる。普通の電話回線から会議へ参加する方法や、一部の会議室の機器は、そのまま一緒に使えない。会社は、主催者が会議ごとに有効か無効かを選ぶ形にした。誰でも同じボタンで入れることを目指した製品へ、何を守り、何を使うかを選ぶ新しい操作が入った。[39]

秋に出した新しい暗号化

10月、無料と有料の双方で、エンドツーエンド暗号化を選べる技術プレビューを出した。主催者が生成した鍵を参加者へ配り、会議を守る。[40]

会社が鍵を持っていた

安全を直す仕事は、新しく見つかった欠陥だけでは終わらなかった。以前から会社が客へ伝えてきた説明も問われた。

2020年11月、米連邦取引委員会FTCは、Zoomとの和解を発表した。FTCは、同社が2016年以降、エンドツーエンド暗号化を提供すると宣伝しながら、多くの会議ではZoom自身が内容へアクセスできる鍵を持っていたなどと指摘した。[41]

通信の途中で盗み見されにくいことと、運営会社にも読めないことは違う。利用者は、会社が約束した保護を信じて、仕事や家庭の会話を預ける。その約束が、実際の仕組みと食い違っていたという指摘だった。

和解では、包括的な安全対策の体制や外部の評価などが求められた。使いやすさで広がった会社が、どんな保護をしていると説明するかまで、外から条件を付けられた。[41]

ユアンが顧客へ個別に連絡して苦情を聞いていた頃とは、責任の大きさが変わっていた。会社の説明を、世界中の利用者が頼りにしている。社長の返事だけでなく、実装、社内の手順、外からの検証が必要になった。

14会議を閉じる権限を作り直す

社内から会議を妨害した容疑

同年12月には、その対応の裏側で働いていた社員をめぐり、さらに深刻な問題が明らかになった。

米司法省は、中国にいた通信企業の社員Xinjiang Jin、別名Julien Jinを、天安門事件を追悼する会議の妨害などに関わった容疑で訴追したと発表した。Zoomは透明性報告で、自社の元社員がこの事件で訴追されたことを認め、捜査へ協力していると説明した。[42][43]

司法省の申し立てでは、会議を止める口実を作るため、偽のアカウントや規約違反の証拠が作られた。主催者らが問題行為をしているように見せ、米国の社内担当者へ会議の停止を働きかけたという。Zoomは、社員が政府要請への対応などに関わる内部のアクセス制御を回避しようとしたとして、解雇した。[42][43]

外からの侵入に加え、内部の権限によって利用者の会話が止められる問題まで抱えていた。司法省が示したのは訴追段階の容疑だった。

政府要請を追える仕組みにする

同年末の透明性報告では、Zoomは政府要請を法務担当者が確認し、記録を集中して管理する仕組みを整えたと説明している。以前のように個別対応を続けるだけでは追えなくなっていた。世界へ開いた会議室の扉を、誰が閉められるのか。その権限も、会社が作り直す仕事になった。[43]

自分で直す限界を認める

ユアンは、初期には会社と一緒に育つ人を採ることを好んだ。だが急拡大を経験すると、すでに難しい局面をくぐった幹部も、もっと組み合わせておけばよかったと認めた。経験を積むのを待っている間にも、今日の判断が必要になっていた。[44]

本人も、目の前の問題に入り込んで直そうとした。助言者からは、全体の戦略や先の危険を見る仕事へ移るよう促された。変わらなければならないと分かっていても、いつその役割へ移るかが難しかったと話している。[44]

最初の33人なら、作る製品へ同じ方向を向けた。世界中の学校や政府から使われる会社では、自分の届かないところで判断する人が増える。会社の中で誰が何を決めるかまで、製品への信用に直結するようになっていた。

15売上が4倍になった後の会議

増えたのは参加者だけではない

2021年1月期、Zoomの売上は26億5140万ドル(約4178億円)になった。前年比326%増。前年の4倍を超えた。営業利益も6億5980万ドル(約1039億円)へ増えた。無料で家族と話す人や学校への支援だけでなく、仕事を続けるために契約した企業の支払いも積み上がった。[45]

2020年12月、クロアチアの図書館員向けZoomウェビナー。
2020年12月、クロアチアの図書館員向けZoomウェビナー。
写真:Zblace/出典/CC BY-SA 4.0。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。

需要が押し寄せた時は、止めずにつなぐことが先だった。その先では、すでに使っている企業へ何を届け、なぜ契約を続けてもらうかが重くなる。Zoom自身が、以前ユアンのいた会社のように、大きな既存企業になった。

16147億ドル(約2兆3167億円)の買収が止まる

社内から顧客対応へ

2021年7月、ZoomはFive9の買収計画を発表した。Five9は、コールセンターをクラウドで運営するためのソフトを提供する会社だ。社内の会議だけでなく、企業が顧客から連絡を受ける仕事へ、一気に広げようとした。[46]

計画の規模は147億ドル(約2兆3167億円)。Five9株1株につき、Zoomの株0.5533株を渡す条件だった。Zoomへ参加した利用者が増え、株式市場から高く評価された会社が、その株を使い、別の事業を買う。相手の株主は、売った代金を現金で受け取る代わりに、Zoomのこれからを一緒に持つことになる。[47]

ところが発表から株主の判断までの間に、Zoomの成長が鈍るという懸念が強まった。Reutersの当時の取材では、7月の発表以降、Zoom株は25%超下落していた。同じ0.5533株を渡しても、その株に付く値段が変わる。ISSやGlass Lewisといった、株主へ議案への投票を助言する会社も、成長性への懸念などから反対を勧めた。[48]

9月30日、Five9の臨時株主総会で、合併に必要な支持は集まらなかった。両社はその直後、契約を解除した。ユアンが会社の次を考えて欲しがった事業でも、その未来に自分の株を交換する相手が、同じ条件で納得するとは限らなかった。[49]

Zoomは、コールセンターの分野へ進む計画まで撤回しなかった。ユアンは解除の発表で、Five9は有力な道だったが唯一の方法ではないと説明し、自社の製品を翌2022年に提供する方針を示した。巨大な買収で1度に進めようとした仕事を、もう1度、自分たちで製品を出して始める側へ戻した。[50]

Zoomの社長もZoomに疲れる

移動しなくても話せる。だから、次の会議をすぐ後ろに置ける。

ユアン自身、1日に19回のZoom会議をこなした時期があった。画面で会う道具を作った本人も、その多さに疲れた。2021年10月の登壇では、1日5〜6回へ減らしたと説明している。[51]

かつて列車の10時間をなくしたかった。今度は、移動がなくなった時間へ、次々と会議が入ってきた。つなげることが簡単になっても、1日に使える時間は増えない。

製品を作る社長が、自分の製品を使う量を減らした。会社も、会議を増やすだけではない次の仕事へ動いていた。

売上40億ドル(約6304億円)を越える

翌2022年1月期は、売上40億9990万ドル(約6461億円)、前年比55%増だった。増加率は低くなっても、1年でさらに10億ドル(約1576億円)以上の売上が加わった。年間10万ドル(約1576万円)以上を払う顧客も、同年度末には前年より66%増えていた。[52]

買えなくても製品は出す

2022年2月、Zoom Contact Centerを提供し始めた。音声や映像で企業の顧客対応をする仕組みだ。問い合わせを受け、担当者へつなぎ、対応を管理する。初期の提供には映像と音声があり、SMSやウェブのチャットは試験段階だった。[53]

Five9を買えなくても、独自に出すと告げた製品が形になった。Zoomは自社のソフトで、企業の外から来る問い合わせを受ける仕事へ入った。[50][53]

8500万ドル(約133億円)で終える裁判

製品を修正しても、過去の利用を巡る争いは残った。アメリカでは、外部企業のソフトを通じた情報の共有、暗号化の説明、会議への妨害などを巡り、利用者が集団訴訟を起こした。2020年春に相次いだ訴えは、カリフォルニア州北部の連邦裁判所へまとめられた。[54]

2021年7月、当事者は和解に合意した。金額は8500万ドル(約133億円)。2022年4月21日、裁判所が最終承認した。ここから弁護士費用や手続き費用なども支払われるため、全額をそのまま被害者へ均等に配る仕組みではなかった。Zoomが全ての責任を認める判決ではなく、訴訟を終えるための合意だった。[54][55]

条件には、これからの作り方も入った。会議を妨害された時に使う機能や相談先をまとめ、待機室、参加者の排除、会議のロックなどを維持する。外部の開発用部品をアプリへ入れる前には、その部品が利用者の情報をどう扱うかを審査する。エンジニアや製品担当者への、プライバシーとデータの研修も用意する。[55]

最初に欲しかったのは、余計な手続きをせず顔を見て話せるボタンだった。その便利さが普及すると、いつ部品を入れ、誰が情報の扱いを調べ、問題をどこへ記録するかまで、会社の責任になる。ユアンは、機能の修正に続いて、それを作る人たちの仕事の手順も変えることになった。

会議を開かずに仕事を進める

同年のブランド表現では、ZoomのOを増やし、会議以外の製品もあることを示した。誰でも知る名前になった一方、その名前からは映像会議しか思い浮かべてもらえない。電話、チャット、イベント、顧客対応を持つ会社だと、あらためて説明する必要があった。[56]

社内でも、Team Chatで連絡し、水曜日は社内会議を置かない日とした。ユアンが自分の会議を減らしたように、会社としても、何でも会議にする働き方から離れようとした。[56]

ところが、製品の範囲を広げても、急成長期に作った組織を、そのままの速度で大きくすることはできなかった。

17幸福の会社が1300人を削る

急いで増やした人を減らす

2023年1月期の売上は43億9300万ドル(約6923億円)、前年比7%増だった。数年前の326%という増加率から、会社の速度は変わっていた。[57]

2月、ユアンは社員へ、およそ1300人、全体の約15%を削減すると伝えた。Zoomは24か月で人員を3倍にしていた。世界から来る需要へ対応するため増やした組織を、今度は縮める。[58]

本人は、成長が持続できるか、チームを十分に分析する時間を取らなかったと認めた。サービスを止めないため急いだことも、採用した社員がいたことも、両方が事実だった。需要が伸び続ける前提で抱えた組織を、そのまま維持する判断はしなかった。[58]

ユアンは翌年度の基本給を98%減らし、賞与も受け取らないと発表した。届出上の基本給は1万ドル(約157万6000円)になった。幹部も基本給を20%減らし、賞与を放棄した。[59][58]

米国の対象者には最大16週間分の給与と医療保障などを用意した。支援を付けても、会社で続くはずだった仕事が終わる。社員も顧客も幸せにすると上場時に説明した社長が、社員へ別れを告げる文書に自分の責任を書いた。[58]

画面の会社が週2日会う

同じ2023年、Zoomは拠点から50マイル、約80km以内に住む社員に、週2日の出社を求める方針を示した。[60]

遠くから働ける道具の象徴になった会社が、直接会う日を求めた。全社員を毎日オフィスへ戻したわけではないが、社内で会議を減らしながら、顔を合わせる時間も設ける。Zoom自身が、自分たちの道具だけに全ての働き方を任せる会社にはならなかった。

家族を遠ざけないため出張を減らすと約束した創業者は、企業の中では、誰といつ同じ場所へ集まるかも決める立場になっていた。

18AIに会話を預けられるか

便利な要約の前で立ち止まる

会議が終わると、記録をまとめ、誰が何をするかを確認する。その仕事へAIを使えば、Zoomが引き受ける役割は、顔を映して話す時間の外へ伸びる。

だが、話を要約するには、その会話を扱う必要がある。2023年、Zoomの規約を巡り、音声や映像がAIの学習へ使われるのではないかと懸念が広がった。会社は規約を明確にし、顧客の音声、映像、チャットなどをAIモデルの学習には使わないと説明した。[61]

利用者は会議を始める前に、預けた内容がどう扱われるかを知る必要があった。

2020年には、暗号化の説明と実際の仕組みの違いを問われた。新しいAI機能でも、何ができるかと同じくらい、何に使わないかという説明が重要になった。

追加料金なしで渡すAI

2023年9月、AI Companionを提供した。会議の要約やチャットの下書きなどを、対象の有料アカウントへ追加料金なしで付ける。[62]

会社は自社モデルに加え、OpenAIやAnthropicなどのモデルも組み合わせる方式を説明した。会議に遅れて入った人が前半を確認し、終わった後に要点を整理する。顔を映す時間だけでなく、その会話を次の仕事へつなげるための製品だった。[62]

新機能のために別の料金を払ってもらう道だけを選ばず、契約している顧客へ、同じ料金で受け取れるものを増やした。初期に解約理由を聞いて製品を直していたユアンは、価格を上げるより価値を足す考えを、以前から説明していた。[4]

2024年5月、会社はAI Companionを有効にしたアカウントが70万を超えたと発表した。すでにZoomへ来ている人たちの中で、会話の後まで製品が使われ始めていた。[63]

19社名からビデオが消える

48億ドル(約7564億円)の会社に残った課題

2024年11月、正式社名をZoom Video CommunicationsからZoom Communicationsへ変えた。ビデオという言葉を外した。

会議、電話、チャット、顧客対応、AIによる仕事の支援。名前からは映像の会議しか思い浮かばないほど有名になった会社が、自分たちの範囲をもう1度説明した。[64]

2026年1月期の売上は48億6880万ドル(約7673億円)、前年比4.4%増。営業利益は11億2360万ドル(約1770億円)だった。感染拡大時の急増とは違う速度になっても、企業が使い続ける事業が残った。[65]

独立前、ユアンは大企業の中で、売れている製品を作り直せずにいた。今は自分が、すでに大きな製品を持つ会社を率いている。顧客が必要とするものが変われば、映像会議だけの会社にとどまれない。その判断を、今度は自分がする側だ。

自分の顔で自分のいない時に話す

2025年、Zoom Clipsには、本人の顔や声に似せたアバターを作る機能が加わった。利用者がカメラと音声で自分を記録し、確認を経て登録する。あとは文章を入力すると、自分の姿に似た映像が、その文章を話す短い動画になる。撮り直すたびに、本人がカメラの前へ座り直さずに済む。[66]

生身の相手と、その瞬間につながるため作った会社が、相手と同じ時刻に画面へ来なくても説明を届ける方へ進む。遠方の同僚へ業務を案内したり、違う時間帯の人へ説明を渡したりする用途だった。顔が動いているからといって、その瞬間に本人が話しているとは限らなくなる。Clipsの録画生成と、本人の代わりに何でも判断してくれるAIは、まだ別のものだった。[66][67]

かつて本人が19回の会議で疲れたように、つなげる時間を増やすだけでは、生活は楽にならない。Zoomは会議を開く道具に加え、会議を置かずに済ませる説明や、その後の作業も売る。ユアンが父の新聞で知った技術の世界は、今度は、自分で作った会議の形まで変え始めていた。

つながらない相手がいる

2020年の取材で、誰とZoomで話したいかを聞かれると、ユアンは父を挙げた。

父は、Zoomを創業する前年に亡くなっていた。自分がその後の数年間で、何をしてきたかを伝えたい。本人は、そう話した。[68]

米国へ行く前、父は、言葉も文化も違う場所なら人より長く働けと助言した。その息子は技術者になり、会社を作った。世界中の人が同じ画面で顔を合わせる道具になった時、父へもその話を伝えたかった。

大学生のユアンは、10時間以上かけて恋人へ会いに行った。ボタン1つで顔を見られればいいと思った。やがて画面に招かれたのは、恋人だけではない。知らない街の授業、国境をまたぐ会議、家族の集まりだった。

その数が増えるほど、相手を映す以外の仕事も増えた。安全を直し、停止する権限を管理し、増やした組織を減らした。距離をなくす道具を作った男の仕事は、人をつなぐボタンを完成させた後も続いている。

参考文献・出典 68件

本文の番号に対応する資料です。本人・関係者のインタビュー、当時の取材、企業の発表を参照しています。

  1. Zoom CEO’s Promise To His Wife Helped Inspire A $1B Company ↩ 本文
  2. The Inspiring Backstory of Eric S. Yuan, Founder and CEO of Zoom ↩ 本文
  3. How Eric S. Yuan Connected the World ↩ 本文
  4. Zoom CEO Eric Yuan on trusting your gut, learning from failure, and leaving behind an enduring legacy ↩ 本文
  5. This Founder Knew He Had a Billion-Dollar Business Idea. The Hard Part Was Getting to the U.S. ↩ 本文
  6. American Dreamers: Zoom Founder Eric Yuan On Making His Mark In Silicon Valley ↩ 本文
  7. One On One With Eric Yuan, Founder & CEO Of Zoom ↩ 本文
  8. Everyone you know uses Zoom. That wasn’t the plan ↩ 本文
  9. Cisco Announces Agreement to Acquire WebEx ↩ 本文
  10. Cisco/WebEx acquisition conference call transcript ↩ 本文
  11. Seven Questions with Eric Yuan ↩ 本文
  12. From Freemium to Explosive Growth in a Crowded Market – 8 Years of Learnings with Zoom (Video + Transcript) ↩ 本文
  13. Zoom IPO: The Eric Yuan We Know ↩ 本文
  14. Walt Mossberg, A Chance to Call 15 Friends to Video Chat in High Def — August21 2012 ↩ 本文
  15. How to Scale Happiness ↩ 本文
  16. Zoom Reaches Over 1 Million Participants, Delivering The First Unified Meeting Experience ↩ 本文
  17. Zoom S-1/A, including A Letter from Eric S. Yuan ↩ 本文
  18. Zoom At $100m ARR, Burning Almost Nothing, SaaStr Annual 2017 transcript ↩ 本文
  19. Zoom IPO: How Eric Yuan Delivers Happiness ↩ 本文
  20. Reflecting on Zoom’s Journey ↩ 本文
  21. Zoom Announces ZoomPresence is Now Zoom Rooms ↩ 本文
  22. Zoom Partners with Sequoia in $100 Million Funding Round ↩ 本文
  23. Zoom Founder & CEO, Eric S. Yuan, Named #1 CEO on Glassdoor in 2018 ↩ 本文
  24. Zoom Phone, New Meetings Experience, Conference Room Enhancements, and Integrations Now Generally Available ↩ 本文
  25. Zoom’s IPO Values It At $9 Billion—And Mints New Cloud Billionaire Eric Yuan ↩ 本文
  26. Response to Video-On Concern ↩ 本文
  27. FTC Complaint in the matter of Zoom Video Communications ↩ 本文
  28. A Message to Our Users ↩ 本文
  29. Zoom Selects Oracle as a Cloud Infrastructure Provider for Its Core Online Meeting Service ↩ 本文
  30. Zoom’s Waiting Room Vulnerability ↩ 本文
  31. Citizen Lab, Move Fast and Roll Your Own Crypto — 2020-04-03 ↩ 本文
  32. Zoom response to Citizen Lab research — 2020 ↩ 本文
  33. Zoom Product Updates: New Security Toolbar Icon for Hosts, Meeting ID Hidden ↩ 本文
  34. Update on Zoom 90-Day Plan to Bolster Key Privacy and Security Initiatives ↩ 本文
  35. Zoom Acquires Keybase and Announces Goal of Developing the Most Broadly Used Enterprise End-to-End Encryption Offering ↩ 本文
  36. Zoom Form 10-Q for quarter ended October 31 2021 ↩ 本文
  37. Keybase joins Zoom ↩ 本文
  38. Improving Our Policies as We Continue to Enable Global Collaboration ↩ 本文
  39. Eric Yuan, End-to-End Encryption Update — June17 2020 ↩ 本文
  40. Zoom Launches End-to-End Encryption for Free and Paid Users Globally ↩ 本文
  41. FTC Requires Zoom to Enhance its Security Practices as Part of Settlement ↩ 本文
  42. China-Based Executive at U.S. Telecommunications Company Charged with Disrupting Video Meetings ↩ 本文
  43. Zoom 2020 Transparency Report ↩ 本文
  44. The Innovator Series: Future of Work with Eric Yuan, CEO of Zoom | Transcript ↩ 本文
  45. Zoom FY2021 Financial Results / SEC annual filing exhibit ↩ 本文
  46. Zoom to Acquire Five9 ↩ 本文
  47. Zoom/Five9 acquisition announcementpresentation — July2021 ↩ 本文
  48. Zoom, Five9 terminate all-stockdeal aftershareholdervote — Reuters September30 2021 ↩ 本文
  49. Five9 Form8-K — September30 2021 specialmeeting andtermination ↩ 本文
  50. Zoom and Five9 mutually terminate merger agreement ↩ 本文
  51. Zoom meetings will offer better experience than face-to-face: CEO ↩ 本文
  52. Zoom Reports Fourth Quarter and Fiscal Year 2022 Financial Results ↩ 本文
  53. Zoom Introduces Category-Redefining Contact Center Solution ↩ 本文
  54. In re Zoom Privacy Litigation — Final Approval Order, April21 2022 ↩ 本文
  55. Zoom Privacy Litigation settlement agreement — July30 2021 ↩ 本文
  56. Exclusive: Zoom CEO Eric Yuan on how the company is going way beyond video calls ↩ 本文
  57. Zoom 2023 Annual Report ↩ 本文
  58. A Message from Eric Yuan, CEO of Zoom ↩ 本文
  59. Zoom Form 8-K restructuring and compensation ↩ 本文
  60. Zoom asks employees to return to office twice a week ↩ 本文
  61. Can Zoom use your meetings to train AI? ↩ 本文
  62. Zoom introduces Zoom AI Companion — available at no additional cost with paid Zoom user accounts ↩ 本文
  63. Zoom deepens AI capabilities across Zoom Workplace, enabling teams to drive productivity and collaboration ↩ 本文
  64. Introducing Zoom Communications Inc. ↩ 本文
  65. Zoom Communications Reports Fourth Quarter and Fiscal Year 2026 Financial Results ↩ 本文
  66. Zoom Clips release notes — April14 2025 customizedavatars ↩ 本文
  67. Zoom agentic AI/CustomAICompanion announcement — March17 2025 ↩ 本文
  68. Exclusive: Zoom founder describes growth during COVID-19 outbreak ↩ 本文

写真の作者・利用条件・撮影年は各画像の下に記載。取材資料と写真の出典は別々に確認できます。

※ 円換算は2026年11月2日確認のWise表示値(1米ドル=157.6円)を使用。取引当時の為替や物価・購買力を再現するものではありません。 為替出典:USD

本文更新:2026-11-02

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