THE STORY
パルマー・ラッキーの物語
選んだ道。その先で、起きたこと。
01ガレージの半分をもらった少年
ロングビーチで機械を開ける
地理データ:Natural Earth(パブリックドメイン)。 湖の補助データ:© OpenStreetMap contributors(ODbL)。使用データ。現代の行政区分と都市の代表位置を表示。編集部作図。
1992年、パルマー・ラッキーはアメリカ西部・カリフォルニア州の港町ロングビーチに生まれた。父は自動車販売の仕事をし、母は家庭で子どもを教えた。学校へ毎日通う代わりに、主にホームスクーリングで育った少年は、ゲーム機や電子部品を相手に長い時間を過ごした。[1]
買ってきたゲーム機をそのまま遊ぶだけでは終わらない。ケースを開け、部品を外し、別の形に組み直す。据え置き機を持ち歩けるようにできないか。両親が空けてくれたガレージの半分は、そうした試みの作業場になった。完成品を買うための場所ではなく、完成品に手を入れる場所だった。[2]
実験は高電圧やレーザーにも広がった。感電し、目にも傷を残した。本人の工作歴には、うまくいったものだけでなく、自分の体に返ってきた失敗もある。[2]
14歳になるとコミュニティカレッジの授業も受け始めた。父から機械を教わり、家で試し、外の授業へ出る。学ぶ場所は1つに決まっていなかった。やがて自分でVRヘッドセットまで作るようになるが、彼が知りたかったのは工学の問題集の答えより、その技術で何ができるかだった。[1]
祖父とNASAへ
祖父は世界の出来事に詳しく、少年に外の世界を見せた。6〜7歳のころには、NASAのジェット推進研究所JPLの見学に連れていくため、孫を10歳だと伝えた。年齢の条件を少々強引に越えてでも、宇宙へ機械を送り出す仕事を見せようとしたのだ。[1]
ラッキーは後年も祖父から受けた刺激を語った。祖父が再びがんになったときには、近くに住むため引っ越している。少年を見学へ連れ出した人との関係は、大人になってからも続いた。[1]
工作に必要なお金は、自分でも稼いだ。パソコンや携帯電話を修理し、船の整備をし、子どもにセーリングを教える。直して得たお金で、次に触りたい機械を買う。ガレージでの遊びは、修理という人に求められる仕事にもつながっていた。[3]
02画面を増やしても中へ入れない
高価だった機械の山
10代のラッキーは、実家の車道に置いた全長19フィートのキャンピングトレーラーも、自分の生活と工作の場所へ変えた。台所と浴室を取り外し、片側に寝床を置き、反対側へ6画面のパソコンを据える。生活の設備を減らした空間へ、ゲームと部品を詰め込んだ。[4]
画面を増やせば、視界は広がる。それでも、その前に座っている自分がいる。映像に囲まれるだけでなく、本当に中へ入るには何が要るのか。ラッキーは、古いVR機器を買い集め始めた。新品の評判を追う買い物ではなく、長く前に誰かがつくり、使わなくなった装置を試す買い物だった。[5]
軍や研究機関向けに高額で作られた装置も、年月がたてば競売などで手に入る。頭に載せてみると、重い。見える範囲が狭い。顔を動かしても景色が遅れてついてくる。元の値段が高かった機械にも、ゲームの世界へ入りたい少年を満足させる体験は入っていなかった。[5]
例えばFakespace Boom 3Cは、1990年代には10万ドル(約1576万円)近くした装置だった。それをeBayで100ドル(約1万5760円)未満で手に入れる。最先端の夢に付けられた値段が、時を経て、少年でも買える中古品の値段へ落ちていた。ラッキーはその安くなった未来を自分で試し、次の機械の材料にした。[4]
VRを売った会社があった。期待を集めた製品もあった。その試みが残した機械を1台ずつ試すことで、彼は新しく作る前に、何が足りないかを自分の目で確かめた。モニターを目の前に置くだけでは駄目だった。目の端まで景色が広がり、頭の向きを変えればその方向が見える。そのつながりを作りたかった。[6]
ネットの先にいた研究者
ラッキーは試作を人に見せた。VRに関心を持つ人の掲示板で、写真や設計の考え方を共有した。巨大企業の研究所だけが開発の場所ではない。自宅で作った機械でも、ネットへ出せば、同じ問題を考えている人から反応が返ってくる。[7]
2011年には、南カリフォルニア大学のVR研究者マーク・ボーラスへ進路の相談を持ちかけた。ボーラスは青年の知識に驚いた。昔の製品を買って分解してきたラッキーは、それを開発した人と深く話せるほど機械を知っていた。その場で採用され、大学のInstitute for Creative Technologiesで働くことになった。[8][3]
研究所には、安い部品を使い、設計を公開してVRを広げる取り組みがあった。2013年の共同論文にはラッキーの名前も載る。スマートフォン向け部品の進歩も、先にVRを作っていた研究者の蓄積もあった。その場所に、古い機器への不満を抱えた若者が加わった。[9]
軍に関連する研究では、VRは訓練や心的外傷を抱える人の治療にも使われていた。ラッキーもその種の仕事に一部関わったと話している。のちに防衛企業を始める前から、同じ技術がゲーム以外の目的にも使われる場を知っていた。[10][11]
03ジョン・カーマックへ送った箱
代金はいらない
2012年、試作に目を留めたのがジョン・カーマックだった。『DOOM』などを生み、3Dゲームの歴史を変えてきた開発者である。その人物が、ラッキーの作った機械を欲しがった。ラッキーは金を取らずに試作品を送った。[12]
カーマックは箱を受け取るだけでなく、ゲームを動かすために手を入れた。動作を調整し、頭を動かして別の世界を見渡せる体験へ仕上げる。そして2012年6月、ゲーム見本市E3で披露した。まだ大規模な会社も流通網もない青年の機械が、業界の有名開発者を通じて記者たちに見られた。[12]
試した人に伝わったのは、製品の外見の立派さではない。これまでのVRと違うことが、覗けば分かる。広い視界と、顔を動かして見回せる世界。その体験が、長く期待外れと言われてきたVRへ、もう1度関心を集めた。[6][5]
テープの箱に会社が集まる
同年7月、ロングビーチのホテルへ試作機を持ち込んだラッキーの周囲に、ゲーム業界の経験者が集まった。ブレンダン・アイリーブ、ネイト・ミッチェル、マイケル・アントノフらである。機械は配線が多く、テープでまとめられた頼りない見た目だった。それでも実際に試すと、手を組むだけの理由があった。[2]
ラッキーは技術へのこだわりを持っているが、世界へ製品を届ける会社を経営した経験はない。新しい仲間は、資金を集め、人を採り、ゲーム業界と交渉する仕事を担えた。OculusではアイリーブがCEOとなり、ラッキーは開発と、製品の可能性を伝える顔を担った。[13][14]
ガレージで作ったものが、人を雇う会社へ変わる。ここからは、自分が満足する1台を作るだけでは終わらない。同じ機械を欲しがる人に、同じ体験を届ける必要があった。[3]
0425万ドル(約3940万円)が243万ドル(約3億円)に変わる
開発者へ渡す最初のRift
2012年8月、OculusはKickstarterで資金募集を始めた。目標は25万ドル(約3940万円)。社内で金額を決める際、低い目標に押し下げるよう主張したのはラッキー自身だった。ぎりぎり25万ドル(約3940万円)に届けば、それでも成功だと考えていた。ところが最終的には、9522人から243万7429ドル(約3億円)が集まった。約束したのは、自分が顔を入れて別世界を見たいとつくってきたOculus Riftだった。[3][15]

写真:Tmfroehlich/出典/CC BY-SA 3.0。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
最初に届けるのは、一般家庭向けの完成品ではなく開発キットだった。ゲームを作る人がRiftを手にすれば、その中で遊べるソフトが増える。ラッキー1人があらゆるゲームを作ることはできない。自分が作った箱を他人に渡し、ほかの開発者の仕事も集まる場所にする必要があった。[15][3]
会社はもっと鮮明な画面へ、もっと快適な機器へと改良を進めた。顔を動かしたあとに映像が追いつくまでの遅れや、重さの問題は、長時間使う人にとって切実だった。短いデモで感動した客も、家で遊び続けて気分が悪くなれば使わなくなる。[16][17]
ラッキーはゲームの作り方にも注文をつけた。従来の画面なら平気な高速移動や後ろ向きの動きが、VRでは体への負担になる。画面をきれいにするだけでは足りず、体験する人の感覚に合わせてゲームを設計し直す必要があった。[6]
展示会の前に失った仲間
2013年、OculusはE3に向けて高精細のデモを準備していた。1600万ドル(約25億円)の資金調達もまとまっていた。その発表を控えた時期、共同創業者アンドリュー・リースが、警察から逃げる車にはねられて死亡した。[18]
リースはUnreal Engine 4というゲーム開発用ソフトと、Riftをつなぐ仕事を担当していた。アイリーブらには15年も一緒に働いた仲間だった。会社は資金調達の発表を止め、デモの仕事も中断した。毎日顔を合わせていた小さな会社から、その1人が突然いなくなった。[18]
共同開発先のEpic Gamesが支援を申し出た。人を送り、残っていた作業を仕上げる。展示に間に合わせたデモには、リースを記念するものも残された。別のVR Cinemaのデモでも、彼のための席が用意された。会社が前へ進む様子の中に、戻らない仲間の場所が刻まれた。[18]
2013年6月、1600万ドル(約25億円)の資金調達を発表した。同年12月には、Andreessen Horowitzが主導する7500万ドル(約118億円)の出資が続く。個人の支援者に加え、有力な投資会社も次のコンピューターの可能性を見に来た。[13]
0521歳でFacebookに売る
20億ドル(約3152億円)の買収発表
2014年3月25日、FacebookがOculusの買収を発表した。現金4億ドル(約630億円)とFacebook株を合わせ、発表時の基本対価は20億ドル(約3152億円)。さらに成果に応じた追加対価も設けられた。ラッキーは21歳だった。[14]

写真:Dcoetzee/出典/CC0。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
自宅のガレージで自分用の機械を作っていた若者の会社に、巨大な値段がついた。20億ドル(約3152億円)は彼1人の取り分ではなく、会社を買う取引の金額だ。それでも、ゲームをもっと楽しくしたいと買い集めた古いVR機器の先に、想像を超える資本が来た。[14]
マーク・ザッカーバーグが見ていたのはゲームの市場だけではない。遠くの人と会い、学び、同じ空間にいるように過ごせる。スマートフォンの次に、人がコンピューターへ接する入口を押さえるための買収だった。[14]
ラッキー自身も、最初からケーブル付きの機器だけが完成形とは考えていなかった。以前の取材で、スマートフォン向けの処理装置を頭に載せる機器へ組み込み、単独で動かす構想を語っている。まず作れるものを出し、その先の軽く自由な機械へ進む。そのための資金をFacebookから得ることになった。[6]
応援が反発に変わった
買収の知らせに喜んだ人ばかりではなかった。個人の発明を応援したつもりが、Facebookの製品になる。巨大企業の広告事業や囲い込みを嫌う人には、話が変わって見えた。『Minecraft』の生みの親マルクス・ペルソンも、VR版をめぐる計画を止める意向を表明した。[19]
ラッキーはネットの質問に答えた。Facebookのアカウントを持たなくてもRiftは使えるし、開発できる。資金を得たからといって、利用者をFacebookへ閉じ込めるつもりはないと伝えた。自分が作った機械の将来について、創業者本人の言葉が約束として残った。[20]
その後の経緯が複雑になっても、彼は買収そのものを否定しなかった。退社後のインタビューでも、Facebookによる買収はVR業界にとって最良の出来事だったという考えを語っている。会社との関係と、会社が技術へ投じた資金は、彼の中でも単純な好き嫌いにまとめられていない。[21]
06見える世界に手が生える
Touchを握る
2015年、ラッキーはOculus Touchを披露した。左右の手に持ち、仮想空間へ手の動きを伝えるコントローラーだ。頭を動かして景色を見回せても、物をつかめないなら体験の半分が欠けている。見るだけだった世界に、手を持ち込もうとした。[22]

写真:Derrick Coetzee/出典/CC0。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
発売は2016年12月になった。最初の一般向けRiftの購入時には、Touchはまだ手元にない。ヘッドセットが届けばすべて完成するのではなく、その後も新しい道具やソフトが加わる。初期の客は、製品が育っていく途中を買うことになった。[22]
一方、競合のHTC Viveは、手を使って部屋の中を動き回る体験を用意した。ラッキーの箱だけが未来の入口ではなくなった。客はどの機械を買い、どんなソフトを遊び、追加の道具にいくら払うかを比べるようになった。[17]
599ドル(約9万4402円)の値札
2016年1月、一般向けRiftの予約が始まった。価格は599ドル(約9万4402円)。第2世代の開発キットDK2の350ドル(約5万5160円)に近い金額を期待していた人には、高かった。ラッキーは自分の発言で価格への期待を誤らせたことを認めた。[23][24]
安くしたいという説明だけでは、客の支払う額は下がらない。動かすためのパソコンも必要で、Touchは別にやって来る。最初のデモなら、すごいと感じてもらえれば次につながった。発売後は、その値段で自分の家に置く価値があるかを問われた。[17]
071台目は届いたのに
アラスカへ持っていく
2016年3月、ラッキーは最初の予約購入者にRiftを届けるため、アメリカ北西端・アラスカ州の都市アンカレッジへ行った。相手は開発者ロス・マーティンだった。世界へ売り出す1台目を、発明者が自分で運ぶ。[25]
開発キットを受け取る対象だったKickstarter支援者には、一般向けRiftを無料で贈る方針も発表した。製品が広まる前から資金を出した人に、完成した機器を返す。買収で会社の後ろ盾が変わっても、最初の支援者との関係を残す振る舞いだった。[26]
ところが、多くの予約客には予定どおり届かなかった。部品不足によって出荷が遅れた。会社は送料を負担し、発送を増やすと説明したが、注文した人は、予定より長く箱を待たされた。[27][28]
出荷で評価が決まる
2016年後半、Oculusのコンテンツ担当ジェイソン・ルービンは、Riftでの出荷問題を認め、Touchの発売で判断してほしいと話した。技術を進めるだけでなく、予約を受けた数だけ製造し、各地へ運ぶ。会社が大きくなったあとにも、不得意な仕事が表へ出た。[29]
試作機なら、目の前の1人に触ってもらえばよかった。一般向け製品では、説明を信じて支払った人が世界中で待っている。アラスカでの華やかな手渡しと、予約客の画面に残る出荷待ちが、同じ発売の中にあった。[25][28]
08遊ぶ機械に鍵をかける
Reviveという抜け道
2016年、Oculus向けのゲームをHTC Viveでも遊べるようにする非公式ソフトReviveが登場した。別のメーカーの機械を買った人でも、Oculusのゲームを動かせる。ところがOculusの更新で機器を確認する仕組みが入り、その使い方が妨げられた。[30][31]
Oculusは独自のゲームへ資金を投じ、売り場を育てようとしていた。利用者には、買ったソフトを自分の機械で使いたいという事情がある。VRを広めるはずの会社が、どの箱で遊ぶかを制限する。その方針への反発が、互換ソフトをめぐって表に出た。[31]
その後、Oculusは機器確認の仕組みを外した。6月末には、Reviveで使えるOculus側のタイトルが35作品になったと報じられた。メーカー間の正式な提携ではなく、外の開発者の仕事が、機器同士を行き来する道を広げていた。[30]
好きな製品を分解し、自分の使い方へ変えていたラッキーが始めた会社だった。その会社自身がどこまで自由に使わせるのか、客や開発者の側から問われるようになった。[31][3]
091万ドル(約157万6000円)と消えた創業者
政治団体への寄付
2016年9月、ラッキーが政治団体Nimble Americaへ1万ドル(約157万6000円)を出していたことが明らかになった。ヒラリー・クリントンに反対する活動をしていた団体で、ラッキー自身も資金提供を認めた。[32]
製品の魅力を語る若い発明者が、激しい大統領選の片側に立つ人物として見られた。一部の開発者は反発し、彼はOculusの表舞台からほとんど姿を消した。会社の顔だった人の不在は、VRの新製品とは別の話として注目を集めた。[33][34]
2017年3月、Facebookはラッキーが去ることを認め、貢献への感謝を表した。21歳で売却を成功させてから3年。資産を得た創業者は、自分が生み出した製品を開発する会社から離れることになった。[34]
本人とFacebookの説明
ラッキーは後に、政治的な立場を理由に解雇されたと主張した。Facebook側はその見方を否定した。2018年、上院議員テッド・クルーズが公聴会で質問した際も、ザッカーバーグは政治的見解が理由ではないと答えた。[33][35]
ラッキーはその後も、発言や文章でFacebookへの不満を語った。会社の側が政治的見解を理由とする解雇を否定しても、本人は自分の受けた扱いに納得していなかった。[35][36]
ラッキーは会社を去ったあと、作る仕事をやめなかった。次に選んだ相手は、ゲームの利用者ではない。軍や政府だった。[37]
10発明の物語が法廷へ行く
誰の仕事だったのか
Oculusはゲーム会社ZeniMaxとの裁判も抱えていた。カーマックが以前所属した会社だ。Riftは誰の仕事で生まれ、どの契約のもとで技術や名前を使ったのか。Kickstarterや投資家へ示した資料まで、権利をめぐる争いの対象になった。[38][39]
2017年の陪審は、被告側に総額5億ドル(約788億円)の賠償責任があると判断した。そのうちラッキー個人には5000万ドル(約78億円)。一方で、営業秘密の窃取という主張は認められなかった。秘密保持や著作権などの判断と、技術を盗んだかという判断は同じではなかった。[40][39]
2018年6月、裁判官は出所の誤認をめぐる損害の立証が不十分だとして、2億5000万ドル(約394億円)分を取り消した。ラッキー個人の5000万ドル(約78億円)も含まれた。大きな金額が報じられた最初の評決から、そのまま支払いが確定したわけではなかった。[39]
2018年末には、ZeniMaxとFacebook側が訴訟の和解を公表した。条件や支払額は公表されなかった。[41]
ガレージの外にいた人々
初期のRiftには、ラッキーの工作だけでなく、大学の研究、カーマックの調整、ゲーム会社のソフト、仲間の開発が重なっていた。人に見せ、手伝ってもらい、外の技術と接続したからこそ大きくなった。その接点で何を許されていたかが、法廷では1つずつ問われた。[9][39]
ラッキーがVRへの強い不満から機械を作ったことも、周りの多くの仕事がそれを製品にしたことも、同時に起きていた。会社が急成長する間に取り交わした約束は、売却のあとにも残った。[38]
11徳島でクワイエットになる
会社を離れたあとの姿
2017年5月、ラッキーは四国東部の徳島県で開かれたアニメイベント、マチ★アソビに来ていた。身につけていたのは『METAL GEAR』の女性キャラクター、クワイエットの衣装だった。高額の企業売却や退社の話を追っていた人の前に、コスプレを楽しむ本人が現れた。[42]
日本での取材に、仕事では自制する一方、仕事の外では自分が楽しく、人を楽しませることを選ぶと話した。周囲が大富豪や元創業者の姿を見ようとしていても、本人は好きな作品の格好でイベントを歩いた。[42]
小さな開発者たちのVRも試した。会社の代表として自分の製品だけを売り込むのではなく、人が作ったものを遊ぶ。役職が消えても、面白い機械を探す客としての居場所は残っていた。[42]
会ったことのない親友
取材では、現実には1度も会っていない親友の存在を語った。ネットで知り合い、ゲームで一緒に過ごす。恋人ともオンラインで知り合い、離れた場所から関係を続けた時期があった。遠くの人と仮想の場所で会うことは、本人の暮らしにすでに入っていた。[43]
その一方で、VRの開発者が生活できる市場になるかを気にしていた。性能の高い箱を作っても、面白い作品を作る人が続けられなければ、遊びたい世界は増えない。自分の会社を大きく売ったあとも、作り手が残れる環境に話が戻った。[43]
2017年には、現実に情報を重ねるARと、別の世界を見せるVRが、やがて1つの機器へ近づくという見方も語っていた。彼は会社の席を失っても、頭に載せる機械の将来から離れていなかった。[44]
12今度は国境へ
2度目は1人の工作ではない
2017年、ラッキーはAndurilを共同創業した。投資家トレイ・スティーブンス、ブライアン・シンプフ、マット・グリム、Oculus時代のジョー・チェンらが集まった。シンプフたちは、大量の情報をまとめるソフトを政府や企業へ届けるPalantirで経験を積んでいた。[45][37]
会社名は『指輪物語』に登場する剣に由来する。売る相手は軍や政府で、最初の現場はアメリカとメキシコの国境だった。人や車を見つけ、職員が対応できるように知らせる。その仕事をカメラやセンサー、ソフトで変えようとした。[46][47]
防衛の仕事は、政府から開発費を受け取り、段階を踏んで完成を目指すものが多い。ラッキーたちは逆に、先に自分たちの資金で使える製品を作り、顧客へ見せて買ってもらおうとした。そうした会社に投資することも考えたが、望む相手が見つからず、自分たちで始めたと語っている。[11]
今度のラッキーには、最初の売却で得た資金と知名度がある。仲間には政府の仕事や調達を知る経験がある。家で修理して工作資金を稼いだころとは、出発点が違った。その持ち物を、開発と契約に時間のかかる市場へ投じた。[11][37]
草と人を見分ける塔
国境へ置いた塔は、カメラやセンサーで周囲を見た。だが、何かが動くたびに職員が全映像を確認するなら、人の仕事は減らない。風で動く草なのか、人なのか。ソフトで見分け、注意すべき対象を知らせる仕組みを組み合わせた。[47]
中心にあるLatticeは、離れた場所のセンサーや機械から届く情報をまとめるソフトだ。1つのカメラが何を見たかだけでなく、複数の機器を通じて周囲の状況を扱う。機械を増やすたびに別の画面へ人を張りつける代わりに、共通の仕組みで動かそうとした。[48]

写真:EFF/出典/CC BY 3.0。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
シンプフはPalantirで、5〜6人の技術者が顧客のもとへ半年ほど入り、未完成のソフトを使ってもらいながら直す仕事を経験していた。機能をつくったら引き渡して終わりではなく、使う側の仕事の中で試す。Andurilでも、ラッキーが示す機械の可能性を、現場へ運び、継続して使える製品へ育てる経営者になった。[37]
創業者が有名でも、防衛の顧客は新会社の経歴だけで設備を買わない。部品を組んで塔を立て、動かし、何を見つけたかを示す。政府への入口を知る人と、客先でソフトを直してきた人がいるチームは、ラッキーが1人で試作箱を郵送していた時とは、別の方法で最初の仕事へ入った。[46][11]
13塔の向こうから見えるもの
政府が買い続ける設備へ
国境監視は一時の実験では終わらなかった。米国土安全保障省の2020年度の計画には、自律型監視塔の調達と配備の予算が記された。会社が自費で試した機械が、政府の予算で増える設備へ入った。[49]
国境へ置いたものは、売ったら終わりではない。屋外で動かし、状況を見分け、職員へ情報を渡し続ける必要がある。米政府監査院GAOの報告には、既存の監視塔に加えて複数業者を使う調達の構図も記されている。仕事を得た会社にも、使い続けてもらうための競争が残った。[50]
監視を受ける人がいる
移民や市民の権利を守る団体は、塔が広がることに反対した。監視の網が広がるほど、人々が見つかりにくい危険な経路へ押し出されるのではないか。国境近くで暮らす人まで、日常的に見張られるのではないか。国連の人権機関へ提出された文書にも、そうした懸念が載った。[51]

写真:Stephen McCarthy/出典/CC BY 2.0。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
電子フロンティア財団EFFの現地調査も、国境の周囲へ広がる監視技術を取り上げた。導入する側には少ない人数で遠くを見られる利点がある。そのカメラに映る側には、自分がどこまで見られ、どう扱われるのか分からない不安がある。[52]
ラッキーたちの製品が人を見つけると、通知の先で現実の職員が動く。検出の精度や通知の扱いが、人の移動や自由へ直接関わる。彼はその製品の必要性を主張し、批判する側はその使われ方を問うようになった。[51][52]
14壊れたRiftを直す
もう社員ではないのに
2019年2月、ラッキーは、初代Riftの音が聞こえなくなる故障へ自分で修理キットを用意した。原因になったのは、ストラップの中を通る薄い配線の故障だった。長く使った人ほど遭遇しやすいのに、その頃には保証が切れている。会社を辞めた創業者の手元へ、使えなくなった製品の問題が戻った。[53]
彼はコミュニティへ壊れたRiftを送ってほしいと呼びかけた。送った人には、それぞれの国で新しいRiftとTouchを買えるだけの代金を支払った。集まった故障品で試しながら、外へ配線を回して音を戻すRR1をつくる。設計そのものは3時間足らずだったが、さまざまな壊れ方の機器で確かめる作業は、それより長くかかった。[53]
2019年2月18日のブログで、無償で送ると発表した。まずOculusのサポートへ連絡し、それでも解決しなければ、その問い合わせ記録と住所を自分へ送ってほしい。自分からRiftを買った人が十分に使えなくなることを残念に思うと理由も書いた。会社との揉め事を離れ、使っている人と壊れた製品へ、直接つながり直す申し出だった。[53]
自分が生んだRiftを自分が使えない
その1カ月後、今度は新製品のRift Sへ異議を唱えた。画面の解像度だけの話ではない。左右の目の間隔と、レンズの間隔が合うかどうかだった。ラッキー自身の目幅は70ミリ弱で、顔の右側へ少し偏っていた。Rift Sのレンズは約64ミリの間隔で固定されている。彼には合わなかった。[54]
初代の一般向けRiftにはレンズの間隔を変える機構があり、本人の目にも、59ミリの友人にも対応できていた。Rift Sでは、それを同じように動かせない。ソフトで映像の設定を変えても、実際のレンズの位置まで変わるわけではない。元の製品の愛用者でも、新しい機器では見え方が崩れる人が出ると指摘した。[54]
ラッキーが怒ったのは、安い製品が存在すること自体ではなかった。自分に合う別の機器も選べるならよい。ところが、従来の機種は生産を終え、Oculusのパソコン向けVRを続ける新しい選択肢がRift Sへ絞られていた。ゲームを買い集め、その売り場で遊んできた人が、身体の寸法のせいで次へ進めなくなる。本人も、その外に置かれる利用者の1人だった。[54]
彼は、目幅に合わせてサイズの違う製品を用意する案も出した。[54]
後から変わったログインの条件
2020年、Facebookは新しいOculus利用者にFacebookアカウントを求める方針を発表した。買収時にラッキーが不要だと伝えた条件が、退社後に変わった。同じ機械を作り始めた人が、いつまでも入口の決まりを握っているわけではなかった。[55]
アニメの仕掛けを本当に作る
ラッキーは『ソードアート・オンライン』も愛好した。VRゲームから出られなくなる人々を描く作品で、開発機が広がった時期の日本での関心にもつながった。原作者との交流や、Oculusのオフィスにあった登場人物の壁画についても書いている。[56]
2022年には、ゲーム内の死を現実の死につなげるという作品の仕掛けをなぞった、危険なヘッドセットのアート試作を公表した。本人も装着して試してはいない。ここで出したのは一般向けの製品ではないが、空想の強烈な設定を、現物へ近づけて見せる行動だった。[56]
子どものころから、既存の機械を見ているだけでは済まなかった。大人になってもその好奇心は続き、ときには、冗談と呼ぶには危ういものまで作って発信した。[56][2]
15塔から無人機へ
買収で仲間と技術を増やす
2021年、AndurilはArea-Iを買収した。筒に収めた状態から発進するALTIUSなどを開発してきた会社だ。上空で情報を集める任務などを担う機体を、自社のソフトやほかの機器と組み合わせる。1から自社だけで開発するのではなく、専門家と、その仕事の蓄積ごと加えた。[57]
2022年1月、米特殊作戦軍SOCOMから、対無人機システムなどを統合する契約を得た。上限は9億6759万9957ドル(約1524億円)。必要に応じて発注される枠なので、全額がすぐ会社の売上になるわけではない。それでも、各地で使うシステムをまとめる役割に若い会社が選ばれた。[58]
ロシアのウクライナ全面侵攻が始まった2022年、ラッキーは兵器の仕事に取り組む理由を語った。攻撃をためらわせるために強い技術が必要だという立場だった。一方で、兵器を作るのはVRを作るほど楽しいわけではないとも話した。必要だと考える仕事と、自分が面白くて始めた工作は、同じではなかった。[59]
ロケットを飛ばす部品まで
2023年には、固体ロケットモーターのAdranosも買収した。Purdue Universityから生まれた会社で、限られた大手メーカーが担ってきた供給の分野へ入ろうとしていた。Andurilが扱う機体を増やすなら、飛ばすための部品も必要になる。[60]
自律型の機体を発表しても、推進装置が手に入らなければ作れない。ソフトの開発と違い、工場や材料、人員の準備が要る。ラッキーは新しい事業で、大手防衛企業の領域に入っていく意思を明言した。[61]
会社は空だけでなく海の機器も加えた。2023年末には2400人を超える組織になっていた。ガレージで1人が機械を組み替えるのとは違い、専門の異なる多くの人が、決まった品質のものを繰り返し作る会社へ変わりつつあった。[62]
16撃たなければ戻ってくる
Roadrunnerを発進させる
2023年12月、AndurilはRoadrunnerを発表した。ジェットエンジンで飛び、垂直に離着陸する機体で、迎撃用のRoadrunner-Mもある。脅威のある方向へ発進しても、交戦しなければ戻り、再び使えるように設計した。[63]

写真:Mztourist/出典/CC BY 4.0。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
発進したら必ず使い捨てになる機体とは、扱い方が違う。何かが来たので飛ばし、迎撃する必要がなくなれば回収する。会社は人間の監督の下で動かし、1人が複数機を扱う構想を示している。[64]
国境の塔でも、今度の機体でも、機械が増えるたびに人間を同じ比率で増やす方法を変えようとしていた。Latticeで状況をまとめ、異なる機器をつなぐ。個々の機体の性能だけでなく、それを使う人が何を見て判断するかも、Andurilの商品になっていった。[48][64]
173年で海へ出せるか
オーストラリアのGhost Shark
2022年、Andurilはオーストラリア海軍などと、大型の自律型水中機Ghost Sharkの開発を始めた。目標は3年で試作機をそろえること。空と違って電波が届きにくい水中で、機体が自律的に動く能力を作ろうとした。[65]
2024年には最初の試作機を公表した。政府はさらに2010万豪ドル(約22億円)を生産準備へ投じ、Andurilもそれを上回る金額を出す枠組みを発表した。試作を見せる段階から、国内の工場や供給網で作り続ける準備へ進めるための資金だった。[66]
開発が遅い大手企業を批判してきたなら、自分の会社でも納期と費用を示さなければならない。シンプフが率いる会社は、塔、無人機、推進装置、水中機を同時に抱えるようになった。製品の種類だけでなく、製造する人も、待つ顧客も増えていた。[37]
OpenAIも防衛へ入る
2024年末、AndurilはOpenAIとの提携を発表した。ChatGPTを広めた会社のモデルを、無人機への対処などに使う構想である。センサーから届く大量の情報を、人間が把握しやすくする。民間で大規模に磨かれてきたAIが、防衛の現場へ近づいた。[67]
同じ年、Lattice Meshを使って情報を共有する仕事も、米政府の契約を通じて広がった。高性能な機体が単独で飛べるだけでは、周りが何を見ているかは分からない。別々の機械の情報が届き、人が状況をつかめるようにする。Andurilが売ろうとしていたのは、動く機械と、その間をつなぐ仕組みの両方だった。[67]
18古いゲームへ戻る新しい箱
Chromaticの画面にこだわる
2024年、ラッキーはModRetroのChromaticを発表した。Game BoyやGame Boy Colorのカートリッジを使える携帯ゲーム機だ。防衛の巨大な製品を語る人が、小さなゲームの画面にも手間をかけていた。[68]
現代の高性能な画面に映せば、それで十分とは考えなかった。古いゲームは、当時の液晶でどう見えるかを含めて作られている。同じ映像の信号でも、別の画面へ出せば色や見え方が変わる。元の体験へ近づけるため、専用の画面などを用意した。[69]
金属の筐体や操作感にもこだわり、新しいゲームも出した。専門メディアは実際に触り、画面や作りを評価した。古いカートリッジを棚へ飾るのではなく、今も手に持って遊べる道具を売ろうとしていた。[70][71]
改造コミュニティから続く名前
ModRetroは、10代のラッキーが関わったゲーム機改造のコミュニティにつながる名前でもある。会社を売り、次の会社を始めても、昔からの遊びは消えなかった。古い機械の不満を、今の技術で直す仕事へ戻ってきた。[69]
次に進めたM64は、Nintendo 64のカートリッジを使う据え置き機だった。2026年の試用記事では、映像の再現や仕上がりに、評価と改善点の両方が挙げられた。思い出に近い箱を作る仕事でも、発表時の情熱だけでなく、買う人の前へ出る現物が試される。[72]
19元の会社で新しいメガネを試す
止まっていた関係が動く
2024年秋、ラッキーはザッカーバーグに招かれ、MetaのOrionを試した。目の前の現実へ情報を重ねるARメガネの試作機だ。退社後に自分の目幅では使えないRift Sを批判していた人が、今度は、自分がつくりたかったものに近い装置を、元の会社で見せてもらった。[73]
その春には、MetaのCTOアンドリュー・ボズワースと、ラッキーやカーマックの間で、退社時の扱いをめぐる応酬があった。ボズワースは当時Oculusの担当ではなく、後に聞いた情報を基に発言していた。10月、彼は調べ直した結果、自分の認識が誤っていたと公に謝罪した。直接関わっていなかったのだから、あのように言うべきでなかったと認めた。[73]
ラッキーは謝罪を受け入れた。自分は恨みを長く覚えているほうだとしながらも、当時自分を追い出した人々はもう社内におらず、会社は変わったと説明する。自分を外へ出した組織の名前が同じでも、目の前にいる人や開発している技術まで、あの日のままではない。Orionを見るためだけでも来た価値があったと伝え、次の仕事を一緒にする道が開いた。[73]
20兵士が頭に載せるもの
Microsoftから引き継ぐ仕事
2025年2月、AndurilとMicrosoftは、米陸軍のIVAS計画に関する協業の拡大を発表した。兵士が装着し、地図や周囲の情報を見られるようにする機器と仕組みだ。Andurilが製造や今後の開発を主導し、Microsoftがクラウドなどを支える合意で、当時は政府の承認を前提としていた。[74]
目の前へ、どう情報を出すか。頭に載せる重さをどうするか。ゲームへ入るために追いかけてきた問題が、今度は現実の兵士を支える仕事として戻った。ラッキーは発表日の文章で、兵士用の情報表示装置はAnduril創業時の説明資料にも入っていたと明かした。当時は会社が小さすぎて、この大きな計画へ最初から挑む力はなかった。8年かけてLatticeを育てた会社が、ようやく自分たちで担える仕事として手を伸ばした。[36]
その文章では、Microsoftと組める個人的な喜びも隠さなかった。かつてWindows 7の発売を祝う深夜の集まりを開き、Surface DuoとSurface Duo 2の両方を買ったほどのMicrosoft好きだと紹介する。軍の巨大な装備計画を語る途中に、昔からパソコンや端末を買ってきた1人のファンの顔が出る。新しい社員証を得ることまで喜ぶ姿には、企業を何十億ドル(円換算では数千億〜1兆円超の規模)で売った人の儀礼的な挨拶とは違う熱があった。[36]
Metaと並ぶ
同年5月、AndurilはMetaとの提携を発表した。Facebookが社名を変えた会社である。両社がAR、VR、AIなどの開発へ投じてきた技術を、軍向けの装着機器へ組み合わせる。自分が去った会社と、その後に自分が始めた会社が、同じ側で新しい製品を作ることになった。[75]
共同で進めるEagleEyeは、単に兵士の前へ画面を付け足す構想ではなかった。防弾の外殻や聴覚の保護、計算機、通信、視覚を補う機能をまとめる。前線を歩く兵士と、倉庫で働く人、航空機を整備する人では、必要な視野や防護の強さも違う。1種類を全員へ押しつけず、任務ごとに組み合わせる構想だった。[76]
ラッキーは、複数の小さな画面を並べるために周辺部へ継ぎ目が見える設計も説明した。家庭用なら嫌われる欠点でも、必要な情報を多く見せる道具としては、選べる妥協が変わる。軍が求める性能なら、製造に1万ドル(約157万6000円)を超えてかける余地もあると語った。599ドル(約9万4402円)のRiftを高いと批判された時とは、値段を決める相手も使い方も違う。自分が退社前につくった技術、Metaでその後に育った技術、自分たちがAndurilでつくった技術を、この新しい用途へ合わせようとしていた。[76][75]
21恐れる未来が違う
ラッキーが備えたい戦争
2025年、TEDの壇上でラッキーは、中国による台湾侵攻を想定した場面から話を始めた。大量の自律型システムが使われる戦争に、高価で数の少ない装備だけで備えられるのか。彼は必要な数を作り、相手が攻撃をためらう力を持つべきだと訴えた。[77][78]

写真:Steve Jurvetson/出典/CC BY 2.0。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
AIを使わないことが、必ずしも倫理的に優れているとは考えていない。対象を詳しく見分けられない従来の兵器より、新しい情報を使える兵器のほうがよい場合がある。どのような使い方を認め、責任を持つかを考えるべきだというのが、本人の主張だ。[78][79]
人間の判断をどこまで渡すか
Human Rights Watchは、自律型兵器に反対する報告で、誤認や差別、予測しにくい動作、責任の所在を問題にした。2025年の報告では、戦場だけでなく、国境や警察活動へ広がる可能性も取り上げた。[80]
相手を見つけ、状況を判断し、力を使う。そのどこまでを機械へ渡すのか。ラッキーは新しい技術を持たずに負ける危険を強調し、反対する側は機械へ委ねることで失われる人間の権利を問う。どちらが恐れる未来も、Andurilの製品が売れるほど現実の制度と結びつく。[78][80]
ラッキーは、兵器を作る会社の共同創業者として、その必要性を主張する側にいる。批判する団体は、製品の性能が上がればそれで解決するとは考えていない。速く作れるかという競争と、使ってよいかという議論が、同じ機体の周りにあった。[80][79]
22試験場で機体が落ちる
宣伝と結果の間
2025年11月、ReutersはAndurilの試験や戦場での問題を報じた。米空軍の試験でALTIUSが墜落し、別の試験でも2機目が落ちたという。Ghost系列にも、ウクライナでの運用などで困難があったと伝えた。[81]

写真:U.S. Army photo by Staff Sgt. LaShic Patterson/出典/Public domain。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
Andurilは、数多くの試験のうちの個別事例だと反論した。性能の限界を探って改善する過程には、失敗が意図的に含まれるとも説明した。Reutersも、ALTIUS全体でどれだけ失敗しているかまでは確定できなかったとしている。[81]
会社は戦場で役立つと売り込み、使う側は、必要なときに動くことを求める。試験で壊しながら学ぶ機体と、すでに実用になると説明して売る機体。その間にある性能や運用の問題が報道で問われた。[81]
工場の中にも追いつかない仕事
2026年のWIREDは、製造や開発の遅れ、安全上の問題などを、従業員や関係者への取材をもとに報じた。Andurilは、質問内容には不正確で誤解を招く主張が含まれ、取材方法も偏っていると異議を示した。[82]
創業者が既存の防衛産業の遅さを批判する一方で、自社でも製品と組織が増えていた。別々の買収先、工場、開発中の機体を同時に動かす。CEOシンプフは、成長する会社で自分の仕事も変わっていくと語っている。[37]
ラッキーがRiftを作り始めたときには、不満があれば自分の手で直せた。今度は、複数の現場で働く人々の手を通じて直さなければならない。速さを主張する会社自身が、製造と品質をそろえる責任を引き受ける規模になった。[82][37]
23作る数を桁ごと変える
オハイオのArsenal-1
2025年1月、Andurilはアメリカ中西部・オハイオ州の、州都コロンバス近郊に大規模な製造拠点Arsenal-1を作る計画を発表した。自社から投じる予定の金額は10億ドル(約1576億円)近く。複数の自律型システムを、大量に作れる場所を目指した。[83]
2026年7月、その工場で完成した最初のFuryが披露された。有人戦闘機と組む無人機の計画に向けた機体で、試作段階の米空軍呼称はYFQ-44A。初飛行は2025年10月だった。試験で飛ばした機体を、今度は工場で作り続ける段階へ進めようとしていた。[84][85][86][87]
Furyの初飛行では、人間がスティックとスロットルで逐一操縦したのではなく、機体が自律的に飛び、人間が監督して指示を出す方式が使われた。初飛行と、現場で使える部隊をそろえることの間には、試験と生産と運用の仕事が続く。[85]
200億ドル(約3兆1520億円)の枠を取る
2026年3月、米陸軍はAndurilの製品や支援をまとめて調達する契約を発表した。5年の基本期間に5年の延長枠を加え、最長10年。上限は200億ドル(約3兆1520億円)で、全額の購入を約束した金額ではない。[88]
それまで120件以上に分かれていた調達を、共通の条件へまとめる。毎回の条件交渉や管理にかかる時間を減らし、ソフトや機器、データ基盤、支援を導入しやすくする狙いだった。陸軍は将来の競争をなくす契約ではないとも説明した。[88]
国境で試作を見せていた会社が、軍のさまざまな仕事に入るための大きな調達枠を得た。ラッキーたちには、売り込む時間を短くできる機会であり、その先で注文に応える責任でもあった。[88]
2422億ドル(約3467億円)を売る会社になる
50億ドル(約7880億円)が新しく入る
AndurilのCEOシンプフは、2025年の売上が前年から2倍を超えて増え、22億ドル(約3467億円)になったと公表した。2026年5月には50億ドル(約7880億円)のSeries H資金調達を発表し、企業評価額は610億ドル(約9兆6136億円)へ上がった。Thrive CapitalとAndreessen Horowitzが主導した取引だった。[89][90][91]

写真:U.S. Space Force photo by Christopher Kim/出典/Public domain。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
資金を集める理由は、研究開発と量産設備だった。機械を買ってもらえる段階へ入っても、新しい製品を開発し、工場を整え、人を採るお金が先に要る。投資家は将来の会社の価値へ賭け、会社はまだ完成していない能力へ、その資金を置いた。[90][91]
事業は海外にも広がる。2025年、台湾での拠点や協業を強め、日本法人の設立も発表した。アニメのイベントで訪れていた日本が、防衛の仕事を進める相手にもなった。ラッキーが語る技術と安全保障の構想は、アメリカ国内だけでなく、同盟国や周辺の緊張とも結びつくようになった。[92][93]
世界の武器店という言葉
2026年5月、ラッキーはアメリカが世界の警察から世界の武器店へ移るべきだという考えを語った。自国の兵士をあらゆる戦争へ送るより、同盟国が自分を守れる道具を持つようにする。そのための装備を作る側に、自分たちの会社を置いた。[94]
相手が攻撃をためらうほどの機械を、必要な数だけそろえる。彼の主張は、政治の話であると同時に、Andurilが製品を作って売る理由の説明でもあった。塔から始まり、空の機体、海の機体、兵士の装着機器へと増えた事業が、その言葉の下に並ぶ。[94][90]
2026年10月29日時点のForbesは、ラッキーの資産を59億ドル(約9298億円)と推定していた。20代で会社を売り、そこを去ってから始めた会社が、次の大きな富の源泉になった。[95]
いまも欲しい機械を作る
ゲームの画面へ入りたいという不満からRiftを作り、機械の故障には自分で修理キットを用意した。古いゲームの見え方が気になれば、Chromaticを作った。同じ人が、国境の監視や軍の装備についても、自分が必要だと考える機械を作っている。[3][53][68][75]
途中には、仲間の死、配送の失敗、政治をめぐる対立、法廷、開発中の機体の墜落があった。自分で作れば解決するという姿勢だけでは、会社に集まった人や、製品が届いた先で起きることをすべて決められない。[18][27][35][39][81]
ガレージの半分で、他人の機械を分解していた少年は、国家へ新しい機械を渡す側になった。自分がその中で遊ぶための箱から、誰かが現実の力を使うための道具へ。ラッキーの手元に集まる資金も、仲間も大きくなり、その仕事は本人が欲しかった世界の外まで届くようになった。[2][90][80]
参考文献・出典 95件
本文の番号に対応する資料です。本人・関係者のインタビュー、当時の取材、企業の発表を参照しています。
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- How Palmer Luckey Created Oculus Rift ↩ 本文
- Q&A With Palmer Luckey, Creator of the Oculus Rift ↩ 本文
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- Rollercoaster Rift Part1 Palmer Luckey Kickstarter Dream ↩ 本文
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- Open Virtual Reality IEEE VR2013 ↩ 本文
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- Oculus Says Shipping Woes are Behind Them for Touch ↩ 本文
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- Oculusを作った男 半裸コスプレと日本VR 前編 ↩ 本文
- Oculusを作った男 VRへの情熱とSAO 中編 ↩ 本文
- もう一度VRを変える VRとARの進化 後編 ↩ 本文
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- Fix your Oculus Rift audio failure for $0 with RR1 repair kit ↩ 本文
- I cannot use Rift S and neither can you ↩ 本文
- Facebook Promised Oculus Users Would Never Need a Facebook Account ↩ 本文
- If you die in the game you die in real life ↩ 本文
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- Special Operations Command Selects Anduril as Systems Integration Partner ↩ 本文
- Palmer Luckey Says Working With Weapons Isnt as Fun as VR ↩ 本文
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- Anduril going after everything with new rocket motor business Palmer Luckey says ↩ 本文
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- Anduril unveils Roadrunner and Roadrunner-M ↩ 本文
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- Anduril unveils Ghost Shark XL-AUV prototype in Australia ↩ 本文
- Albanese Government to accelerate production readiness of Ghost Shark program ↩ 本文
- Anduril OpenAI partner to boost counter-drone tech ↩ 本文
- Palmer Luckey Unveils ModRetro Chromatic ↩ 本文
- Let’s Talk Retro With Palmer Luckey ↩ 本文
- Chromatic Extended Hands-on Preview and Development Interview ↩ 本文
- Modretro Chromatic review ↩ 本文
- I played the ModRetro M64 unfinished remake Nintendo64 ↩ 本文
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- Anduril and Microsoft partner to advance IVAS program ↩ 本文
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- Why Palmer Luckey thinks AI-powered autonomous weapons future warfare ↩ 本文
- A Hazard to Human Rights Autonomous Weapons Systems and Digital Decision Making ↩ 本文
- US defense firm Anduril faces setbacks from drone crashes ↩ 本文
- Anduril Wants to Own the Future of War Tech Mishaps Delays Challenges Abound ↩ 本文
- Anduril Building Arsenal-1 Hyperscale Manufacturing Facility in Ohio ↩ 本文
- Anduril takes its first Ohio victory lap ↩ 本文
- Andurils CCA Makes First Flight YFQ-44A Flies Semi-Autonomously ↩ 本文
- Air Force designates two Mission Design Series for collaborative combat aircraft ↩ 本文
- First Ohio-Built Fury Rolls Off Anduril’s Arsenal-1 Production Line ↩ 本文
- USArmy awards enterprise contract for IT commercial solutions ↩ 本文
- Anduril Announces $5B Series H Raise and January2026 investor letter ↩ 本文
- Anduril Announces $5B Series H Raise — A Note from Brian Schimpf ↩ 本文
- Anduril Raises $5 Billion Series H at $61 Billion Valuation ↩ 本文
- Anduril Expands Commitment to Taiwan ↩ 本文
- Anduril 日本法人設立を発表 ↩ 本文
- Palmer Luckey Wants America To Win ↩ 本文
- Palmer Luckey profile ↩ 本文
写真の作者・利用条件・撮影年は各画像の下に記載。取材資料と写真の出典は別々に確認できます。
※ 円換算は2026年11月2日確認のWise表示値(1米ドル=157.6円、1豪ドル=110.8円)を使用。取引当時の為替や物価・購買力を再現するものではありません。 為替出典:USD / AUD
本文更新:2026-11-02



