THE STORY
マルコス・ガルペリンの物語
選んだ道。その先で、起きたこと。
01見逃したウォーレン・バフェット
教室の隣にいた男
1999年3月、アメリカ西部・カリフォルニア州のStanford大学の教室で、マルコス・ガルペリンは隣に座った男が誰なのか分からなかった。周りの学生が集まってきて、ようやく気づく。ウォーレン・バフェットだった。ガルペリンはインターネット事業を始める金を探していたのに、世界的な投資家を前に、計画を売り込む機会を逃した。[1]
授業の後、教授のジャック・マクドナルドへその話をした。教授は、中南米に投資するジョン・ミューズも授業へ来ると教えた。今度こそ、話を聞いてもらう。ガルペリンは、投資家を空港へ送る役を引き受けることにした。[1][2]
彼には、家の商売へ戻る道も、金融の仕事へ戻る道もあった。そのどちらでもなく、まだ客のいない市場をインターネットに作ろうとしていた。大学院を出る学生が、なぜそこへ進んだのか。話は、南米の裕福な家庭で育った少年に戻る。
02革の商売を継がない
ブエノスアイレスの少年
1971年10月31日、マルコス・ガルペリンは南米アルゼンチン東部、ラプラタ川に面する首都ブエノスアイレスに生まれた。家族は皮革会社SADESAを営んでいた。夏休みには家業を手伝う。自分の身近には、商品を作り、海の向こうへ売る商売があった。[3][4]
地理データ:Natural Earth(パブリックドメイン)。現代の地理と都市の代表位置。出生宅・移動経路ではありません。編集部作図。
子どものころはチェスにも熱中した。父が出張する際には、世界王者ボビー・フィッシャーの本を頼んだ。学校ではラグビーに打ち込み、アルゼンチン代表の候補へ進むほどの選手になったが、そのまま競技へ人生を賭ける道は選ばなかった。[5][6]
留学先はアメリカ東部の大学都市フィラデルフィア。1994年、University of PennsylvaniaのビジネススクールWhartonを卒業した。ここでもラグビーを続け、中南米出身の友人を増やした。後にMercado Libreの初期を支える人々とのつながりが、学生生活の中でできていった。[3][6]
戻る仕事がなくなる
帰国後は石油会社YPFで金融の仕事をした。先物やオプションなどを使い、会社の資金調達の条件を整える役割だった。家業を継がずとも、大企業で経験を積める経歴と職場があった。[3]
1997年、さらに経営を学ぶためStanfordの大学院へ進んだ。翌年にはニューヨークの証券会社J.P. Morgan Securitiesで実習も経験した。金融を学び、働き、次は経営を学ぶ。そこまでは、金融業界へ戻る将来も十分にあった。[3][7]
ところが在学中、スペインの石油会社RepsolによるYPF買収が進んだ。買い手には別の資金調達の仕組みがあり、ガルペリンがいた部門は不要になる。元の椅子へ戻って続きをする道が薄れた。彼は帰国後の勤務先を探す代わりに、インターネット事業を具体的に動かす方へ進んだ。[6]
03図書館にいるのが珍しかった
同級生の予定を変える
1999年、ガルペリンは大学の図書館で事業計画を書いていた。同級生のステレオ・トルダが気づいたのは、その姿が普段と違うことだった。何をしているのか。そこから、中南米のインターネット市場を作る話が同級生へ広がった。エルナン・カサらも加わり、別々の就職先へ向かうはずの仲間が、同じ計画へ集まり始めた。[8]
アメリカにはAmazonがあり、eBayでは利用者同士が品物を売買していた。ガルペリンが作ろうとしたのは、その仕組みを中南米で使える市場だった。遠くの客へ売りたい人と、近くの店では買えないものを探す人をつなぐ。そのためには、計画を書くだけでなく、実際に作る仲間と金が要る。[2][9]
空港へ行く車で売り込む
投資家ミューズを空港へ送る車には、同級生も乗り込んだ。就職の相談が始まり、ガルペリンが事業の説明に使える時間が減っていく。そこで彼は、目的地のプライベート機の側でなく、旅客便のターミナルへ車を向けたと明かしている。道を遠回りしてまで、説明する時間を確保した。[10][1]
図書館で練った計画を、相手の移動時間へ持ち込む。その行動が投資へつながった。ミューズ側は初期の調達に500万ドル(約7億円)を出資した。まだガレージの会社になる前の学生が、投資家の資金を実際に引き出した。[9]
1999年11月の最初の資金調達では、複数の投資家から合計760万ドル(約11億円)を得た。資金が入れば、人を雇い、別の国へ進める。会社はその金を速い勢いで使った。上場時の開示に残る次の調達は、2000年5月の4670万ドル(約73億円)である。[11]
だが、出資を約束してもらう日と、会社の口座へ金が届く日は違った。ガルペリンは2024年の講演で、2回目の調達の約束から完了まで、2〜3か月の苦しい時間があったと明かす。その間にネットバブルが崩れた。投資家が新しい条件を出すたびに、今度こそ会社を閉じることになるのではないかと感じたという。[12]
彼らは調達を終えた後、再びそこまで弱い立場へ追い込まれまいと決めた。ガレージという小さな出発場所の裏には、大きな資金を集める商談があり、その約束が崩れかける怖さもあった。会社を動かしたのは、学生の企画書だけではなかった。[12]
04地下駐車場の会社
名前を逆さにして始める
1999年8月、ブエノスアイレスのガレージでMercado Libreが動き始めた。スペイン語で自由な市場という意味になる。最初に考えたLibre Mercadoは登録できず、語順を逆にした。[2][4]
ガレージは家族の建物にあり、必要な通信回線も使えた。外部の投資家が見つかるまでは家族が支えるという申し出もあった。留学先の教授や同級生に加え、帰国後には場所と生活の支えがある。ガルペリンはその環境を使い、事業を始めた。[4]
入社を検討していたパウラ・アレギが面接へ行くと、案内されたのは上階のオフィスではなく地下駐車場だった。家族には考え直すよう言われた。それでも、先に働く友人の誘いに乗った。巨大な通販企業になる会社も、このときは勤務先を家族へ説明するだけでひと仕事だった。[13]
自分のゴルフクラブを売る
売買のサイトを作っても、売り物がなければ人は来ない。ガルペリンは自分のゴルフクラブを出品し、社員たちも持ち物を並べた。客同士が商売をする場所を作るために、まず自分たちが売り手になった。[13]
競合するオークションサイトDeRemateの方が、名前は通っていた。ある社員の母親は、息子がDeRemateで働いていると人に話してしまった。似た商売の会社へ就職したことは分かっても、社名までは覚えてもらえていない。そんな出発だった。[13]
新入りの社員をからかう、いたずらもあった。利用者へ電話し、本人確認をする仕事に合わせ、先輩たちが架空の登録を作る。名前はJosé León。スペイン語でライオンを意味するLeónにひっかけ、電話番号は動物園にした。新入りはまじめに確認の電話をかける。地下の小さな職場では、そんな悪ふざけも通用する距離で働いていた。[13]
鹿が10頭売れる
出品されるものは、創業者の持ち物だけでは収まらなかった。初期の珍しい取引には、生きた鹿10頭もあった。アルゼンチン中部の内陸都市コルドバの飼育業者が売り、1頭200アルゼンチンペソ(約20円)だったとガルペリンは覚えている。[5]
ゴルフクラブも鹿も、会社が仕入れて在庫にした商品ではない。売り手が持っているものを別の買い手へつなぐ。それが初期のMercado Libreの仕事だった。商品を抱える倉庫より先に、売り手と買い手が会える場所を作った。[9]
051年で国境を越える
使う人から金を取らない
アルゼンチンで始めた同じ年、10月にはブラジル、11月にメキシコ、12月にウルグアイへ広がった。ブラジルでの名前はポルトガル語のMercado Livreとなる。スペイン語のサイトを1つ育て終える前に、別の言語と商習慣の市場へ進んだ。[14]
初期は出品も取引も無料だった。まず商品を並べてもらい、それを買う人を集める。人件費や広告費は会社が払う一方、使う人が増えるだけでは利益にならない。動き出すための金は、投資家から集めた資金が支えた。[15]
2000年4月には7か国でサービスを展開していた。早く広げれば、競合より先に売り手と買い手を集められる。その反面、国ごとに抱えた拠点と人員の支払いは、景気が変わっても残る。会社は成長を急いだ形のまま、ネットバブルの崩壊へ入った。[15]
全部を自前にしない
早く動くため、既製のソフトウェアも利用した。技術を1から完成させてから客を集める順番にはしなかった。まず売買が成立する場所を動かす。その中で、何が足りないかが次々に分かってくる。[9]
たとえば商品が見つかっても、知らない売り手へどう金を渡すのか。払った後、本当に荷物が来るのか。インターネットで相手を見つけるところまで速くしても、その先は電話や振込、個々の配送手配へ戻ってしまう。成長するサイトの外側に、取引を止める問題が残っていた。
06朝になっても起きたくない
株主は会社を閉じたがった
2000年からネットバブルが崩れると、投資家の態度が変わった。インターネット企業なら何でも成長するという期待が消え、追加の資金調達は難しくなる。Mercado Libreの既存投資家にも、会社を閉じたいと考える人がいた。創業者たちは続けたい。会社へ金を出した人々と、その金で会社を作った人々の判断が割れた。[8]
ガルペリンは、残りの現金で何か月動けるかを確かめた。ぎりぎりまで金を使ってから諦めるわけにはいかない。会社を閉じるにも退職金や家賃を払う必要があるため、現金が尽きる6か月前には閉鎖できるよう見ていた。[16]
誘った社員の前へ出る
朝に目が覚めても、社員の前へ出るのが怖くてベッドから起きたくない時期があった。ガルペリンが後に明かした、自分の経験である。給料を払えなくなり、会社が倒れるかもしれない。誘って入ってもらった仲間の仕事を失わせるかもしれない。その責任が、朝になるたび戻ってきた。[17]
支えたのも、その仲間だった。彼は、信頼できるチームと苦境を分け合えたことを重視している。同じ計画で就職先を変えた人々と、今度はその計画が消えるかもしれない時間を過ごした。[17]
07eBayを株主にする
買われずに手を組む
2001年9月24日、Mercado LibreはeBayと戦略提携を結んだ。eBayが持つブラジルのiBazarを受け入れ、その代わりにeBayが株主になる。持分は19.5%だった。アメリカの巨大企業が中南米の会社を丸ごと買ったのではなく、地域で育つ会社へ出資する形になった。[18][9]
契約では一定期間、eBayが対象地域で競合のオークション事業を始めたり、地域の競合へ投資したりすることを制限した。大きな相手から事業と知識を受け取り、その相手がすぐ競争相手になる道も契約で塞ぐ。独立を続けるために、巨人と組んだ。[18]
預金を引き出せない国で
同じ年の末、アルゼンチンでは銀行預金の引き出しが制限された。抗議活動が広がり、政権は崩れ、国債は債務不履行に陥る。翌2002年には、ペソとドルの交換を固定していた制度も終わった。ネット企業の資金調達だけでなく、国のお金の仕組みそのものが揺れた。[19]
2002年、ガルペリンは家族を隣国ウルグアイへ移した。最初の子どもは1歳だった。本人が後に説明した理由は、暴力も起きた状況から幼い子を離し、安全な場所へ置くため。富豪になった後に税だけを見て移住したという見方は否定している。[20][21]
移した先の家族と、アルゼンチンの会社。国境を越えるのはサービスだけではなくなった。後の2015年には、ウルグアイ南部の首都モンテビデオで週5泊、ブエノスアイレスで2泊という生活をしていた。事業を複数の国へ広げる経営者は、自分の1週間も2つの都市へ割り振った。[20]
08売買の間にお金を預かる
Mercado Pagoの始まり
2003年11月、アルゼンチンで決済サービスMercado Pagoが始まった。買い手が金を預け、商品が届いた後に売り手へ渡す。見知らぬ者同士が、先に代金を払うか、先に商品を送るかで止まらないようにする仕組みだった。翌2004年1月にはブラジルとメキシコへも広がった。[14][11]
構想は、Stanfordで書いた最初の事業計画にも入っていた。だが紙の上に書けることと、複数の国で実際に動かせることは違った。サイトの創業から決済の開始まで4年かかった。相手を見つける画面を作った会社が、その相手に払う金まで扱うようになる。[1]
対応することと使われること
2006年、Mercado Pagoを使える国では、出品の43.8%がこの決済へ対応していた。しかし対象商品の取引総額で見ると、実際にMercado Pagoを通ったのは8.3%だった。使える出品を増やしても、買い手と売り手の習慣はすぐには変わらない。[11]
金融の仕組みには別の危険もあった。2006年1月、ブラジルで取引の取消が多く、Mastercardから売上債権を前払いできないと一時的に通知された。翌2月には撤回されたものの、代金を予定どおり受け取るには、カード会社の条件も満たさなければならなかった。[11]
2007年の上場書類では、Mercado Libreの外で行われる支払いや利用者同士の送金にも、決済を広げる計画を示した。自分たちの市場へ客を呼ぶだけでなく、市場の外でも使う財布を作り始めていた。[11]
09名前を間違えられた相手を買う
eBayから借りてDeRemateへ払う
初期の社員の母親が、息子の勤務先と間違えたDeRemate。かつての強敵へ、今度は買収の話を持ちかける側になった。2005年11月、Mercado LibreはDeRemateのブラジル、メキシコ、コロンビアなどの事業を取得した。取得した現金などを差し引いた代金は1210万ドル(約19億円)。アルゼンチンとチリの会社は、この時には含まれなかった。[22]
その資金を支えたのは、株主のeBayによる1200万ドル(約18億円)の融資だった。年7%の金利で、自分たちの資産や取得先の持分を担保に置く。最初の提携でブラジルの事業を受け取った相手から、今度は、地域の競合を買うための金も借りた。[22]
サイト上で売り手を奪い合っていた会社の資産が、契約と資金のやり取りで自分たちへ移る。買収した事業を動かすには、別々の出品、顧客、技術を受け入れる仕事が要った。競争に勝つ道は、広告を増やして相手がいなくなるのを待つ方法だけではなかった。[23]
10売ろうとして売れない
eBayが撤回する
2006年、eBayによる買収の話が進んだ。だが相手が撤回し、取引は実現しなかった。ガルペリンは後に、大きな打撃だったと語っている。会社の独立を守るため、あらゆる提案を最初から断っていたわけではなかった。売るはずの会社を、売れずに持ち続ける時期もあった。[24]
次に向かったのは株式公開だった。買い手1社へ会社を渡す代わりに、自分たちの株を市場へ出す。資金を出してきた投資家にとっても、創業者にとっても、出口の作り方が変わった。[24][10]
両親を呼んでも確信がない
2007年8月、MercadoLibreはNasdaqへ上場した。世界では信用不安が広がり、中央銀行などが金融市場へ資金を供給し始める時期だった。ガルペリンは本当に上場できるか最後まで確信が持てないまま、ヨーロッパにいた両親をアメリカへ呼んだ。父も半信半疑だったが、家族は来た。[25][10]

写真:Enrique Dans (Edans)/出典/CC BY 2.0。表示用縮小。写り込む商標の権利は各権利者に帰属。
留学先で仲間を集め、帰国して始めた会社が、アメリカの株式市場へ出る。会社を閉じる準備をしていた時期から、数年が過ぎていた。eBayへの売却がなくなってからは約1年。逃した取引の先に、別の道を作った。[24][10]
11残った競合にも4000万ドル(約63億円)を払う
現金と約束手形で支払う
2007年の上場で、eBayから借りた買収資金は返し終えた。その翌年、DeRemateの別の事業へも手を伸ばす。2008年9月、アルゼンチンとチリのDeRemate、メキシコとコロンビアの関連会社、ドメインや商標などを合わせ、4000万ドル(約63億円)で取得した。[22]
代金の全部をその日に現金で渡したのではない。2200万ドル(約34億円)を現金で払い、残る1800万ドル(約28億円)分には約束手形を出した。後で払う金には利息や、特定の負債が判明した場合に差し引く条件も付く。買うと決めてからも、見つかった問題の費用を誰が持つかまで詰めた取引だった。[22]
かつて名前を覚えてもらえず、会社を閉じる準備まで考えていた側が、いまは競合の株式と技術を引き取る。しかも、2008年の金融危機が深まる時期だった。前年に上場して得た資金と公開企業としての立場が、会社を残すだけでなく、その次の買収を可能にした。[22][22]
12今度は自分で売らない
仲間に相談した出口
2010〜2011年ごろ、eBayから再び買収提案があった。今度はガルペリンが、自分で残るかを選ぶ側だった。投資家ミッキー・マルカや、後にMetaの経営幹部となるハビエル・オリバンらと話し合い、独立を続ける方へ進んだ。[26]
売れば、長く背負ってきた会社を他社へ渡せる。しかし売らないなら、次の競争も新しい設備への投資も自分たちで引き受ける。後の成功を知らない当時の彼らにとって、将来の企業価値はまだ約束されていなかった。
1足の靴を100回並べる
市場の作り方も変えなければならなかった。古い仕組みでは、同じ靴に10色と10サイズがあれば100件の出品が要る。服や靴を継続して売る店にとっては、商品を並べるだけで重い作業になる。そこで、1つの出品の中で色とサイズを選べるよう、大きくプログラムを書き換えた。[16]
創業時に動いた画面を守り続ければよいわけではなかった。中古品を1つ売る利用者と、在庫を補充しながら何百足も売る店では、必要な機能が違う。会社を独立させて残すという判断の先には、すでに客が使っている仕組みを作り直す仕事が続いた。[16]
13計画を書いた大学へ返す
150万ドル(約2億円)の教室
2012年には、計画を練ったStanfordへ150万ドル(約2億円)を寄付した。家族と本人の名を付けた教室ができる。投資家へ近づくきっかけをくれた大学へ、成功した後の金を返した。[2]
14画面の外へ出る
荷物を届ける仕組み
2013年、Mercado Envíosがブラジルとアルゼンチンで始まった。売買の画面へ配送を組み込む物流サービスだった。アルゼンチンでは配送会社Ocaと組み、買い手が商品代と送料をまとめて払えるようにした。[27][14]
それまで売り手が個々に手配していた発送へ、会社が入り込む。支払いを便利にしても荷物が届かなければ、利用者は次に買わない。会社は在庫を持たずに始めた市場から、荷物が家へ着くところまで関わる事業へ変わっていった。
Amazonから逃げない
メキシコではAmazonとの競争が強まった。撤退する選択肢もある中で、ガルペリンは物流と広告への投資を増やした。大きい相手が来たから資金を引くのでなく、その相手と戦える形へ金を入れた。[28]
創業したころは、倉庫や在庫へ大金を使わず始められる商売を選んだ。今度は、作ってきた商売を守るため、荷物を運ぶ設備を増やす。競争の相手が変わると、かつて避けた重い投資が必要になった。[28]
15客が最後だけパソコンへ戻る
電話で見て終わらせない
スマートフォンが広がっても、買い物の最後まで任せてもらえるとは限らなかった。携帯電話で商品を眺め、支払う段階になるとパソコンへ戻る。2016年、ガルペリンが説明したのは、その不安を減らし、携帯電話だけで買い物を終えられるようにする仕事だった。[29]
売る側にも手間があった。注文が来るたび、相手と支払方法を相談し、入金を確かめる。たくさん売るほど電話やメールが増える。2015年に商店主たちが求めていたのは、注文の通知だけでなく、確実に受け取れる代金だった。Mercado Pagoは、店主が売った後にする仕事も減らそうとしていた。[20]
家や車は小箱に入らない
不動産や自動車は、宅配便で送る商品とは違う流れで取引される。Mercado Libreは2014年にチリの不動産情報サイトPortalinmobiliarioを取得し、翌年にはメキシコのMetros Cúbicosも手に入れた。先に買ったサイトで開発したものを、次の国でも使うようになった。[29]
ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイなどの開発者が、共通する技術を育てた。一方、家を探す人と日用品を買う人の取引は、同じ画面へ無理に押し込めない。会社は国ごとの違いを残しながら、使える技術と経験を共有していった。[29]
16木曜日の3時間
外の招待より社内の会議
大きな企業の創業者になると、講演やイベントへの招待が増えた。ガルペリンが守ろうとしたのは、毎週木曜日に3時間行う幹部会議だった。外へ成功談を話すより、会社がいま抱える問題を話す時間を優先した。[28]
2017年の取材では、各国の部門責任者が集まる月例会議へ記者が入った。ガルペリンが自由に質問するよう促すと、メキシコの競合、伸び悩む商品、中国企業による買収の可能性まで話が及んだ。社内には、順調な数字の説明だけを聞く場とは違うやり取りがあった。[30]
技術者の輪へ入る
金融を学んだガルペリンは、自分で技術を学び続けた。製品を作る技術者の輪に入り、何をしているかを聞き、自分の意見を返す。技術を知らないまま、役職で結論だけ決めることを避けようとしていた。[28][30]
失敗した人を責めず、成功した人を必要以上に英雄にしない方針も語った。1つの成功を個人の伝説にしてしまえば、その次の改善を担うチームが見えなくなる。ラグビーを続けた創業者は、技術、販売、金融で異なる強みを持つ人を組み合わせる仕事に、競技との共通点を見いだしていた。[30][6]
17送料を消すために払う
無料配送の費用
2017年、ブラジルで本格的な無料配送を広げる準備を進めた。購入画面から送料が消えても、配送会社へ払う金は消えない。決算説明会でガルペリンは、対象にする商品の価格、売り手や買い手の条件を調整し、効果を確かめながら変える方針を示した。[31]
メキシコでも、先に広げた無料配送などが利益率を押し下げていた。送料を補助すれば客は買いやすくなる。その分だけ会社の費用が増える。会社はすべての商品で同じ条件を押し通すのでなく、購入が増える効果と費用を見ながら、補助の強さを変えていった。[31]
店へ仕入れの金も貸す
2016年末、アルゼンチンでMercado Créditoが始まり、翌年ブラジルとメキシコへ広がった。店が次の商品を仕入れるための融資である。会社には販売量や返済、苦情の記録があり、その店の商売を見ながら金を貸せた。[32]
2017年末までに融資した金額は1億2746万ドル(約200億円)余り、残高は7340万ドル(約115億円)余りだった。売上がMercado Pagoを流れる店なら、そこから返済を受けられる。担保を十分持たない店にも金を届けやすくなる一方、貸して戻らなかった分は会社の損失になる。引当金を積み、回収できない場合にも備えた。[32][33]
18銀行の外に財布を作る
月20〜30ドル(約3,152円〜4,728円)が重い店
2019年、Mercado Pagoの責任者オスバルド・ヒメネスが挙げたのは、小さな商店にとって毎月20〜30ドル(約3,152円〜4,728円)のカード端末賃料が重いという問題だった。固定費があるだけで、売れる量の少ない店はカード払いを受け入れにくい。持ち運べる端末やQR決済で、そこへ入る負担を軽くしようとした。[34]
メキシコのQR決済CoDiは銀行口座を必要とした。ヒメネスは、口座のない人でも使える電子財布へ開くべきだと主張した。技術があっても、その金を誰が使えるかは制度で変わる。金融部門だけを切り離すという市場の観測には、通販と支払いを一緒に動かす仕組みを傷つけるとして否定的だった。[34]
買う側にも信用を出す
融資は商品を売る店だけでなく、買う人へも広がった。アルゼンチンに続き、2018年にブラジル、2019年にメキシコへ消費者向け融資を展開する。カードを持たない客でも、代金を分けて払って商品を買えるようにする仕事だった。[35]
店舗の決済端末を使う事業者への融資も加わった。ネット市場で売る店から、店頭でカード払いを受ける商店、その客へ。取引の記録が集まるたび、会社が金を貸す相手も広がっていった。そのすべてで、返せる額を判断し、戻らない金に備える仕事が付いてきた。[35]
1920億ドル(約3152億円)の軍資金
PayPalが株主になる
2019年3月、一般投資家向けの株式発行で11億5000万ドル(約1812億円)、決済企業PayPalへの株式発行で7億5000万ドル(約1182億円)を調達した。投資会社Dragoneer向けには、さらに1億ドル(約157億円)の優先株発行を予定した。合わせて20億ドル(約3152億円)の資金調達だった。[36]
PayPalは決済で関わる相手であり、株主にもなった。eBayと組んだときのように、世界の大企業をすべて競争相手として遠ざけるのでなく、自分たちの成長を支える側へ招き入れる。今度は危機の中の小さな会社ではなく、物流と金融へさらに金を投じる上場企業として資金を集めた。[36]
20握手をやめたロゴ
肘を合わせる2人
2020年3月、Mercado Libreは握手する2人を描いたロゴを変えた。今度は肘を合わせている。感染症の流行に合わせ、広告会社GUTと作ったものだった。取引が成立する印だった握手を、人との距離を保つ呼びかけへ変えた。[37]
暮らしに必要な商品を売る人たちへの手数料も減らした。会社は約1000種類の生活必需品で、10万近い売り手の販売手数料をなくしたと説明している。注文が増えた分の収益だけを取りにいくのでなく、必要な物を売る商店が取引を続けるために、収入の一部を手放した。[38]
売り手が倉庫へ行けない
外出制限で、売り手が自分の倉庫へ入れなくなった。先に商品をMercado Libreの倉庫へ預け、販売を続けたい店が増える。買う人が家から出られないだけでなく、売る人も商品を取りに行けない。会社が前もって整えた物流網へ、両側から需要が押し寄せた。[39]
そのサイトを動かす裏側には、競争相手の技術もあった。AmazonのクラウドサービスAWSを長く使っていたのである。ガルペリンは理想的ではないと認めながら、サービスは良く、Googleのクラウドも併用していると説明した。買い手を取り合う相手へ、自社のシステムを動かす料金を払っていた。[39]
21倉庫の前で配送が止まる
どの組合の労働者なのか
荷物を速く運ぶために作った拠点も、建物と機械だけでは動かない。2020年7月、アルゼンチンのトラック運転手などの労組Camionerosが、Mercado Libreの物流網の5拠点を封鎖した。仕事を止めた争点は、首都ブエノスアイレス近郊のビジャマデロにある拠点の労働者を、どの労組と労働協約の下へ置くかだった。[40]
2019年に始まったこの拠点は、7万5000平方メートル。最初は80人で動き、会社は荷役労働者の労組Unión de Trabajadores de Carga y Descargaと独自の協約を結んだ。政府の承認も受けていた。通販が伸びると、働く人も増え、その職場の代表権が大きな争いになった。[40]
HugoとPablo Moyanoが率いるCamioneros側は、そこで行う仕事が自分たちの業種にあたり、自分たちの協約を適用すべきだと求めた。会社側には、すでに別の労組と交わした合意がある。ネットの注文は画面へ入り続けても、誰の条件で荷物を動かすかが決まらなければ、その先は止まる。[40]
7月17日の朝、封鎖は解除された。労働省で双方が会い、対話を続けることになったが、労組の所属を変える正式な合意ができたわけではなかった。政府が対話と平穏を強調する一方、会社も組合も核心の問題は変わらないと説明した。配送再開と、争いの決着は別だった。[41]
22外の財布ともつなぐ
株主との提携を機能へ変える
2020年7月、ブラジルとメキシコで、Mercado Pagoを受け付けるオンライン商店がPayPalでの支払いも受けられるようになった。前年の出資が、利用者の使う機能へ進んだ。店はMercado Pagoの財布にある金だけでなく、別のサービスの財布からも代金を受け取れる。[42]
まずWeb上の支払いから接続し、外国の買い手がブラジルやメキシコの店で払うことも想定した。さらに国際送金サービスXoomからMercado Pago口座へ送金する計画も示した。後者は発表時点で、その後の数か月に実施する予定だった。商店の売買だけでなく、国外から家族へ送る金も口座へつなげようとしていた。[42]
23トラックだけでは届かない
4社の飛行機を組み込む
2020年、ブラジルでMeli Airが始まった。Azul、LATAM Cargo、Total、Sideralという航空事業者の機体を、Mercado Libreの荷物専用に使う契約だった。自社の航空会社を新設するのではなく、専用便を物流網へ組み込んだ。[43]
ブラジル南東部の商業・工業の中心、サンパウロ州や、同国北東部のバイーア州の拠点から商品を運ぶ。Black Fridayの商戦へ向け、広い国土の配達を速くする狙いだった。創業時に倉庫を持たずに始めた会社は、20年後、荷物のために航空便まで押さえる側になった。[43]
チリでは前年から建てていた
南米の太平洋側に南北に長く延びるチリでも、物流拠点は需要が増えてから急に考えたものではなかった。2019年から準備し、2020年に稼働。翌年には4万平方メートル規模への拡張を進めた。ガルペリンは2021年、感染症だけで成長したという見方を否定した。[44]

写真:José Ignacio Gallardo/出典/CC BY-SA 4.0。表示用縮小。
設備と技術へ先に金を入れていたから、急な注文を受け止められた。倉庫があっても仕分けや配送が追いつかなければ、初めて使う客は長く待つ。会社は、客が増えた数字だけでなく、その客が次も使えるだけの仕事を現場へ増やさなければならなかった。[44]
24預かった信用が問われる
30万人の情報へ不正アクセス
2022年3月、会社はソースコードの一部への不正アクセスを公表した。約30万人の利用者に関する情報もアクセスされたという。市場で相手を知らなくても払えるようにした企業が、今度は自分たちに預けられた情報を守る側として説明を求められた。[45]
外部の専門会社と調査し、同年8月に完了した調査では、パスワード、口座残高、投資、カード情報へのアクセスや、利用者の口座そのものの侵害は確認しなかったと開示した。関係当局へ報告し、影響があったと考える利用者へも通知した。何が侵害され、何が確認されなかったかを、会社の調査結果として区別して公表した。[45]
25富豪への近道を売らない
8000人の高校生へ
2023年、ブエノスアイレスのイベント会場Luna Parkで、ガルペリンは約8000人の高校生を前に話した。彼が勧めなかったのは、金持ちになりたいから、上司を持ちたくないから、という理由で起業することだった。自分で始めれば、働く時間も対処する問題も増える。成功した創業者を見に来た若者へ、その負担も話した。[46]
自分が早く結果を求めすぎたことも挙げた。便利で安く買える場所を作ったのに、なぜ皆がもっと使わないのかと焦った。しかし画面を作る速さと、買い物の習慣が変わる速さは同じではなかった。修正しながら、支出を支え、利用者が戻るのを待つ。自分が耐えた時間を抜きに、会社が大きくなった結果だけを勧めなかった。[46]
買わない日にも来てもらう
同じ2023年には、無料動画配信のMercado Playが始まった。2024年の取材で彼が挙げたのは、作品を持ちながら視聴者へ届きにくい企業と、Mercado LibreやMercado Pagoを使う1億人以上をつなぐ発想だった。視聴料金ではなく広告で支える。[21]
すぐアメリカやヨーロッパへ通販を広げるつもりだとは語らなかった。中南米にはまだ買い物の頻度を増やす余地があるという。支払いや配送を何年もかけて整えた地域で、すでに知ってもらったサービスを広げる。今度は商品を買わない日にも、画面を開く理由を作ろうとした。[21]
26QRを作った側にも壁がある
銀行の財布とつながるか
Mercado Pagoが商店のカウンターへ広がると、そのQRを別の財布から読んで払えるかが争点になった。アルゼンチンの銀行系の電子財布MODOは2024年、Mercado Libreを競争当局へ訴えた。ほかの決済事業者を閉め出し、通販の販売と自社決済を結びつけているなどという主張だった。[47]
商店へ置いたコードを使い、どの会社がカード払いを処理して、手数料を得るかだった。Mercado Pago側は、設置を広げた投資の対価として、他社が自分たちのQRを使う際の料金を求めた。銀行側には、カードを自社の財布へ登録した客が、そのまま店で払えないという不満があった。[48]
同年のOECD向けの当局資料は、この申立てを、調査の初期段階として記録した。訴えが出たことが、そのまま違反の認定になるわけではない。ただ、かつて見知らぬ商店へ支払いの道を作った会社が、今度は、別の財布が通る道を管理する側へ変わっていた。[47]
27Appleの規則を変えたい
別の決済を案内できない
2022年末、Mercado Libreグループはブラジルの競争当局CADEへ、Appleの仕組みを問題として訴えた。iPhoneのアプリでデジタル商品を売る際、別の決済方法を案内したり、その方法で払ったりする道が制限されている。決済を広げる会社には、スマートフォンの入口を握る企業の規則が壁になった。[49]
2025年12月、AppleはCADEと合意した。別の支払方法、外部への案内、代わりのアプリ配布手段などを認める義務を負う。手続は義務が果たされるまで停止する形になった。Mercado Libreは規則へ異議を唱える側として、数年越しの争いを続けた。[49]
2026年6月、Appleはブラジル向けの変更を発表した。別のアプリ市場やApple以外の決済方法を使う仕組みを用意する。ただし手数料の条件や安全のための審査も残る。外の決済会社が入れる場所が増えても、そこを商店と客に選んでもらう仕事は続いた。[50]
自分の市場も調べられる
一方、Mercado Libre自身も、市場の入口を握る企業として調べられた。メキシコの競争当局Cofeceは2025年9月、電子商取引の調査を終えたと発表した。AmazonとMercado Libreについて、優先表示の決まりの不透明さや、自社物流を使う売り手を有利にする仕組みなどを問題に挙げた。[51]
是正措置を命じるのに必要な賛成は集まらず、手続は終了した。違反への制裁が確定したという話ではない。ただ、売り手がどの配送会社を使うか、何をすれば商品が上へ出るかを、誰が決めるのかは問われた。別の巨大企業へ入口を開けるよう求める会社は、自分の入口を使う商店に対しては強い立場にいた。[51]
28大統領が会社へ来る
7500万ドル(約118億円)の倉庫を発表する
2024年9月、アルゼンチン大統領ハビエル・ミレイが、Mercado Libreのオフィスを訪れた。ガルペリンは、首都近郊のラ・マタンサに、Plaza Logísticaと新しい保管拠点を造ると発表する。投資額は7500万ドル(約118億円)。政府の発表では、直接と間接を合わせ2500人の仕事を生む計画だった。[52]
会社へ来た大統領は、民間の投資が富と雇用を生むと訴えた。ガルペリンも、アルゼンチンを自由な国にするという大統領の方針へ支持を示す。巨大な通販企業を率いる彼は、制度や政治について、黙って会社の内側にいる経営者ではなくなっていた。[52][53]
同じ年、本人は大統領になりたいといううわさを否定し、政治へ入るつもりもないと話している。政治家へ転じなくても、自分がどの政策を支持するか、何に金を使うかは社会へ届く。家業から離れた青年が作った企業は、国の指導者が投資と雇用を語りに来る場所になっていた。[1]
29財布の次に銀行を求める
メキシコで免許を申請する
2024年、Mercado Pagoはメキシコで銀行免許を求める方針を明らかにした。銀行を買ってその資格を得るのでなく、自分たちで申請する道を選ぶ。現地責任者のPedro Rivasは、すでに商店の代金を受け取る端末から、利用者へ貸す金まで広がった事業を、銀行としてさらに伸ばしたいと説明した。[54]
翌年4月の取材では、申請は2024年9月に始まり、手続の途中にあると話した。電子財布を使う人が増えても、それだけで銀行の資格へ変わるわけではない。受け入れられる金や提供できる商品を増やすには、規制当局に認めてもらう別の仕事が要った。[55]
2026年6月のメキシコでの投資発表でも、会社側は銀行免許の取得をなお進めていると説明した。ガルペリンがCEOを譲った後も、会社が目指す金融の姿は完成していない。市場で買い手と売り手を引き合わせた仕事が、国の金融制度の中へどこまで入るかという交渉へ続いていた。[56]
30商品の棚が人の所へ来る
ガレージから334台のロボットへ
2024年、ブラジル南東部・サンパウロ都市圏の物流拠点カジャマルへ、新しい機械が入った。人が広い倉庫を歩いて棚へ向かう代わりに、ロボットが棚を動かし、作業する人の所へ運んでくる。Mercado Livreが導入したShelves To Personという方式だった。[57]
6月の計画では、まず100台を動かし、年末までに334台へ増やす。処理時間を20%短くし、面積あたりの保管量も増やす想定だった。9月、ブラジル責任者のFernando Yunesはイベントで、すでに334台となり、1日に2万個の商品を処理していると話した。年末を待たずに機械を増やす現場へ進んでいた。[57][58]
自分のゴルフクラブを出品して市場を動かした会社が、いまは、その売り物を保管する棚の動きまで設計する。ソフトウェアの会社であり続けるには、現物を動かす時間も変えなければならなかった。客が翌日に商品を受け取る仕組みの中には、人の手とロボットが同じ倉庫で進める作業が入っていた。[58]
31背番号10と9で送料を知らせる
79から19への大きな値下げ
2025年6月、ブラジルでネイマールとロナウドが並ぶ広告が出た。背番号10と9を足せば19。知らせたのは、送料無料になる買い物の条件だった。それまで79ブラジルレアル(約2,287円)以上だった基準を、19ブラジルレアル(約550円)以上へ引き下げた。[59]
会社は追加のクーポンも用意した。CNN Brasilによれば計2400万ブラジルレアル(約6億円)、うち1300万ブラジルレアル(約3億円)を開始日の6月6日へ振り向ける。ブラジル責任者は、前年のBlack Fridayよりも積極的に資源を使うと説明した。金を出して客へ小さな買い物を試してもらい、その後も戻ってきてもらうための大きな攻めだった。[60]
すべての商品が無条件で対象ではなく、食品スーパーの商品や輸入品などには除外もあった。一方で、同じ商品でも送料が高くなりやすい北部や北東部の客へ届く効果を、会社は強調した。送料無料の表示の裏で、自分たちが運ぶ地図と費用の範囲を広げたのである。[60]
その前の4月、会社はブラジルへ年間340億ブラジルレアル(約9846億円)を投資する計画を発表していた。前年より47.8%増やし、物流、技術、人員へ向ける。メキシコにも34億ドル(約5358億円)の年間投資計画を示した。無料の条件を下げるための金は、宣伝の画面の中だけで使うものではなかった。荷物を受け、選び、運び切る設備と人が要った。[61]
ガルペリンが後継者への移行を発表した年にも、会社は守りに入ったわけではなかった。ブラジルではShopeeやAmazonなどと客を取り合い、画面に出る送料という小さな数字をめぐって、大きな資本を動かしていた。[62]
32ラグビーでも勝てるのか
Miami Sharksの終幕
少年時代から好きだった競技へ、ガルペリンは投資家としても戻った。投資家グループで関わったMiami Sharksは2023年に生まれた、アメリカ南東部の都市マイアミを拠点とするラグビーチームだった。だが2025年を最後にリーグを離れた。[63]
元選手トマス・カサレスは、組織の変化と、終了時の支援の乏しさを指摘した。一方、当時のCEOミラグロス・クベリは、リーグの収入や放映権、参加チームの減少など、事業として成立させる難しさを説明する。通販で大きな会社を育てた経験があっても、好きな競技の経営まで同じ結果にはならなかった。[63]
3315分で書けた退任の手紙
決めるまでが長かった
2021年、50歳を前にしたガルペリンは、その年齢になれば、もう今の仕事はしていないと思っていたと話した。ところが会社に残っていた。後の本人の説明では、Amazonとの競争が退任を10年ほど遅らせた。ブラジルやメキシコで戦っている途中でなく、強い会社を次へ渡したかったという。[44][64]
会社が強いこと、信頼できる後継者がいること、末の娘が高校を終えること。退く条件を満たしても、まだ次の口実を探している自分に気づいた。妻カリーナとも話し合い、決めた。社員へ送る草稿は15分ほどで書き、ChatGPTで磨いた。短時間で書けた手紙の前に、何年もの先延ばしがあった。[64]
創業仲間へも席を空けてもらう
後継者へ渡すには、自分の肩書きを変えるだけでは足りなかった。長く一緒に働いた創業仲間トルダとも、役割を譲ってもらう話をした。始めるときは仲間を同じ計画へ引き込んだ。今度は、その仲間とともに次の人へ決める余地を空ける仕事になった。[26]

写真:Fernando Martello/出典/CC BY-SA 4.0。表示用縮小。
選んだのはアリエル・サルフステインだった。2017年に入社し、新規事業と戦略から物流網の整備へ進み、その後通販部門を率いた。ガルペリンが社員へ送った手紙では、後継者の実績、チームの信頼、会社の文化を受け継ぐ力を挙げている。[65]
ガレージへ面接に来る人を迎えていた会社には、もう複数の国で育った組織がある。次のCEOは、その中で物流という重い仕事を動かし、役割を広げた人だった。創業者と同じ人物になるのでなく、次の規模の会社を扱う経営者を選んだ。[65]
自分を超える会社を残す
2026年1月1日、サルフステインがCEOとなり、ガルペリンはExecutive Chairmanへ移った。会長として、戦略、製品、企業文化、投資資金の配分、特定の事業、AIの活用などに関わる。会社を売って去るのでなく、残る自分と次のCEOの役割を分けた。[66][65]
2025年のMercadoLibreの年間売上と金融収益は288億9300万ドル(約4兆5535億円)だった。Forbesが2026年10月31日時点で示したガルペリンの推定資産は68億ドル(約1兆716億円)。家族の建物で自分のゴルフクラブを出品した学生は、その規模の企業への持分を持ち、次の経営者へ席を渡す立場になった。[67][25][66]
ガレージで最初に必要だったのは商品と客だった。客が来ると金の渡し方が要り、金が動くと商品を届ける仕組みが要った。その先で、店へ貸す金、生活のための財布、荷物専用の飛行機まで引き受けた。問題を1つ解くたび、会社がしなければならない仕事は増えていった。
そして最後には、自分がCEOでなくても会社を続けられるようにする仕事が残った。空港までの道で投資家を逃すまいとした創業者は、自分の会社を次の人へ渡すため、長くかけて準備する側になった。
参考文献・出典 67件
本文の番号に対応する資料です。本人・関係者のインタビュー、当時の取材、企業の発表を参照しています。
- LA NACION exclusive Galperin interview, 2024-10-04 ↩ 本文
- Argentine Entrepreneur Makes Campus Gift ↩ 本文
- Marcos Galperin biography ↩ 本文
- Marcos Galperin cofundador y CEO de Mercado Libre ↩ 本文
- Mercado Libre cumple20años: el ídolo de Galperin… ↩ 本文
- Infobae / interview with Agustín Creevy, 2026-09-21 ↩ 本文
- Mercado Libre — History ↩ 本文
- Mercado Libre Founders: It Takes Patience and Resilience ↩ 本文
- Saving for a rainy day ↩ 本文
- Marcos Galperín, el creador de Mercado Libre ↩ 本文
- MercadoLibre — 2007 Form S-1 ↩ 本文
- La Tercera / Paulina Ortega — Galperin in Santiago,13Aug2024 ↩ 本文
- 25 años de Mercado Libre: cuál es la trastienda… ↩ 本文
- MercadoLibre 2016 Form10-K — History ↩ 本文
- MercadoLibreFormS-1 ↩ 本文
- Marcos Galperin: What Is the Future of E-commerce? ↩ 本文
- Infobae: EndeavorLATAM founder interview, 2021-06-24 ↩ 本文
- eBay/MercadoLibre — Strategic alliance agreement, 2001-09-24 ↩ 本文
- IMF IEO Argentina crisis issues paper (public indexed text read) ↩ 本文
- Marcos Galperín: Logramos democratizar el comercio ↩ 本文
- VEJA Galperin interview,2024-08-30 ↩ 本文
- MercadoLibre FY2009 Form10-K — acquisitions and eBay debt ↩ 本文
- MercadoLibre S1A Aug2007 — DeRemate site operation ↩ 本文
- Marcos Galperín: En esta industria, es más importante el crecimiento de la Web que el PBI ↩ 本文
- Marcos Galperin real-time profile ↩ 本文
- E26 La carta más fácil de escribir y la decisión más difícil de tomar ↩ 本文
- Mercado — MercadoLibre Envíos launch, 2013-03-19 ↩ 本文
- E27 La inteligencia artificial y los competidores chinos. Bienvenidos ↩ 本文
- CEO MercadoLibre: Hay una oportunidad enorme en el mundo financiero ↩ 本文
- LA NACION / MartinaRua founder interview,2017-01-29 ↩ 本文
- MercadoLibre Q1 2017 earnings call — Galperin shipping answers ↩ 本文
- 2017 Form10-K: MercadoCredito and credit risk ↩ 本文
- World Bank: platformfinance / MercadoCredito case (indexed relevantsection read) ↩ 本文
- MercadoLibre, the Amazon of LatAm, grows rapidly into fintech ↩ 本文
- 2020 Form10-K: consumer/merchantcredit launch history ↩ 本文
- MercadoLibre follow-on and PayPal placement,2019-03-15 ↩ 本文
- Meio&Mensagem: GUT / elbow logo,2020-03-17 ↩ 本文
- MercadoLibre Q1 2020 callscript, indexed relevant text read ↩ 本文
- Marcos Galperin: La pandemia nos convirtió en un bien esencial ↩ 本文
- La Nacion / Esteban Lafuente — labor conflict origins,17Jul2020 ↩ 本文
- La Nacion / Esteban Lafuente — blockade lifted,17Jul2020 ↩ 本文
- PayPal: Brazil/Mexico integration launch,2020-07-30 (public indexed text read) ↩ 本文
- ABOL / Valor: dedicatedfouraircraft logistics,2020-11-05 ↩ 本文
- Marcos Galperin: La pandemia ha sido positiva para el comercio electrónico, pero no determinante para Mercado Libre ↩ 本文
- MercadoLibre September2022 Form10-Q: final cybersecurity investigation, indexed text read ↩ 本文
- Infobae, EndeavorSub20 speech,2023-03-29 ↩ 本文
- Argentina submission to OECD LACCF2024,21Aug2024 ↩ 本文
- La Nacion / Esteban Lafuente — MODO complaint,6May2024 ↩ 本文
- CADE: Apple agreement and proceduralhistory,2026-01-05 ↩ 本文
- Apple: Brazil iOSchanges,2026-06-18 ↩ 本文
- Cofece: retail e-commerce investigation conclusion,2025-09-12 ↩ 本文
- Presidency of Argentina — Milei visits Mercado Libre,Sep2024 ↩ 本文
- Montevideo Portal — Milei and Galperin at offices,4Sep2024 ↩ 本文
- El Economista — Mercado Pago seeks license,21May2024 ↩ 本文
- El Economista — license process,28Apr2025 ↩ 本文
- El Pais — Mexico investment announcement,10Jun2026 ↩ 本文
- Giro News — robots at Cajamar,6Jun2024 ↩ 本文
- Mobile Time / Henrique Medeiros — robots process items,24Sep2024 ↩ 本文
- Meio & Mensagem — Camisa19,6Jun2025 ↩ 本文
- CNN Brasil / Marien Ramos — free shipping,6Jun2025 ↩ 本文
- Reuters — Brazil340億BRL investment,7Apr2025 ↩ 本文
- Reuters — free shipping competition,6Jun2025 ↩ 本文
- Tomás Casares reconstruye la caída de Miami Sharks ↩ 本文
- LA NACION: Galperin transition interview,2025-06-26 (sameunderlying interview as ep26/27; sharebudget) ↩ 本文
- Galperin employeeletter,2025-05-21, unedited companyrepublication ↩ 本文
- MercadoLibre 2026 Proxy Statement ↩ 本文
- MercadoLibre 2025 Form 10-K ↩ 本文
写真の作者・利用条件・撮影年は各画像の下に記載。取材資料と写真の出典は別々に確認できます。
※ 円換算は2026年11月2日確認のWise表示値(1米ドル=157.6円、1ARS=0.1026円、1ブラジルレアル=28.96円)を使用。取引当時の為替や物価・購買力を再現するものではありません。 為替出典:USD / ARS / BRL
本文更新:2026-11-02



