THE STORY
マーク・ザッカーバーグの物語
選んだ道。その先で、起きたこと。
0110億ドル(約1576億円)なら売るべきだったのか
10分で終えるつもりの会議
2006年7月、Facebookの取締役3人が、Yahooからの買収提案を話し合った。提示額は10億ドル(約1576億円)。学生寮で公開してから、まだ2年ほどのサイトに付いた値段だった。[1]
22歳のマーク・ザッカーバーグは、売るつもりがなかった。会議も10分で済むような形式的なものだと考えていた。ところが投資家のピーター・ティールとジム・ブライヤーは、基本的には金を受け取る方へ傾いていた。[1]
ティールは、10億ドル(約1576億円)は大金だと話した。マークは株式の一部を持っており、売却すれば、自分のために使える巨額の金を得られる。それでも本人の答えは、売った後で何をするのか、というものだった。また人をつなぐサービスを作るなら、いま持つFacebookを続けたい。[1]
取引は成立しなかった。彼は会社を残した。だが、その判断が周囲にも正しく見えていたわけではない。売らないと決めた後、社内の人間関係が崩れ、本人は、自分が世の中を知らない22歳の偽物ではないかと疑うことになる。[2]
巨大な金を断れる確信と、その後に残った孤独。その両方を経験した男が、やがて何十億人もの写真、会話、関心が集まる会社の決定権を握る。
02父の診療所が最初の仕事場だった
歯科医院と家をつなぐ
地理データ:Natural Earth(パブリックドメイン)。 湖の補助データ:© OpenStreetMap contributors(ODbL)。使用データ。現代の行政区分と都市の代表位置を表示。編集部作図。
1984年5月14日、マークはアメリカ東部・ニューヨーク州に生まれた。少年時代を過ごしたのは、ニューヨーク市の北、ハドソン川沿いの住宅地ドブス・フェリー。父エドワードは歯科医、母カレンは精神科医だった。自宅には父の診療所がつながっていた。[3][4][5]
父は新しい機械を面白がり、診療にコンピューターや管理ソフトを取り入れた。家族の暮らしと、患者を迎える仕事の両方に、息子が触れる機械があった。大人が仕事で使う物を、子どもから遠ざける家ではなかった。[6]
マークは、その家と診療所の間でメッセージを送るZuckNetを作った。受付から治療室へ連絡したければ、声を張る代わりにパソコンで知らせられる。家族も、別の部屋にいる相手へ伝えられた。息子のプログラムを、父が実際に仕事で使った。[5]
作った物が動くだけでなく、誰かの用事を済ませる。最初の利用者は、遠くの市場に探しに行く必要がなかった。壁の向こうで働いていた。
講師は父を受講生だと思った
11歳頃、両親はソフトウェア開発者デービッド・ニューマンを家庭教師として迎えた。週に1度、家でプログラムを教わる。さらに近くのMercy Collegeで、高度なコンピューターの授業も受けるようになった。[7]
父が最初の授業へ連れて行くと、講師は子どもを教室へ入れられないと指摘した。父が説明した。受講するのは自分ではなく、息子なのだ。[7]
学校の同級生より先へ進んでも、そこで終わりにはならなかった。家族が、次に学ぶ相手と場所を用意した。本人が作る速さに合わせ、教わる環境も変わった。
姉妹は、別の形で付き合った。雪合戦や戦略ゲームを作ると、最初に遊ぶ相手になる。絵は粗くても、画面の中で遊ぶなら、現実の水鉄砲で追い回されるよりはよかった。マークは後に、そんな調子で自作ゲームを振り返っている。子どもの作品には、同じ家で試してくれる相手がいた。[8]
0395万ドル(約1億円)より大学を選ぶ
次の曲を選ぶソフト
名門寄宿学校Phillips Exeter Academyへ進むと、マークは友人アダム・ディアンジェロとSynapseを作った。パソコンで聴いた曲から好みを学び、次に流す曲を選ぶ音楽プレーヤーである。[9]
誰にでも同じ曲を流す代わりに、その人が何を聴くかを手掛かりにする。音楽を順番に並べるだけでなく、使う人の行動を、次に出す物へ反映する仕組みだった。
2002年、マークはハーバード大学へ入った。ディアンジェロはCalifornia Institute of Technologyへ進んだ。高校で一緒に作ったソフトの話は、別々の大学へ進んだ後も続いた。[9][3]
同年9月にSynapseを公開した。7か月後、技術系ニュースサイトSlashdotで取り上げられると、企業から連絡が相次いだ。[9]
ある会社が提示したのは95万ドル(約1億円)。ただし、2人が3年間その会社で働く条件が付いていた。作品に払う金額と、作者のこれからの時間が、一緒に提示された。[9]
2人は断った。大学で学ぶことを優先した。特許取得にかかる1万2000ドル(約189万1200円)も分担し、Synapseは無料で配った。2003年秋に学生新聞の取材を受けたときも、マークは、コードを公開して他の人が改良できるようにする案を話していた。大きな会社へ時間ごと渡す以外にも、作ったソフトを広げる道を探した。[9]
04裏返しのTシャツで教室へ入る
名前を知らない学生が近くにいた

写真:The original uploader was Mancala at English Wikipedia./出典/Public domain (author release)。表示用サイズ・圧縮調整。
ハーバードは、同じ授業、食堂、寮で過ごす学生が密集する場所だった。見かけた顔でも名前は知らない。同じ講義を取る人を探したくても、紙の名簿だけではたどりにくい。大学全体の学生を自由に探せるオンラインの仕組みは、まだ整っていなかった。[10]
マークは、学生がどの授業を選ぶかを調べられるCourseMatchなど、身近な暮らしに使う物を作った。同じ授業を受ける知人がいれば、宿題を相談できる。画面上の情報を、次に教室で会う相手へ結び付けた。[7][10]
本人も、最初から人付き合いが滑らかな新入生ではなかった。ハリー・ルイスの計算機科学の授業へ遅れ、急いで着たTシャツが裏表も前後も逆だったことがある。タグが前へ出ていた。その日に声をかけてくれたのが、カンシン・ジン、KXだった。2人は一緒に課題を解き、KXは後にFacebookへ加わる。[2]
学生たちにはパソコンとネット接続があり、友人が新しいサイトを使えば、すぐに見に行けた。マークの作る物は、見知らぬ誰かを1人ずつ呼ぶ前に、隣の部屋から広がれる場所にあった。
05写真を勝手に順位付けする
Facemashへの反発
2003年秋、マークはFacemashを公開した。寮のオンライン名簿から取り出した顔写真を2枚ずつ並べ、どちらが魅力的か投票させた。写真を使ってよいか、写っている本人へ尋ねてはいなかった。[11]
リンクが学内のメーリングリストへ流れた。本人が示した数字では、訪問者450人、投票は2万2000回以上。クリックする人は集まったが、学生団体が強く抗議した。ラテン系学生の団体や黒人女性の団体は、容姿を比べる仕組みと、本人に断りなく写真を使うことを批判した。[11]
大学の管理委員会から呼び出された。問題は、セキュリティー、著作権、プライバシーだった。寮のサイトから写真を取る技術を、寮も本人も認めていない用途へ使った。サイトを閉じ、学生団体へ謝罪することになった。[12]
マークは退学にならず、大学へ残った。次に作るサイトでは、情報を載せる入口を変える。写真の持ち主が、自分で登録するようにした。[12][10]
退学の噂が連れてきた出会い
Facemashで呼び出された頃、友人たちはマークが大学を追い出されると思った。両親が荷造りを手伝いに来て、友人は送別会を開いた。処分が決まる前に、別れの準備が進んだ。[2]
その会にプリシラ・チャンがいた。2人はトイレを待つ列で出会った。マークは、自分がもうすぐ追い出されるかもしれないから、早くデートへ行こうと誘った。本人が後に卒業式で話した、恋の始まりだった。[2]
結局、大学には残り、プリシラとの交際が始まった。問題を起こしたサイトの後に、次のサービスと、長く続く関係が残った。
06大学の名簿を待てなかった
2月4日に開いたページ

写真:Ywu01/出典/CC BY-SA 3.0。表示用サイズ・圧縮調整。
2004年2月4日、19歳のマークは、学生寮Kirkland Houseの部屋からthefacebook.comを公開した。作業は約1週間。学生が写真、専攻、関心、所属を自分で登録し、知人を探してつながるサイトだった。[10][13]
登録にはハーバードのメールアドレスが必要だった。別の街の知らない人より、実際に廊下や教室で見かける相手を探す。自分でプロフィールを作るから、何を載せるかも自分で決められた。[10]
大学にも公式のオンライン名簿を作る計画はあった。マークは待たずに先に出した。公開から数日、2月8日までに650人以上が登録した。友人を探しに来た人が、別の友人が参加する理由になる。プロフィールを1つ増やすたび、その人を知る学生にも使い道が生まれた。[10]
初期の画面には、今のような大量の投稿も動画もない。知っている相手を追加し、同じ授業の人を探し、気軽な合図を送る。それでも、寮と食堂の人間関係に、もう1つ行き来する場所が加わった。[13]
サーバー代を出した友人
エドゥアルド・サベリンは、立ち上げに1000ドル(約15万7600円)を入れた。マークと2人で、少なくとも2か月は動かせると考えた。広告と事業を担った友人の金は、まだ利益のないサイトへ、止めずに動ける時間を与えた。[14]
ほかにも役割を持つ仲間がいた。共同創業者は、マーク、サベリン、ダスティン・モスコヴィッツ、クリス・ヒューズ、アンドリュー・マッカラムの5人である。モスコヴィッツは開発と運営を支え、ヒューズは利用者とのやり取りや外への説明へ関わり、マッカラムも初期の制作へ加わった。[15][16]
新しい学生が登録できるようにする。サイトを止めずに動かす。使う人の疑問へ答える。コードを書いた夜が終わっても、翌日にまた仕事が来る。友人たちは、画面を完成させるだけでなく、サービスを続ける仕事を分け合った。
2004年春、他大学へも広がった。世界中の誰でも入れる場を1度に作る代わりに、知人がいる大学ごとの範囲を増やした。大学を1つ開くと、そこにも同級生を探す人がいた。[13]
07先に頼まれていたサイトがあった
同じ大学の3人と争う
公開前、マークには別の開発の話があった。キャメロンとタイラーのウィンクルヴォス兄弟、ディヴィヤ・ナレンドラの3人から頼まれたHarvardConnection、後のConnectUである。[17]
3人は、協力すると答えたマークが作業を遅らせ、その間に自分のFacebookを作ったと非難した。何度も会い、多くのメールを交わしていたのに、自分たちのサイトは先に進まない。その間に、彼のサイトへ学生が集まっていた。[17]
マークは、関わり方や必要な作業について理解が違ったと説明し、盗んだという主張を否定した。学生同士の行き違いは、利用者が増えるにつれ、価値のある会社を誰が生んだかという争いになった。[17]
2008年、ConnectUをFacebook側へ渡し、現金とFacebook株式を受け取る和解に合意した。現金2000万ドル(約31億円)と株式を合わせ、当時約6500万ドル(約102億円)相当とされた。ウィンクルヴォス側は、その後、交渉時の株価評価などを問題にし、和解を取り消そうとした。[3][18]
2011年、米第9巡回区控訴裁判所は和解を有効とする判断を維持した。裁判で決まったのは合意の拘束力だった。アイデアを盗んだかどうかの本案を認定する判決ではない。両者が何年も争う間に、Facebookは、大学生の顔写真名簿から遠くへ進んでいた。[18]
08夏休みが終わっても帰らない
パロアルトの家へ移る

写真:Elaine Chan and Priscilla Chan/出典/CC BY 2.5。表示用サイズ・圧縮調整。
2004年夏、マークと仲間はアメリカ西部・カリフォルニア州の、Stanfordに近い技術企業の街パロアルトへ移った。借りた家に機械を置き、サイトを作り続ける。大学の休暇に合わせた滞在は、会社の拠点へ変わっていった。[19]
そこへ、音楽共有サービスNapsterを共同創業したショーン・パーカーも加わった。若くても、会社と投資家の関係を経験した人だった。初代社長となり、外部の人脈を、学生たちの会社へつないだ。[20][15]
ピーター・ティールの出資は、初期に約50万ドル(約7880万円)だった。友人同士でサーバー代を持ち寄る段階から、人を雇い、設備を増やす資金を持つ段階へ進む。2005年にはAccelから出資を受け、2006年にも追加の資金が集まった。[19][21]
マークは、カリフォルニアで会社を運営することを学んでいると、2005年の取材で話した。コードを書けば終わりではなく、雇い、払って、契約し、次に作る物を決める。授業の再開日に合わせ、利用者もサイトを休んでくれるわけではない。ハーバードへ帰る日は先へ延びた。[14]
友人の持分が薄くなる
サベリンとの距離も開いた。会社の中心がカリフォルニアへ移る中、彼はニューヨークでの仕事や大学に関わり続けた。金を用意して広告を扱う友人と、現地で開発を進める創業者。会社をどう動かすかで、同じ所に立たなくなった。[22]
新しい株式の発行などを伴う再編で、サベリンの持分は大きく薄められた。会社が何倍にも育っても、自分が所有する割合を削られれば、その成長を同じようには受け取れない。初めに1000ドル(約15万7600円)を出した友人は、会社の外へ押し出される形になった。[22]
双方は訴訟で争い、2009年に和解した。共同創業者としての名前と株式は残ったが、詳しい条件は公表されなかった。友人の出資で始まった会社は、その友人との権利を、後から法的に整理し直すことになった。[22][23]
09売らないと決めた後に孤独が来た
自分が間違っているのではないか
Yahooの買収提案が来た2006年、Facebookは数百万人が使う大学生中心のサービスだった。ティールの回想では売上は3000万ドル(約47億円)ほどで、利益は出ていない。10億ドル(約1576億円)という提示は、まだ実現していない将来へ、今の時点で値段を付ける話だった。[1]
マークは、近況を1人ずつ見に行かなくても、友人の情報が自分の画面へ集まるNews Feedを作っていた。出せば、人が世界を知る方法を変えられると思っていた。買い手へ渡すより、自分たちで次の機能を出したかった。[2]
彼は売らず、ティールも最終的にその判断を支持した。しかし、周囲との対立は消えなかった。ある助言者からは、売らなければ一生後悔すると迫られた。その後1年ほどで経営陣は入れ替わった。[1][2]
マークは2017年、母校の卒業生へ、この時期がFacebookを率いた中で最もつらかったと話した。自分は信じているのに孤独だった。さらに、何を作りたいかを十分説明しなかった自分の責任でもあった。自分は、世の中を知らない22歳の偽物なのではないかと疑った。[2]
売却を断った話は、後からなら、先を見通した創業者の勝利になる。しかし、当時の本人は、まだその答えを持っていない。会社を残すと決めても、一緒に残る人へ、同じ未来が見えているとは限らなかった。
10抗議のために人がつながる
74万人が反対した新機能
2006年、News Feedを導入した。友人が写真を変えたことや、新しい友人ができたことなどを、自分の画面へまとめて届ける。知りたい相手のページを、1つずつ巡る手間が減った。[24]
ところが、利用者には、行動を追われる機能にも見えた。プロフィールを開かなければ見つからなかった変化が、自動で周囲へ届く。公開済みの情報でも、誰かが探すのと、勝手に配られるのでは違う。[25]
抗議する学生たちは、Facebook上で反対のグループを作った。その1つは1週間もたたないうちに74万人を超えた。人をつなぐために出した機能へ、反対する人々が、その同じサービスで集まった。[24]
マークは謝罪し、行動が友人のフィードへ出るのを止める設定を加えた。News Feedそのものは残した。欲しい新機能を取り下げるのではなく、何を流すかを選ぶ場所を、後から利用者へ渡した。[24]
自分を信じた利用者への言葉
初期のFacebookには、情報を預ける人を軽んじたマークのチャットも残っていた。2010年、New Yorkerの記者は、その記録を確認し、本人へ質問した。マークは発言を後悔していると認め、多くの人が頼るサービスを作るには成熟が必要だと答えた。[7]
外での買い物まで流れる
2007年にはBeaconが反発を招いた。提携先のサイトで行った買い物などを、Facebookの友人へ知らせる機能だった。買う行為に、友人へ報告する行為が付いてくる。本人がその都度拒まなければ、伝えたくない私生活まで流れてしまう設計だった。[26]
マークは、機能の作り方と苦情を受けた後の対応を誤ったと謝罪した。明確に承認してから共有する方法へ変え、2007年12月には、Beacon全体を停止する設定も付けた。拒否された情報は、提携先から届いても保存しない。会社が速くつなげた情報の流れに、利用者が止める手順を入れ直した。[26]
1123歳の隣へ経営者が来る
広告と組織を担うサンドバーグ

写真:cellanr / Rory Cellan-Jones/出典/CC BY-SA 2.0。表示用サイズ・圧縮調整。
2008年3月、シェリル・サンドバーグがCOO、最高執行責任者として入った。Googleで広告販売と事業運営を担ってきた人である。営業、マーケティング、人事、広報、政策、プライバシーなどを受け持ち、マークへ直接報告する役割だった。[27]
写真を載せ、友人を追加する人が増えても、それだけでは世界中から届くアクセスに対応する費用は払えない。広告主へ、どんな人へ届くかを説明し、使ってもらい、また出稿してもらう。製品を作る仕事の隣で、サンドバーグはそれを事業として運営する仕組みを整えた。[28]
マークは、会社を動かすことをほとんど知らなかった23歳の自分へ、彼女が経営を教えてくれたと、後に書いている。広告事業の設計、採用、管理の文化。創業者が新製品へ進む間、会社を収益のある組織へ育てる仕事を、別の経営者が担った。[28]
12写真の居場所へ10億ドル(約1576億円)
Instagramをそのまま育てる約束
2012年4月9日、FacebookはInstagramを買うことで合意した。現金と株式で、発表時の対価は約10億ドル(約1576億円)。ケヴィン・シストロムとマイク・クリーガーが作った、写真を撮り、加工し、見せ合うアプリだった。[29][30]
Facebookでも写真は人気だった。しかし、スマートフォンから写真を見せるなら、別のアプリへ行く人がいる。自社にも写真機能があるというだけでは、その場所を取り戻せない。マークは、別の使われ方を育てた会社を、丸ごと傘下へ迎えることにした。
買収の発表では、InstagramをFacebookへ混ぜ込まないと約束した。ブランドと独自の人間関係を残し、ほかのサービスへ写真を出す機能も保つ。Facebookの設備と開発の力を使い、違う体験のまま育てる方針だった。[29]
シストロムの会社を傘下へ迎える

写真:TechCrunch Photo by Max Morse for TechCrunch/出典/CC BY 2.0。表示用にサイズ・圧縮を調整。
シストロムとクリーガーが育てた写真の場所は、Facebookの中で大きくなった。会社は、友人との近況交換以外の使い方も、別のアプリで受け止められるようになった。自分たちのFacebookが古くなっても、会社まで同時に終わらせない。そのための柱が加わった。[31]
この取引は、後に競争当局から逆の意味を問われる。育てるために買ったのか、独立して競う相手をなくすために買ったのか。10億ドル(約1576億円)の写真アプリは、成功した投資であるだけでなく、会社の分割を求める訴訟の対象にもなった。[32]
13上場の翌日に結婚する
1株38ドル(約5,988円)の出発

写真:LPS.1/出典/CC0 1.0。表示用サイズ・圧縮調整。
2012年5月18日、Facebookは株式を公開した。公募価格は1株38ドル(約5,988円)、会社の評価は1000億ドル(約15兆7600億円)を超える規模になった。マークは28歳だった。[33][34]
市場へ株式を出しても、決定権は手放さなかった。公開する株式と自分が持つ株式では、1株の議決権が違う。他の株主との合意も使い、上場時には約55.9%の議決権を行使できた。大勢の株主から資金を得ながら、重要な方向は自分で選べる形を残した。[33]
しかし、買い手が付き、鐘を鳴らしても、次の業績は決まらない。会社が公表した書類には、急速に増えるスマートフォンの利用から、まだ十分な売上を得られていないという危険が記されていた。[33]
自宅へ来た客は卒業祝いだと思っていた
2012年5月19日、上場の翌日にマークはプリシラと結婚した。パロアルトの自宅へ来た100人に満たない客は、プリシラの医学部卒業を祝う集まりだと思っていた。2人は結婚を知らせ、Facebookのプロフィールも既婚へ変えた。[35]
トイレの列で出会った学生は、医師になる道を進んだ。マークの会社が急に値段を付けられる週に、彼女にも卒業という区切りがあった。他人の節目を共有する場所になったFacebookで、2人は自分たちの節目も伝えた。[35][36]
14使われるほど広告が減る危機
ポケットの中で稼ぎ直す
人はパソコンの前を離れ、手のひらの画面でFacebookを使うようになった。友人とつながる時間は増えても、パソコンの脇へ置いた広告が同じように見られるわけではない。使われ方が変われば、収益を生む画面も作り直さなければならなかった。[33]
上場後、株価は下がった。2012年7〜9月期には17.55ドル(約2,765円)まで下がり、公開価格38ドル(約5,988円)の半分を下回った。将来への期待へ、モバイルで稼げるのかという疑いが重なった。[34]
マークは、スマートフォンを中心にする方向へ事業を変えた。小さな画面で快適に使え、投稿を読む流れの中でも広告が届く形を作る。以前のページを縮めて持ち込むだけでは、利用者の時間へついていけない。[37]
2013年4〜6月期、モバイル広告は広告収入の約41%になった。売上は約18億ドル(約2836億円)、前年同期比53%増。翌2014年の同じ四半期には、広告収入の約62%をモバイルが占めた。[37][38]
Facebookの人間関係は、端末が変わっても、人々が戻ってくる理由だった。その時間へ広告を届け直したことで、スマートフォンは、売上を奪う脅威から、稼ぐ場所へ変わった。
15会話に190億ドル(約2兆9944億円)の値段が付く
コウムとアクトンのWhatsApp

写真:Tech.eu Photostream/出典/CC BY 2.0。表示用にサイズ・圧縮を調整。
2014年2月19日、FacebookはWhatsAppの買収を発表した。ヤン・コウムとブライアン・アクトンが作った、ネットで文字や写真を送り合うメッセージアプリである。離れた国の家族や友人へも、携帯電話の短文メッセージに代えて連絡できた。[39][40]
発表した対価は、現金40億ドル(約6304億円)と株式約120億ドル(約1兆8912億円)。さらに創業者と従業員へ、4年間で権利が確定する約30億ドル(約4728億円)分の株式報酬を付けた。合わせて190億ドル(約2兆9944億円)として知られる取引には、買った後も人が残って働くための金額も含まれていた。[39]
月に使う人は4億5000万人を超え、その約7割が1日に使った。きれいな写真を見に行くのとは違い、会話の続きがあれば戻らなければならない。FacebookのMessengerと重なる機能があっても、すでにその場所へ集まった人の関係は、簡単には移らなかった。[39]
広告を入れないという約束
コウムは買収の発表時、WhatsAppは独立して続き、会話を邪魔する広告は入れないと利用者へ伝えた。巨大な広告企業に買われても、使う場所は変わらないという約束だった。[40]
Facebookもブランドを残し、コウムを取締役へ迎え、Messengerとは別に運営すると発表した。Instagramに続き、別の創業者が集めた人々を、別のアプリのまま持つ会社になった。[39]
金額の大きい買収が続いても、その後に毎日画面を開く人が気にするのは、自分と友人の間に何が入るかだった。創業者が残した約束も、親会社の中へ一緒に入った。
16次の画面には20億ドル(約3152億円)
Oculusの試作機へ賭ける
2014年3月25日、FacebookはOculusを買うことで合意した。約20億ドル(約3152億円)の対価に、条件を達成した場合の追加対価もあった。WhatsAppの発表から、約1か月後だった。[41]
Oculusは、頭に着けた機器の中へ映像を映し、仮想の場所にいるように感じさせる技術を作っていた。開発者向けの試作機には関心が集まっていたが、大勢が日常的に使う市場はまだない。マークは、ゲームから、遠隔の授業や仕事、人との交流へ広がる可能性を買った。[41]

写真:Sebastian Stabinger/出典/CC BY 3.0。表示用にサイズ・圧縮を調整。
スマートフォンのアプリを1つ試すのとは違う。機械を買い、頭へ着け、そこに入り続ける理由を見つけてもらう必要がある。InstagramやWhatsAppで買ったのは、すでに人がいる場所だった。Oculusでは、人を招く機械と、その先の場所を作る仕事を引き受けた。
AppleとGoogleの外へ出たい
モバイルで大きく稼げるようになっても、そのアプリを配る仕組みはAppleやGoogleが握っていた。何を配れ、どの情報を広告に使えるか。Facebookが使いたくても、他社の判断で条件が変わる。上場時の書類にも、この依存は危険として載っていた。[33]
マークは後に、Appleの制約の中でサービスを作った経験が、次の技術をどう作るかへ影響したと書く。自社の根幹を、競争相手がいつでも条件を変えられる場所へ置きたくない。その考えは、仮想現実からAIまで続く。[42]
写真を見せるアプリの会社が、次の機械を作る会社へ進む。まだ市場が小さくても、自分たちで入口を持てるなら、長く投資する理由になった。
17娘へ株式99%の使い道を約束する
喜びだけを書いた投稿ではなかった
2015年7月、マークはプリシラが女の子を妊娠していると公表した。同じ投稿で、それまでに3回の流産を経験したことも明かした。[43]
子どもができると分かると、どんな人になるかを考え、将来の計画を立てる。それが失われる。マークは、その経験の孤独を、自分のFacebookへ書いた。周囲と距離ができるのではないか、自分たちに何か問題があると思われるのではないかと、話せずに抱えることにも触れた。[43]
知られることを自分で選び、喜ばしい発表の中へ、それ以前に起きたことも載せた。超音波画像では、子どもが親指を立てているように見えたとも書いている。自分に似たのだと喜ぶ、父になる人の冗談もあった。[43]
夫婦で書き直した手紙
2015年、第1子マックスの誕生に合わせ、マークとプリシラは娘への手紙を公開した。人の可能性を広げ、機会を平等にするため、生涯を通じて保有するFacebook株式の99%を使うと約束した。[44]
病気の治療、1人ずつに合う教育、ネットへの接続、地域社会。会社の価値を、娘が大人になった先も続く仕事へ向ける。Chan Zuckerberg Initiative、CZIが、そのための器になった。[44]
2人は出産の直前まで、手紙を直した。プリシラは医師として家族に接し、マークは技術を作ってきた。違う仕事をしてきた夫婦が、子どもへ何を残し、持っている物を何に使うかを、同じ文章へ書いた。[45]
会社を売らずに残したことで育った資産を、今度は別の目的へ長く使っていく。それでも、Metaの経営を決める権限は、引き続きマークの側にあった。
18アプリを使わない友人の情報も渡る
性格診断の向こうにあったもの
2018年、Facebookで集めた情報が、政治向けの分析会社Cambridge Analyticaへ渡っていた問題が大きく報じられた。研究者アレクサンドル・コーガンが関わった性格診断のアプリが、入口になっていた。[46]
アプリへ参加した人は、数問の質問へ答えるつもりかもしれない。しかし当時の仕組みでは、その人だけでなく、友人の情報へもアクセスできた。自分はアプリを使っていなくても、つながっている誰かの操作が、自分の情報の行き先を変えてしまう。[46]
アプリは、個人を特定できる情報を集めないと説明していた。FTCは、その説明に反して、Facebookの利用者IDなどを集めたと認定した。名前を抜いても、アカウントへ結び付く番号があれば、誰の情報かをたどれる。[46]
外の開発者へ機能を開き、利用者ができることを増やした仕組みが、本人のいない所へ、本人の情報を運んだ。登録するときに自分で写真を選べるようにしただけでは、その後の流れまで管理できなかった。
最大8700万人を調べ直す
2018年4月、Facebookは、最大8700万人の情報がCambridge Analyticaへ不適切に共有された可能性を発表した。会社が当時調べ、公表した影響範囲の推計である。[47]
誰が直接アプリを使ったかだけでは、範囲を数えられない。その人の友人へ広がる仕組みがあったからだ。Facebookは外部アプリが得られる情報を制限し、使われていないアプリのアクセスを止め、影響を受けた可能性のある人へ知らせる対応を進めた。[48]
新しい機能なら、公開すれば利用者へ届く。外へ出た情報は、同じ操作で取り戻せない。何がどこへ渡ったかを調べ、相手へ削除を求め、本人へ知らせる。会社は、広げるときとは違う仕事を、後から引き受けることになった。
19謝罪には50億ドル(約7880億円)が続いた
以前にも命令を受けていた
Facebookは、初めてプライバシーについて約束を求められたわけではなかった。2011年に提案され、2012年に確定したFTCの命令で、情報をどう保護するかについて利用者を欺かないことなどを求められていた。[49][50]
2019年7月24日、FTCは、Facebookがその命令へ違反したとの申し立てを解決すると発表した。会社は50億ドル(約7880億円)の制裁金と、新たな監督の仕組みへ合意した。[51]
取締役会でプライバシーを監督し、独立した評価を受け、経営幹部が報告する。新しい製品を作るたびに情報の扱いを確かめる仕事を、経営の仕組みへ入れる。支払う金額のほかに、会社の決め方も変える和解だった。[51]
Facebook側も、言葉だけでなく、プライバシーの扱いを根本から変える行動を示すと説明した。ユーザー数を増やす画面を作る人と、その画面が誰の情報を外へ出すかを確かめる人を、同じ製品の仕事へ組み込む必要があった。[52]
知っていた危険を仮定として書く
同じ日、SEC、米証券取引委員会も、Facebookとの1億ドル(約157億円)の和解を発表した。利用者の情報が不正利用されたと2015年に知りながら、2年以上、それを将来起こり得る危険のように投資家へ説明したという申し立てだった。Facebookは認否を留保したまま合意した。[53]
情報を集める会社が、自分たちの知っている問題を、外へどう伝えていたか。利用者に対する説明と、株を買う人への説明が、同じ日に問われた。会社は金を支払い、監督と報告を求められる体制へ進んだ。それでも、会社の顔として謝るだけでは終わらない段階へ来ていた。
20内部を知る社員が議会へ出る
何を見せると人は戻ってくるか
2021年10月、元社員フランシス・ハウゲンが米議会で告発した。社内文書や調査を示し、Facebookが若者の安全や人々の幸福より利益を優先していると訴えた。外から使って不満を持った人ではなく、中の仕事を知る人が、その資料を持って出てきた。[54]
問題にされたのは、悪い投稿が残っているということだけではなかった。何を目立たせれば注意を集めるか。どの順に並べれば、もう1度画面へ戻ってくるか。投稿を並べる仕組みが、人の行動と、広告を見てもらう時間の両方へつながっていた。[54]
マークは、利益を安全より優先しているという見方を否定した。会社が何を調べ、何を知り、どの変更をしたかを巡り、説明は対立した。ハウゲンは、議決権を握る本人を止める人がいないことも批判した。[55][54]
若い頃、売らずに続けるための力は、次の製品を出す時間を作った。何十億人が使う段階では、本人が信じる方向を、ほかの誰が止められるのかという問いにもなる。社内の資料を持つ元社員は、その方向へ正面から異議を唱えた。
21Facebookという社名を外す
画面を見るのではなく中へ入る
2021年10月28日、マークは会社の新しい名前Metaを発表した。友人とつながるFacebookアプリは、その名前のまま残る。会社全体は、仮想空間で人と会い、働き、遊ぶメタバースへ向かうと掲げた。[56][57]
写真や文章を眺めるのでなく、離れた相手と同じ場所にいるように感じる。現実の景色へ情報を重ねる。Oculusへ投資してからの研究を、会社の将来の中心へ据えた。[56]
次の10年のうちに10億人へ届くことも、目標に挙げた。まだ1週間で学生が集まったFacebookとは違う。機器を作り、開発者に別の体験を作ってもらい、人がそれを着けて過ごす理由を増やす。長く待たなければならない市場だった。[56]
アプリの事業と、機器や仮想空間の開発は、分けて業績を示すようになった。何が金を生み、何へ金を使っているかが、外からも見える。名前を変える決断の後には、その金額を見られ続ける時間が来た。[57]
22未来を待つ間に社員を減らす
1年で137億ドル(約2兆1591億円)の営業赤字
2022年、Reality Labs部門は約137億ドル(約2兆1591億円)の営業損失を出した。仮想現実や拡張現実の機器、ソフトウェア、コンテンツを扱う部門全体の数字である。同年は会社全体の売上も、前年を約1%下回った。[58]
まだ広く使われていない製品へ、大きな金を出す。長期の開発で赤字は想定していても、既存の広告事業が期待どおりに伸びなければ、待つための余裕も減る。未来への投資と、今の組織の大きさを同時に支え続けられるかが問題になった。
2022年には、サンドバーグもCOOを退いた。マークは送別の文章で、14年前の自分が会社の運営をほとんど知らず、彼女に経営を教わったと記した。長く会社を分担してきた相手が、毎日の役割を離れる年でもあった。[28][59]
2022年11月9日、マークは1万1000人を超える人員削減を発表した。コロナ禍で増えたオンライン消費が、その後も続くと見込んで投資を増やした。しかし、そうはならなかった。彼は判断を誤ったと認め、自分が責任を取ると書いた。[60]
退職の通知とメール1日分
米国の対象者へ示したのは、基本給16週分に、勤続1年ごとに2週分を加える補償だった。医療保険費用は本人と家族の6か月分、転職支援は3か月分。就労ビザで滞在する人には、移民手続きの支援も用意した。会社を辞めることが、治療や住む国にも及ぶ人がいた。[60]
多くの対象者は、その日に社内システムへ入れなくなった。ただし、同僚へ別れを告げられるよう、メールだけは1日使えるままにした。成長のために採用した人へ、今度は去るための案内を送る。採用担当の組織も、とくに大きく削られた。[60]
2023年3月には、さらに約1万人を減らし、未採用の約5000のポストも閉じる計画を発表した。効率化の年として、管理の階層を減らし、優先度の低い仕事をやめる。会社を広げるために増やした組織を、今度は、動きを速くするために縮めた。[61]
会社は、減速の原因として景気、競争、広告に使う情報の変化も挙げていた。マークが読み違えたのは、新技術の普及だけでなく、既存事業がどの速度で伸び続けるかという見通しでもあった。[60]
23傍聴席の家族へ謝る
2024年の公聴会
2024年1月31日、米上院の公聴会で、ザッカーバーグは子どもの被害を訴える家族へ謝罪した。ジョシュ・ホーリー議員に、その場で家族へ謝るつもりはあるかと促された後だった。[62]
彼は、家族が経験した苦しみについて謝り、誰もそのような経験をすべきではないと述べた。そして同じ被害を防ぐため、引き続き安全対策へ投資すると話した。[62]
議員は、被害者へ補償したかとも尋ねた。マークは、自分たちの仕事は人々を守る道具を作ることだと答えた。議員が個人として責任を負うのかと迫ると、会社と自分の役割を、安全のための技術と仕組みを作ることとして説明した。[62]
作って直すという答えを返す創業者の前に、すでに起きた被害を訴える家族がいた。これから安全にする仕事と、過去に起きたことへどう応えるかが、同じ場で向き合った。
24今度はAIを配る側へ進む
他社の入口を通らず作れるもの
2024年7月、マークはAIを広く使える形で提供する方針を説明した。MetaのLlamaは、文章などを扱う大規模AIモデルで、開発者が利用条件の下で自分の用途へ調整し、自分の設備でも動かせる。[42]
モデルへアクセスするたびに、競争相手の会社の判断へ依存する形を避ける。周囲にも使う企業と開発者が増えれば、運用の道具や改良が広がり、自分たちにも使いやすくなる。AIへのアクセスだけを売る商売ではないMetaには、配る側へ回る理由があった。[42]
彼の文章には、Appleの制約の中で作ってきた経験も出てくる。技術を持っていても、その入口を別の会社が握れば、出せる製品の範囲まで変わる。AIで同じ場所へ入らないため、Meta自身が使える基盤と、その周囲の開発者を広げようとした。[42]
Metaはこの戦略をオープンソースと呼ぶ。ただし、利用条件があり、全ての学習データや技術が無条件に公開されるわけではない。使う人へ開く範囲も、提供する会社が選んだ範囲だった。[42]
1人ずつが持つ超知能
2025年7月30日、マークは、個人向けの超知能を全ての人へ届けたいと書いた。人の能力を広く超える将来のAIを、少数の専門家だけでなく、個人が自分の目標を進めるために使う構想だった。[63]
見ている物を一緒に理解し、1日を通じて話しかけられる眼鏡型の機器も示した。全員を仮想空間へ移す形に加え、現実を見ながら、自分を助けるAIを持ち歩く形へ進む。人と人をつないだ会社が、今度は、本人と一緒に働く存在を作ろうとしていた。[63]
一方、強力なAIには新しい安全の懸念があり、何を公開するかは慎重に選ぶ必要があるとも記した。広く使えることと、全てを渡すことの間で、会社は次の境界を決めようとしていた。[63]
25買った会社を分けるのか
InstagramとWhatsAppが法廷へ残る
2020年、FTCは、FacebookがInstagramとWhatsAppを買い、競争上の脅威を取り除いて独占を維持したと訴えた。求めた救済には、買った事業を切り離すことも含まれた。学生時代に会社を売らず、他社を買う側へ回ったマークへ、今度は買った会社を返すよう求める争いになった。[32]
Metaは、激しい競争の中でサービスを育ててきたと反論した。Instagramの10億ドル(約1576億円)も、WhatsAppの190億ドル(約2兆9944億円)も、発表当時には大きな賭けだった。それを投資して育てた成果と見るか、独立した競争相手をなくした行為と見るかが、法廷で争われた。[31]
2025年11月18日、連邦地裁はMetaの勝訴とした。2つのサービスを分けるというFTCの要求は、一審では認められなかった。[64]
2026年1月20日、FTCは控訴した。Metaは一審に勝っても、買収の正当性を巡る争いを続けることになった。人々が長く使ってきた写真と会話の場所は、そのまま会社に残り、会社の形を変えるかどうかが、次の審理へ移った。[65]
26表現の自由へ舵を切る
米国のファクトチェックを変える
2025年1月、Metaは米国で、第3者によるファクトチェックを終了し、利用者が情報へ補足を加えるCommunity Notesへ移る方針を発表した。政治的な話題などへの制限も緩め、違法な内容や重大な危害への対応へ力を集中するとした。[66]
会社は、削除や制限の誤りが増えすぎ、表現を止めてきたと説明した。専門家による検証から、利用者の補足へ。何を信用するかを考えるとき、誰の説明が画面に出るかを変える判断だった。[66]
投稿を減らせば、話したいことを止められた人がいる。残せば、その情報で傷つく人もいる。Facebookを開いた学生が選んだのは、自分のプロフィールに何を書くかだった。今の会社は、その後に続く無数の投稿についても、何を配り、何を止めるかを決める場所になっていた。
若者保護を巡る巨額の合意
2026年8月、Metaは、若者の精神的健康とソーシャルメディアを巡る訴訟を解決するため、52人の司法長官との合意へ進んだ。同年7〜9月期の決算資料は、支払額を最大約185億9000万ドル(約2兆9297億円)と説明した。[67]
同じ資料で、当期に計上した関連費用は98億9000万ドル(約1兆5586億円)だった。支払う上限の金額と、その四半期に費用とした額は違う。会社が新しい技術へ投資する横で、過去から続く利用者保護の問題も、大きな支出になった。[67]
2024年の公聴会で家族へ返した答えは、これから安全にする道具を作ることだった。2026年には、会社の仕事に、訴訟を解決するための合意と支払いも重なった。
27今度は行動を任せてもらう
Museが預かる予定と仕事
2026年9月8日、Metaは個人向けAIエージェントMuseを発表した。質問へ答えるだけでなく、ウェブ上で作業し、計画を立て、日常の仕事を進めるサービスだった。[68]
買い物やメール送信のような重要な行動には、利用者の確認を求める。どのサービスへ接続し、何を許すかも本人が選ぶ。写真を預かり、人へ見せることから、本人の代わりに何かを行うことへ、任される範囲が近づいた。[68]
Metaは、Museの会話と専用環境のデータを広告システムへ共有しない方針を示した。さらに、Meta自身にも中身を読めなくするConfidential VMは、年内に提供する予定とした。発表時の約束と、これから実装する仕組みが並んでいた。[68]
友人が参加したアプリから、自分の情報も渡ってしまった会社が、今度は、利用者のためだけに働く環境を提案する。何にアクセスしたか、何を実行する前に止まるか。新しいサービスの便利さには、その1つ1つを確かめられる仕組みが必要になった。
646億ドル(約10兆1809億円)を稼ぐ四半期
2026年10月21日公表の7〜9月期決算で、Metaの売上は約646億ドル(約10兆1809億円)だった。日々アプリ群を使う人は、9月平均で約36億4000万人。Facebookだけでなく、複数のサービスをまたぐ人の数である。[67]
一方、Reality Labsの同じ四半期の営業損失は約41億ドル(約6461億円)。会社は翌年、その損失を狭め、AIなどへ資金を振り向ける考えを示した。会社名を変えた先の仕事も、同じ量の投資をいつまでも続けるとは限らなかった。[67]
直前の4〜6月期には、設備投資が約311億ドル(約4兆9013億円)になっていた。AIへ進むには、半導体、建物、電力が要る。画面上へ新しい機能を加える前に、巨大な計算設備へ支払いをする。友人の1000ドル(約15万7600円)でサーバーを動かした会社は、四半期ごとに巨大な計算設備へ資金を出す会社になった。[69]
28最後まで決定権を残す
税金に備えて株式を変える
2026年10月、Metaは新たな非議決権のClass C株式を設ける計画を明らかにした。カリフォルニア州の富裕層課税案が可決された場合、マークが株を売って税を払っても、議決権を失わずに済む形だった。[70]
本人は州外への移住も検討していた。会社は、カリフォルニア、あるいはMetaが本社を置く場所へ8年間住み続ける約束と引き換えに、議決権のない株式を売れる余地を作る。計画された株式発行は2027年1月。課税案の投票も、発表時点ではまだ先だった。[70]
個人の納税と居住地が、会社の株式設計を動かす。株を売り、持つ経済的な取り分を減らしても、会社を決める力は残す。そのために、別の種類の株を使おうとしていた。
Forbesが2026年10月30日付で示した推定純資産は約2146億ドル(約33兆8209億円)だった。金額は株価とともに動くが、マークが持ち続けようとするのは、金額だけではなかった。[71]
作る人が決める範囲
22歳で10億ドル(約1576億円)を断ったとき、マークは、金を手にした後も同じようなサービスを作るなら、今ある物を続けたいと考えた。会社を残したから、News Feedを出し、InstagramとWhatsAppを買い、次の機械とAIへ資金を出せた。
その途中には、会社を離れた友人、反対するグループを作った学生、情報を奪われた可能性を知らされた利用者、職を失った社員、被害を訴える家族もいた。彼が作ったサービスへ集まった人は、彼の作りたい物に、いつも同意していたわけではなかった。
少年のZuckNetでは、父と家族が、自分のいる部屋からメッセージを送った。今のMetaでは、何十億人もの人が、本人の知らない所で投稿し、買い、会話し、何かを任せる。作る人の目から離れたところでも、その人たちの生活は続く。
マークは会社を売らず、決定権を持ち続けた。だから、その先に何を作るかだけでなく、どこで利用者の返事を待つかも、彼の経営の一部になっている。
参考文献・出典 71件
本文の番号に対応する資料です。本人・関係者のインタビュー、当時の取材、企業の発表を参照しています。
- Inc.:Peter Thiel Talks About the Day Mark Zuckerberg Turned Down Yahoo’s $1 Billion(2013年、当事者の講演取材) ↩ 本文
- Harvard Gazette:Mark Zuckerberg’s Commencement address at Harvard(2017年5月25日、本人原稿) ↩ 本文
- CNN Editorial Research/KESQ:Mark Zuckerberg Fast Facts(2026年5月4日) ↩ 本文
- The New Yorker/John Cassidy:Me Media(2006年5月8日) ↩ 本文
- Dentaltown:Office Visit, Face to Face with Dr. Edward Zuckerberg(2012年5月) ↩ 本文
- Dental Products Report:父エドワード・ザッカーバーグへのインタビュー(2012年) ↩ 本文
- The New Yorker/Jose Antonio Vargas:The Face of Facebook(2010年9月13日) ↩ 本文
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- Forbes:Mark Zuckerberg、推定純資産2146億ドル(2026年10月30日表示を本文で確認) ↩ 本文
写真の作者・利用条件・撮影年は各画像の下に記載。取材資料と写真の出典は別々に確認できます。
※ 円換算は2026年11月2日確認のWise表示値(1米ドル=157.6円)を使用。取引当時の為替や物価・購買力を再現するものではありません。 為替出典:USD
本文更新:2026-11-02



