THE STORY
ムケシュ・アンバニの物語
選んだ道。その先で、起きたこと。
01石油の街に生まれ布の商売で育つ
アデンからインドへ
地理データ:Natural Earth(パブリックドメイン)。現代の地理と都市の代表位置。出生宅・移動経路ではありません。編集部作図。
1957年4月19日、ムケシュ・アンバニはアラビア半島南西部の港町アデンで生まれた。現在のイエメンにあり、当時はイギリスの直轄植民地だった。石油と船が行き交う港で父が働いていたころ、息子の名を冠した巨大な企業帝国はまだ影もない。家族はムケシュが幼い間にインドへ移り、新しい商売を始める。[1]
父ディルバイが勤めていたA. Besseは、アデンで貿易などを営む会社だった。父は燃料を扱う仕事を経て帰国し、繊維の商売へ乗り出す。外国の港で雇われていた男が、自分の判断で仕入れ、売り、資金を回す側へ移った。その会社がReliance Industriesへ育っていく。ムケシュの幼年期は、父の事業が大きくなる時間と重なった。[2][3]
アイスクリームのため海へ飛び込む父
船の上で、海岸まで泳げたらアイスクリームをあげるという冗談が出た。ディルバイは海へ飛び込んだ。アイスクリームのために、である。母から聞いたこの逸話をムケシュは後のインタビューで紹介している。家族の中に残った父の姿は、いつも慎重に計算してから動く立派な経営者像だけではなかった。周りが冗談で済ませる場面で、本当に飛び込んでしまう人でもあった。[4]
父が海外の港で知ったのは、燃料がどこから来て、どう運ばれ、誰に渡るかという商売だった。船や航空機が動くたびに燃料は要る。その流れに身を置いた後、父はインドで布の商売を始めた。息子はやがて、その布を生む原料をたどり、父が働いていたころとは桁違いの量の石油を扱うようになる。だがそこへ至るまでには、まだ工場を1つずつ動かす長い時間が残っていた。[4]
勉強以外を教える家庭教師
家庭教師はいた。ただし学校の勉強を教えるためではない。父が兄弟のために雇ったマヘンドラバイ・ヴィヤスは、スポーツや街歩き、田舎でのキャンプへ子どもたちを連れ出した。机に向かう時間を増やす代わりに、机から離れた場所へ送り出す。父自身は学校行事へ熱心に通う親ではなかったが、子どもが何を経験するかには、こうして手をかけた。[5]
人間関係にも、このころから続くものがある。小学6年からの友人アナンド・ジャイン。大学で知り合うマノジ・モディ。家業に入れば父の部下に囲まれることになるが、仕事をする仲間のすべてが父から渡されたわけではなかった。子ども時代や学生時代にできた関係が、後の大きな決断の近くにも残っていく。[5]
02Stanfordを途中で離れる
布からその原料へ
ムケシュは化学工学を選んだ。学んだのはインド西部・マハーラーシュトラ州の商業都市ムンバイにあるUDCT、現在のInstitute of Chemical Technologyだ。父の商売は繊維。息子が学ぶ化学は、布になる前の糸や素材へつながる。その後アメリカへ渡り、Stanford UniversityでMBAの勉強を始めた。化学を学んだ青年の前に、今度は経営を学ぶ道が開いた。[6]
修了する前に父が呼び戻した。1981年、Relianceでポリエステル事業に加わる。大学の課程はまだ終わっていない。だがインドでは、父の会社が実際の工場を建てようとしていた。学位を取ってから戻るのを待つのではなく、進み始めた計画へ途中から飛び込む。ムケシュは教室を離れ、製品が本当に出てくるまで責任を持つ仕事へ向かった。[3]
上司の隣に座る後継者
取締役会には1977年から加わっていた。それでも帰国後の仕事には上司がいた。経験を積んだラスィクバイ・メスワニである。ムケシュはその隣で学び、仕事を報告した。創業者の息子という肩書きは、完成していない設備を動かしてくれない。人の配置や資金の使い方、どこで問題が起きるのかを、すでに現場を知る人から覚える必要があった。[6][5]
父は若い息子をパートナーのように扱った。一方で、その息子が座るのは実務を教えてくれる上司の隣だった。大きな期待をかけられながら、細かな仕事では教わる側へ戻る。Stanfordで経営を学んでいた青年は、家業に入った途端、知っているつもりでは済まない設備と人を相手にすることになった。[5]
0315か月で工場を動かす
輸入していたものを作る
1982年11月1日、パタルガンガのポリエステル長繊維工場が動き始めた。場所はインド西部・マハーラーシュトラ州の工業地帯。アメリカの化学企業DuPontと技術面で協力し、工業許可から15か月で稼働へこぎ着けた。そして96時間で生産能力いっぱいに達した。4日間だ。現場に並べてきた設備が、売り物になる糸を吐き出し始めた。[7]
それまでは外から買っていた原料を、自分たちで作れる。糸を仕入れるたび相手の都合を受け入れる立場から、自分たちで供給する立場へ進んだ。ただし工場が完成するまでは、商品は出ない。設備代も人件費も先に出ていく。稼働までの15か月を越えなければ、糸から布へつながる父の大きな構想も、売上にはならなかった。
工事中、ムケシュは現場のトレーラーに泊まった。融資を担当したK・V・カマートが後に語ったのは、細かなことを学び、工場の立ち上げへ深く入っていく若者の姿だった。夜を過ごす場所まで建設現場へ移す。アメリカで学位を取る生活から帰ってきた先で、彼は設備が完成する日を現場から待った。[8]
次の工場も待っている
続いて進めたのは、ポリエステル短繊維の設備だった。長いまま使う糸とは別に、綿などと混ぜて使える短い繊維も自分たちで供給する。年4万5000トンの生産能力を持つ計画を、会社は年次報告書で取り上げている。最初の工場が動いたからといって、ムケシュの仕事に区切りが付くわけではなかった。次には、違う素材を作る現場が待っていた。[9]
同じ繊維の商売でも、扱う工程が増えるたびに問題は変わる。必要な原料も、設備も、製品を買う相手も違う。父の会社へ入った若者が覚えるのは、完成した商売をそのまま守る仕事だけではなかった。まだ動いていない計画へ先に金と人を入れ、次の事業にしていく。その繰り返しが、やがて製油所や通信網へも広がっていく。
Mercedesを降り2階建てバスへ
仕事の外でも、父は息子の人生へ入ってきた。ニタのもとへディルバイ本人から電話があったとき、大学生の彼女はいたずらだと思って切った。もう1度かかってきても、簡単には信じない。父が電話に出て、ようやく本物だと分かった。後にアンバニ家を代表する顔になるニタと一家の接点は、そんな電話から始まった。[10]
ムケシュは交際中、Mercedesでやって来た。ニタが選んだのは2階建てバスだった。彼女が好きな最前列に座り、海を見る。大きな車が用意されていても、相手が過ごしたい時間は別にある。後に桁外れの邸宅や祝宴を取り仕切る彼女は、若いムケシュを、自分が知っている街の楽しみ方へ連れ出した。[10]
04工場だけでなく帳簿まで流れる
パタルガンガの洪水
1989年7月24日、サイクロンによる洪水がパタルガンガを襲った。設備が傷み、生産が止まる。被害は工場の機械だけにとどまらなかった。帳簿と記録も破損し、失われていた。何を買い、何を作り、どれだけ持っていたのか。会社の仕事を数字でたどる、その手掛かりまで水に奪われた。[11]
まず機械を直す。しかし機械が再び動いても、なくなった取引の記録は戻ってこない。残っている資料を集め、損害を確かめ、保険の請求を進める。再稼働を急ぐ現場の後ろで、会社がそれまでしてきた仕事を1つずつ確かめ直さなければならなかった。大きな設備を持つ会社は、壊れた設備だけを見ていれば立ち直れるわけではなかった。
復旧の物語は再稼働で終わらない
その仕事は翌年の監査報告にも残る。洪水と倉庫火災の後、記録の照合や固定資産の確認が問題になっていた。工場が動いたという知らせだけでは、復旧は終わらない。生産の数字を再び積み上げながら、被災前の数字を確かめる仕事も続いていた。[12]
パタルガンガで復旧を続ける一方、Relianceは次の設備も増やした。繊維の原料の先へ、新たな工業地帯で仕事が始まる。
次の現場ではプラスチックも作る
1990年代初め、ムケシュが副会長を務めるRelianceは、インド西部・Gujarat州の港湾工業地帯Haziraでも設備を増やした。Patalgangaが繊維やその原料の拠点なら、こちらではプラスチックと石油化学へ広げる。1991年度の年次報告には、ポリエチレンやポリプロピレンの大きな工場計画が並んだ。
ポリエチレンやポリプロピレンは、袋や容器、生活用品などの材料になる。布を買う客の先に、包装やプラスチック製品を作る客が加わった。ムケシュが向き合う生産の仕組みも、1つの土地に収まらなくなる。父が会社全体を率いる下で、息子の担当する工場は違う素材を作り、違う市場へ製品を送り始めた。最初の工場で覚えた仕事を、より広い範囲でやり直す段階に入った。[13]
原料を自分たちの船で運ぶ
Haziraでは、工場の外側の仕事も増えた。1992年度の報告によると、原料のエチレンを海から運ぶために、自社の船3隻を使った。さらに別の原料も海路で運ぶため、船の取得や接岸設備の拡充を進めていた。原料を買う契約だけでなく、それが岸へ届き、工場へ入るところまで整える必要があった。
Haziraでできた繊維原料は、別の工場へ送る。行き先は、自社のポリエステルを作るPatalgangaだった。余った分は他の製造業者へも売った。ITOCHU Corporationと組む樹脂事業も進める。船が原料を運び、ある工場がそれを加工し、次の工場が受け取る。Relianceの仕事は、1つの製品を大量に作るだけでなく、その前後の流れを自分たちの設備でつなぐ形になっていった。[14]
057万人が動く製油所
ジャムナガールという場所
1999年、Relianceはインド西部・グジャラート州の、アラビア海に近いジャムナガールで製油所を動かした。繊維の原料へ進んだ会社が、さらに石油を精製する巨大な設備を持つ。最初の製油所の建設には、アメリカのBechtelも関わった。[6][15]
設備の図面ができても、現場に部品がそろわなければ工事は止まる。部品が届いても、取り付ける人がいなければ動かない。遠くの会社へ発注し、運び、必要な順番で組み合わせる。ムケシュの前に広がったのは、製油所の敷地よりもはるかに広い調達と建設の仕事だった。
19の拠点から同じ現場へ
2008年には第2の製油所が完成した。Bechtelの記録では、3年未満で進めた計画に、世界19の拠点、約2800人の技術者らが関わり、ピーク時の現場では7万人を超す人が働いた。図面や文書は20万件以上、配管は400万メートルに及んだ。[15]
7万人。それだけの人が現場で働く時期があった。製油所を動かすという経営者の決断は、ここでは人を集め、仕事をつなぎ、次の工程を待たせないための巨大な段取りになる。ムケシュが父の下で経験した最初の化学工場から、規模は途方もなく膨らんでいた。
会議の最後に父が期限を縮める
1997年11月、ジャムナガールの建設現場へ来た記者は、ヘルメット姿のムケシュに連れられ、仮設の会議室へ入った。ディルバイもいた。約2時間、工事の進み具合が報告された。目標は1999年の第2四半期だった。[16]
会議の最後、父が求めたのは1998年12月の完成だった。工程表から、さらに時間を削る。しかも月に1度、自分も抜き打ちで現場へ来るという。息子と担当者が説明した計画を聞き終えてから、父は別の期限を置いた。最初の製油所が稼働したのは1999年。後に完成した巨大設備の写真からは見えないが、その建設現場では、親子の間にも工程を巡る圧力がかかっていた。[16]
嵐が人を現場から連れ去る
1998年6月、サイクロンがジャムナガールの建設現場を襲った。現場にいた約4万人のうち、1万5000〜2万人が災害や感染症を恐れて離れたと幹部は話している。工程表を早めろと求められた現場から、今度は働く人そのものがいなくなる。発電機を24時間で復旧させ、通信を4日で戻す。48時間以内に業者を集めて屋根などの修理に入った。壊れたものを直し、人が戻れる場所を取り戻すところから工事を続けなければならなかった。[17]
工場づくりのための運搬や発電の力は、救援にも回った。会社の年報では、医師と医療スタッフを送り、水や食料を運び、病院の手術室へ電力を戻したことが記されている。製油所の工事と、周囲の生活の復旧は、同じ場所で同時に進んだ。[18]
完成させようとしていたのは、原油を精製する装置だけではない。港も発電も石油化学も、この土地でつなぐ。別の工程に必要なものを、自分たちの設備から回せるようにする。1つが止まれば周囲にも響くが、うまく動けば巨大な生産拠点になる。嵐からの復旧を進めながら、Relianceはその全体を完成へ運んだ。[18]
工場の隣には子どもの教室もある
製油所へ大勢の人を集めるなら、その人たちが家族と暮らす場所も要る。ニタ・アンバニは、結婚後、ムンバイの学校で教師として働いた。その後、パタルガンガ、さらにジャムナガールへ、学校づくりを進めた。[19]
ジャムナガールには、従業員の子どもたち約3000人のための学校を作った。パタルガンガの学校は農家や警備員の子どもにも開いていると、ニタは2015年の取材で説明した。働く人を連れてくれば、その家族の毎日も始まる。工場の完成日だけを見ていたら見落とす暮らしを、教師として働いた彼女が支えた。ムケシュが製品を出す場所を作るそばで、ニタは子どもが通う場所を整えていた。[19]
06父の会社を兄弟で分ける
月500ルピー(約828円)の電話から考える
電話を持たない人に、どれだけ払ってもらえるだろう。2002年、Reliance Infocommで通信へ進むムケシュは、月500ルピー(約828円)ほどという額から考えた。先に高い設備を作り、後から客に代金を求めるのではなく、その額で使えるようにするにはどの通信方式が必要かを逆算する。選んだのはCDMAだった。[20]
小さな端末で電話だけでなく、メールやアプリも使ってもらいたい。処理や保存の重い部分をネットワーク側へ置き、端末をその入口にする。まだスマートフォンが今の姿になる前から、安い端末でどこまで使えるようにするかが、彼の問いだった。[20]
自分で建てるだけでなく工場を買う
2002年には、石油化学の国営企業Indian Petrochemicals Corporation、通称IPCLの株式26%を、政府から取得した。代金は149億1000万ルピー(約246億円)。父が亡くなった年、Relianceは自分たちで建てた工場の集まりから、既存の大きな会社を迎えるグループにもなっていた。
株式の26%を政府から買い、一般株主の持つ20%にも公開買付けを行う。募集には枠を上回る株が集まった。更地に設備を並べる仕事に加え、すでに人が働き、客がいて、日々の取引が進んでいる会社を引き受ける。父が亡くなった2002年、ムケシュらは会社の外にある大きな事業も、自分たちのグループへ加えた。[21]
家族の会社にも分割が来る
父ディルバイが亡くなり、兄弟の対立は会社の分割へ進んだ。2005年6月、母コキラベンが仲介した合意が発表される。ムケシュ側にはReliance IndustriesやIPCL。弟アニル側には通信、エネルギー、金融などが渡る。ムケシュも立ち上げに関わった通信事業は、弟が担うことになった。父の会社の中で積み上げてきた仕事が、ここで別々の企業群へ分かれた。[22][23]
家族の会社は、兄弟で協力して動かし続ける1つの箱ではなくなった。どちらの側に、どの設備や事業を置くか。その線が引かれれば、今まで同じグループにあった仕事同士が契約を交わす相手になる。母が合意へ導いた後にも、何をどんな条件で渡すかを巡る争いは残ることになった。
もう1度通信へ
2010年6月11日、Relianceは通信へ戻る道を開いた。全国の無線ブロードバンド免許を得たInfotel Broadbandへ、480億ルピー(約794億円)を投じて95%の持分を得る合意を発表する。弟側へ通信を渡してから約5年。今度は、全国にデータを届けるための入口を押さえた。[24]
これだけの資金を投じても、免許だけでは客の電話はつながらない。通信網を建て、使える端末をそろえ、人に乗り換えてもらわなければならない。長く仕事をした製油所とも、最初に手掛けた化学工場とも違う。ムケシュは再び、完成する前の事業へ巨額を入れる側に立った。
巨大企業が野菜を売り始める
兄弟の分割を経た2006年11月、Relianceは別の売場にも入った。生鮮食品や日用品を扱うReliance Freshである。最初の店を開いたのは、インド南部のIT産業の拠点Hyderabad。石油製品や繊維原料を大きな単位で動かす会社が、家に帰る途中の客へ、野菜や食料を売り始めた。
次には家電、服、靴の売場も増やした。2008年3月末には13州で590店。新しい看板が各地へ進む一方、その街ですでに店を開いていた商人にとって、Relianceの資金力は自分たちの暮らしを脅かす力でもあった。大勢の客に歓迎されれば、そのまま次の店を開ける。そんな単純な拡大にはならない。店の外で抗議が始まる。[25]
開店の翌日に閉めるよう命じられる
2007年8月、インド北部・Uttar Pradesh州の州都Lucknowでは、Reliance Freshの新しい店が開いた直後に、州政府から閉鎖を命じられた。マヤワティ州首相は、抗議に伴う治安上の問題を理由に挙げた。農産物の流通を変える新しい政策の下で出店したばかりだったが、その政策自体も撤回された。
開店初日は好調だった。それでも州政府は、調査委員会が判断するまで店を閉じると説明した。棚には商品があり、買いたい客もいる。だが営業は続けられない。出店を認めた政策そのものが撤回された。大きな工場を作るときとは別の力が、ムケシュの店の入口を閉ざした。[26]
安い値段が歓迎だけを呼ぶわけではない
別の街でも、地元の商人たちは大企業の出店を警戒した。2007年5月、インド中部・Madhya Pradesh州の商業都市Indoreでは、野菜の販売業者の一部がストライキや断食の抗議を行った。自分たちの客が奪われるという不安から、Reliance Freshの出店許可を取り消すよう求めたのである。
Relianceは近隣から野菜を仕入れ、地元業者向けの卸売店も開くと説明した。一方、すべての商人が抗議に加わったわけではなく、普段通りに開いた市場もあった。安く買える客、仕入れ先になる農家、客を失うと恐れる商人。同じ店ができても、街の中で利益を受ける人と困る人は一致しない。新しい看板を増やすたび、その違いにも向き合わなければならなかった。[27]
製油所は動いても給油所を閉める
小売の難しさは野菜だけではなかった。2008年3月、Relianceは国内の1432の給油所を閉じた。巨大な製油所を持っていても、街角で売る燃料の値段では、国営企業と同じ条件で戦えなかったのである。政府の補助が付く国営企業の販売価格に対し、民間企業は自分たちの商業上の負担を考えて値段を付ける必要があった。
製油所は持っている。だが隣の給油所より高ければ、運転手は別の店へ行く。国営企業には政府の補助が付くため、Relianceは同じ価格条件で売れなかった。1432の給油所を閉じる。生産する力をどれほど大きくしても、売場の値段を自分たちだけで決められるわけではなかった。[28]
兄弟の約束より国の資源が先にある
会社を分けた後も、兄弟の仕事は天然ガスでつながっていた。ムケシュ側のReliance Industriesが供給し、アニル側の発電事業が使う。その価格や量、期間をどう決めるかが、裁判所まで持ち込まれた。弟側は家族の分割に伴う取り決めを重く見て、低い固定価格での供給を求めた。兄側は、政府の承認と生産分与契約に従う必要があると主張した。
2010年、最高裁は家族の覚書だけで国の資源の価格を縛れないという判断を示した。両社は政府の政策に合う条件で交渉し直すことになる。父の会社を分けたときの約束が、そのまま地下の天然ガスの値段になるわけではなかった。母の仲介で分割を決めた家族の問題は、国の政策と株主の利益が入る裁判へ広がっていた。[23]
1人で掘らず世界の石油会社を招く
2011年には、イギリスの石油大手BPを相棒に迎えた。8月30日に実行した取引で、BPは21の生産分与契約の権益30%を取得した。対価は70億2600万ドル(約1兆1072億円)。ムケシュは巨大設備のために資金を使うだけでなく、自分たちが持つ資源事業へ、世界的な石油会社の金と技術を呼び込んだ。[29]

写真:Ministry of Commerce and Industry (India)/出典/GODL-India。原画像をそのまま使用。
対象には、生産中のKG-D6鉱区も含まれた。インド東部沖の海底にある天然ガス資源で、製油所のように地上へ設備を置けば終わる仕事ではない。地下の状態を読み、海上で安全に作業し、取り出したガスを送る知識が要る。同年11月には、調達と販売のための折半出資会社も作った。FacebookやGoogleをJioの株主に迎える前から、ムケシュは大きな設備を自分たちだけで抱えるのではなく、外の大企業と組む仕事をしていた。[29]
大きな仕事の外では身近な人と映画を見る
2011年、ニタが取材で話した夫は、口数が少なく人見知りする男だった。夜には親しい友人と映画を見る。巨大な工場の工程を動かし、外国企業と何十億ドル(円換算では数千億〜1兆円超の規模)もの取引をしても、家に戻ると、身近な人と静かな時間を過ごした。そばには、若いころから続く人間関係と映画の時間があった。[10]
その家は、やがてムンバイの街でひときわ目立つAntiliaになる。27階建ての私邸は2010年の報道で10億ドル(約1576億円)規模と評価された。建設費の確定額ではなく当時の推定価値だが、住まい1つで10億ドル(約1576億円)。派手な交友を好まないという家庭の姿と、外から見える桁外れの富は、同じ男の暮らしの中にあった。[30]
07娘が自宅のネットへ文句を言う
父が持つ会社でも不便だった
Yaleから帰省した娘イシャが、自宅のインターネットに不満を言った。アメリカの大学ではできたことが、家へ戻るとできない。息子アカシュも、これからは話す相手とだけでなく、いつもサーバーとつながる時代だと父に説明した。石油化学の巨大企業を率いる男が、子どもたちから、自分たちの使っているネットは不便だと突きつけられた。[31]
父ディルバイは若いムケシュをパートナーのように扱った。今度はムケシュが、子どもや30代の幹部から話を聞く。自分の考えを覆されることにも慣れてきたと、彼は2016年の対談で語った。会社の大きさや経験の長さでは勝っていても、新しい世代が何を不便に感じるかは、若い人の話を聞かなければ分からない。[31]
最初の利用者は社員とその家族だった
最初に無料で使ってもらったのは、社員とその家族だった。2015年12月、社員に最大4回線ずつを提供する。通信網を建てた会社の人たち自身が、家で、街で、毎日の用事に回線を使う。Jioを全国へ売り出す前から、ネットワークには実際の暮らしの通信が流れ始めていた。[32]
2016年3月、ムケシュは初期投資を1兆5000億ルピー(約2兆4840億円)と説明した。無料で使ってもらう回線のために、すでにこれだけの金を入れていた。まだ払ってくれる客が十分にいない段階で、先に設備をそろえる。使う人が増えてから考えるのでは遅い。全国から大量の通信が押し寄せる前に、受け止める網を作らなければならなかった。[32]
08通話料ではなくデータで戦う
Jioが無料で始める

写真:Jim Carter/出典/CC BY-SA 3.0。表示用縮小。写り込む商標の権利は各権利者に帰属。
2016年9月、Jioがサービスを始めた。新しい回線を使ってもらう入口は、無料だった。先に1兆5000億ルピー(約2兆4840億円)規模を投じ、その回線をまず金を取らずに渡す。利用は急増する。170日で契約数は1億へ達した。電話会社を選ぶとき、客の目の前に、これまでとはまるで違う値段の選択肢が現れた。[33]
2017年4月から有料へ移る。集めた契約が、ここから金を払ってくれる顧客になるか。無料なら使う人と、毎月払っても使う人は同じとは限らない。Jioは安い音声通話を売るだけでなく、日々使うデータ通信で収益を得る形へ進んだ。[33]
石油を知る男が別の石油を語る
2017年9月、ムケシュはIndia Mobile Congressで、データを「新しい石油」にたとえた。しかも、それは輸入する必要がないと語った。実際の石油を輸入し、精製し、製品にしてきた経営者が、国内で生まれる情報へ次の価値を見ていた。[34]
2025年のインタビューでムケシュは、Jioへ250億ドル(約3兆9400億円)規模を投じた判断を振り返った。250億ドル(約3兆9400億円)を入れるのは企業の投資で、個人の買物ではない。それでも、それまでの収益を生んできた巨大企業が、別の産業へこれだけの資金を向ける決断だった。父と育てた石油化学の会社を、スマートフォンの中へ入れるための金だった。[3]
SIMを受け取ってもすぐ使えない
回線を選んでも、SIMがすぐ使えるとは限らなかった。都市で数時間、小さな街では数日。本人確認が終わるのを待たされる。自社の社員まで乗り換えに苦労した。2016年、ムケシュが示したのはeKYCというオンライン本人確認で、その時間を10〜15分へ縮める計画だった。通信速度を速くするだけでは足りない。使い始める前の待ち時間から減らそうとした。[35]
海外の料金の考え方も見ていた。VerizonのCEOから、インドではまだ音声通話に料金を取るのかと問われたことを振り返っている。音声を無料にし、データの利用を広げる。Jioの価格は、競争相手を驚かせる宣伝だけでなく、何に料金を払う通信会社なのかを変える試みだった。[35]
うまくつながらないのに料金は取れない
利用者が増えれば成功、とはいかなかった。他社の回線との相互接続に問題が起き、電話がうまくつながらない。2017年、ムケシュは満足なサービスを出せない間に課金すべきではないと説明した。無料という看板で人を集めた後に問われるのは、実際に電話として役に立つかだった。[36]
通信が届くと、使われ方は電話の外へ広がる。ムケシュは、休暇中の医師がPuneから患者のX線をアプリで見て助言した例を挙げた。Puneはインド西部・マハーラーシュトラ州の大学や研究機関が集まる都市だ。病院にいない医師へ、患者の画像が届く。製油所から出る製品なら行き先を追えるが、全国へ回線を張った後には、建てた本人も1つずつ見届けられない使い道が生まれ始めた。[36]
回線の次は手の中の電話を変える
2017年7月の株主総会で、ムケシュはJioPhoneを紹介した。通信料金を安くしても、4Gを使える電話を買えない人がいる。そこで、従来型の携帯電話に近い形を残しながら、データ通信やアプリを使える端末を出した。スマートフォンをすでに持つ客の奪い合いだけでなく、まだそこへ入れていない人を狙った。
発表した実質価格は0ルピー。購入時に1500ルピー(約2,484円)を預け、36か月使って端末を返せば返金する仕組みだった。月153ルピー(約253円)のプランも示した。端末を持っていないから回線を使えず、回線を使わないから安い端末も広がらない。その入口を、預かり金と低い月額で開こうとした。全国の網を作った次には、人の手元へ電話を届ける仕事が待っていた。[37]
大きく作った後は借金をどう減らすか
2019年8月、ムケシュは株主へ期限を約束した。2021年3月までに純有利子負債をゼロにする。前年度末は1兆5447億8000万ルピー(約2兆5581億円)だった。ネットワークを張り、店を増やし、事業が育つまでの資金を先に使った。その次には、膨らんだ借入をどう減らすかを示さなければならない。
候補は複数あった。Saudi Aramcoに石油事業へ入ってもらう。BPとの燃料販売で資金を得る。Jioや小売の一部へ外の投資家を招く。育てた事業を全部手放す代わりに、持分を分けて渡して資金を集める構想だ。だが、このうちAramcoとの大型取引は、後に予定通りには進まなくなる。[38]
電話の会社が企業のコンピュータ室も作る
2019年8月にはMicrosoftと10年の提携を発表した。Jioがインドにデータセンターを作り、MicrosoftのAzureを動かす。Azureは、企業が計算やデータの保存に使うクラウドの仕組みである。電話をつなぐ回線を用意した会社が、その先で企業の業務も支える計画だった。
最初はGujarat州とMaharashtra州の2カ所を予定し、中小企業や新興企業にも使いやすいサービスを目指した。Jio自身もMicrosoftの業務用ソフトを社内へ導入する。外へ売る前提と、自分たちで使う前提が重なった。インド出身のMicrosoftのCEOサティア・ナデラと組んだことで、ムケシュの通信事業は、消費者の動画や電話だけでなく、会社の仕事をデジタル化する市場へも入口を増やした。[39]
インドの売場からイギリスの玩具店へ
同じ2019年、グループのReliance Brandsは、イギリスの老舗玩具店Hamleysを買う契約を結んだ。全株式の取得を目指す取引で、発表された企業価値は6796万ポンド(約143億円)。インド国内で外国ブランドを展開する側だった会社が、今度は世界へ名前を貸して店舗を広げるブランドそのものを持つことになった。
Hamleysの名前を借りてインドで売る側から、そのブランド自体を持つ側へ移る。老舗の看板と各地の店舗、そこでの買物の体験も、グループの事業になった。糸や樹脂を大量に作っていたムケシュの会社は、子どもが店へ入り、玩具を手に取る場所まで持つようになっていた。[40]
09世界の巨大企業を株主にする
Facebookの4357億ルピー(約7215億円)
2020年4月22日、FacebookはJio Platformsの9.99%を取得する合意を発表した。投資額は4357億4000万ルピー(約7215億円)だった。対象は、石油化学や小売を含むReliance全体ではない。通信やデジタル事業をまとめるJio Platformsだった。[41]
9.99%と引き換えに、4357億4000万ルピー(約7215億円)。Facebookが買ったのはReliance全体の株ではなく、通信とデジタル事業をまとめたJio Platformsの持分だった。巨大な工場や小売の箱から、デジタル事業を切り出して見せる。世界のネット企業が金を出せる相手として、ムケシュはJioを差し出した。[41]
Googleも続く
同年7月、Googleも3373億7000万ルピー(約5586億円)を投じ、完全希薄化後で7.73%を取得する合意を発表した。Androidを使うスマートフォンの開発でも協力する。通信網を持つだけでなく、その網を使う端末やサービスにも、世界の企業との関係が広がった。[42]
Facebookの次にはGoogle。世界のネット利用を左右する会社が、今度は同じインドの会社へ資金を入れる。通信網が完成し、膨大な契約が集まった後、その事業はムケシュたちだけで抱えるものから、世界の企業が一部を持ちたいものへ変わっていた。
世界が止まる間に資本を集める
2020年には、世界の投資家だけでなく、既存の株主からも資金を集めた。株主に持株数に応じた新株購入の権利を与える増資で、調達額は5312億4000万ルピー(約8797億円)。全国的な外出制限が続く中でも、募集を上回る申し込みが集まった。父が育てた個人株主との関係は、息子の会社が次の資金を得る場でも働いた。
集まった額は、Jio Platformsへの投資と増資を合わせて1兆6881億8000万ルピー(約2兆7956億円)。さらにBPとの燃料販売の取引も加え、ムケシュは純有利子負債を解消したと株主へ説明した。保有資金などを差し引いた純額であり、借金をすべて返したという意味ではない。それでも、巨額を先に投じて回線を作った会社が、外の投資家から資金を集め直し、約束していた負債の圧縮へ進んだ。[43]
10まとまらなかった石油の大型取引
Aramcoへ20%を売るはずだった
2019年に発表したSaudi Aramcoとの構想は、O2Cと呼ぶ石油・化学品事業の20%を売るものだった。前提の企業価値は750億ドル(約11兆8200億円)。世界最大級の石油企業が加われば、大きな資金も入る。ムケシュが株主へ示した借金削減策の中でも、目を引く取引だった。だが、結んだのは拘束力のない意向書。完了までは相手との合意を積み上げなければならなかった。[44]
2021年11月、両社は構想を見直すと発表した。O2Cを切り出す申請も撤回する。Jioでは世界の投資家から次々に資金を得たが、石油事業では同じ結末にならなかった。負債削減は進んだが、その柱として説明していた石油の売却はまとまらなかった。[44]
分かれた弟を支える
2019年、弟アニルはEricssonへの債務を巡り、収監される危機に陥った。かつて通信事業を分けて持った弟が、通信関連の支払いで追い詰められた。支払いが済んだ後、アニルが感謝した相手は、兄ムケシュとニタだった。会社の分割や天然ガスの裁判で争った兄弟の関係は、支援が必要な局面でも再び表に出た。[45]
Amazonが別の売り手の契約から現れる
小売の拡大では、アメリカのAmazonともぶつかった。2020年、Relianceはインドの大手小売グループFutureの店舗などを買う取引を進めた。ところがAmazonは、その前年にFuture側へ投資した際の契約を根拠に、売却を止めようとした。店を買う側と売る側が合意すれば、それだけで終わる話ではなかった。
AmazonはFuture側への前年の投資契約を持ち出した。その契約には、資産を渡す相手に制限があり、Relianceのグループはその対象に入っていた。売る側と買う側が握手しても、先に契約を結んだ別の会社が止めに来る。争いはインドの裁判所と、Singapore International Arbitration Centreでの手続へ進んだ。FacebookやGoogleを株主に迎えたムケシュは、小売ではAmazonと取引の入口で向き合うことになった。[46]
製油所から医療用の酸素を送る
2021年、インドで新型コロナウイルスの感染が急拡大し、病院で酸素が足りなくなると、Jamnagarの設備も別の仕事に動いた。株主総会でニタは、これまで医療用の液体酸素を作っていなかった製油所を切り替え、日量1100トンへ増やした経緯を説明した。製品を売るための工場が、医療現場へ供給する拠点になった。
酸素を作れても、専用のタンク車がなければ病院へ届かない。Relianceはドイツやシンガポール、サウジアラビアなどからも調達したと報告した。大きな設備を作るときの調達と輸送が、ここでは病院へ酸素を送る仕事に回る。ニタや子どもたちは株主総会で、現場に入った技術者や医療スタッフも紹介した。会社の数字を報告する壇上へ、感染拡大の中で働いた人々の仕事が持ち込まれた。[47]
石油で大きくなり次のエネルギーを買う
石油化学で成長したグループは、今度は太陽光発電や蓄電池へ事業を広げ始めた。2021年に発表した計画では、Jamnagarに新しい巨大工場群を置く。電気を作る太陽電池、その電気をためる電池、水素を作る装置などを、一緒に育てる構想だった。長い年月をかけて石油の設備を集めた場所で、別のエネルギーの設備も集めようとした。
2021年には太陽電池のREC Solar Holdingsを、企業価値7億7100万ドル(約1215億円)で取得した。工場を建てるだけでなく、技術を持つ会社も買う。ムケシュが若いころDuPontと協力したように、今度も外にある知識と人材を自分たちの設備へつなぐ。石油で大きくなった場所で、石油とは違うエネルギーを作るための準備が始まった。[48]
資源の少ない電池へ別の入口を探す
2021年末には、イギリスの電池技術会社Faradionを買う契約も結んだ。取引の企業価値は1億ポンド(約211億円)で、成長を速めるための2500万ポンド(約52億円)も投じる計画だった。得ようとしたのは、ナトリウムイオンを使う蓄電池の技術だった。
ナトリウムイオン電池は、広く使われるリチウムとは別の材料を使う。狙いはその技術を、Jamnagarの蓄電池の製造計画へつなぐことだった。買った会社には技術がある。Relianceには大規模な設備を作る経験がある。しかし、その組み合わせを実際の量産と利益へ変える仕事はこれからだ。ムケシュは、すでに巨大になった石油の設備を眺めるだけでなく、次にその場所へ何を置くかを選び始めていた。[49]
買収は消え店の引き継ぎが残る
2022年4月、34億ドル(約5358億円)規模のFutureとの取引は実行できなくなった。担保を持つ債権者たちが賛成しなかったためである。Amazonとの法的な争いが長引いた間にも、資金繰りに苦しむFutureの店は営業を続けなければならなかった。売却が止まる間も、家賃と借金の支払いは迫っていた。
その2か月前、RelianceはFutureが借りる多くの店の賃貸契約を引き受け、家賃の不払いを理由に何百もの店の管理を押さえたとReutersは報じた。会社を買う契約は止まったのに、実際の売場は動いた。Amazonとの法的な争い、銀行への支払い、建物の家賃。別々の契約を巡る圧力の中で、ムケシュのグループは店舗の足場を広げていた。[50]
兄弟で分けた記憶の後に3人へ仕事を渡す
2022年の総会では、次世代の役割が具体的に見え始めた。アカシュはJio、イシャは小売、アナントは新エネルギーへ力を注ぐ。ムケシュは、3人が若い幹部たちの中で仕事を担い、経験豊かな経営陣から日々教わっていると説明した。若い3人へ仕事を渡すために、先に学ぶ相手もそろえていた。
アナントが仕事を覚える場所には、Jamnagarも挙がった。父が製油所を作り、母が学校を整えた土地だ。若いムケシュが父に呼び戻され、年長の幹部の隣で覚えた仕事を、今度は自分の子どもたちへ渡す。だが本人は一線を退くとは言わなかった。3人へ役割を与えながら、経営には関わり続ける。父の死後に兄弟で会社を分けた家族は、次の継承を生前から進め始めた。[51]
古いコーラの名前をもう1度棚へ置く
2023年には、Campaを市場へ戻した。インドで以前から知られた清涼飲料の名前で、Relianceは前年に取得していた。新しい商品名をゼロから覚えてもらうのではなく、かつて飲んだ人の記憶があるブランドを、いまの売場へ置き直した。コーラのほか、オレンジやレモン系の飲料をそろえた。
自分たちの店の棚へ、自分たちが持つブランドを置く。客が選ぶのは1本のコーラでも、その後ろには製造と配送、売場を持つ企業群がつながっている。原料から布までを自分たちで作ろうとした父の会社は、毎日の買物の中でも、作る側と売る側の両方へ回った。Campaの古い名前は、その新しい競争へ入る看板になった。[52]
金融は別の会社へ
2023年、Jio Financial ServicesはRelianceから分離し、RILの株主へ1対1で株式が渡った。金融の事業は、独立した上場会社へ進んだ。[53]
金融には金融の株主と経営を置く。事業が増えるたび、ムケシュの企業群はただ1つの箱が膨らむのではなく、違う株主と経営を持つ会社にも分かれていった。[53]
11世界が見に来た息子の結婚式
挙式前にRihannaを呼ぶ
2024年3月、ジャムナガールへ世界の著名人が集まった。息子アナントとラディカ・マーチャントを祝う3日間。Rihannaが歌い、家族の敷地にはガラスの宮殿を思わせる会場が作られた。まだ結婚式ではない。その前の祝いだった。父が巨大な製油所を作った土地が、このときは世界的な歌手と招待客を迎える舞台になった。[54][55]
Rihannaの出演料は推定600万ドル(約9億円)。The Wall Street Journalの取材に、イベント会社の幹部が示した額だ。歌手1人の出演だけで、その規模の金が動くと見積もられた。新婦ラディカは、ジャムナガールを選んだ理由を家族の原点と結びつけて説明している。会社の歴史の中心だった場所へ、次の世代の祝いを持ってきた。[54][55]
7月にはJustin Bieber

写真:DesiBoy101/出典/CC BY 4.0。表示用縮小。
5月には地中海のクルーズが続いた。イタリアやフランスの街へ寄り、船の上でも陸上でも祝う。7月5日の結婚前の祝宴にはJustin Bieberが出演した。The Wall Street Journalの取材に応じた同じ幹部は、Bieberの出演料を1000万ドル(約15億円)ほどと見積もった。3月にRihanna。7月にはBieber。1晩へ有名人を集めただけではなく、何か月も祝宴の舞台を変えていた。[55][56]
7月12日、ようやくムンバイで挙式した。祝宴は14日まで続く。新婦はVogueの取材で、準備の中心にいたのはニタだと話している。会場、衣装、食事、客の移動。企業の会長である夫の隣で、彼女は世界各地から人を集める家族の祝いを取り仕切った。[57]
富は見せ方まで世界規模になる
総額は、数か月にわたる祝賀行事で最大6億ドル(約945億円)規模とも報じられた。ただしアンバニ家が支出の明細を公開した額ではない。歌手1人の見積もりが数百万ドル(円換算では数億〜十数億円の規模)から1000万ドル(約15億円)に達し、クルーズや巨大な会場が重なる。その桁を見れば、世界が結婚式そのものへ目を向けた理由は分かる。招待客として並ぶ有名人の顔よりも、彼らを同じ家族の祝いへ集めた富のほうが、ニュースの主役になっていた。[58][55]
かつて父が始めた会社の現場へ呼び戻された青年は、今度は世界の富豪の家に生まれた息子を送り出す父になった。工場のトレーラーに泊まったころと、世界的な歌手を招く祝宴。その両方がムケシュの人生にある。祝いを終えても、彼の会社には、まだ完成させる設備と競争が残っていた。
回線の向こうの番組も事業になる
2024年、RelianceはDisneyと、インドの映像事業をまとめる契約を結んだ。Disneyが持つStar Indiaのテレビや配信と、Reliance側のViacom18の事業を合わせる。電話の回線を売るだけでなく、その回線で見られるスポーツやドラマの大きな入口も持つことになる。
共同事業はReliance側が支配し、ニタが会長を務める枠組みになった。Star IndiaとViacom18が持つテレビや配信を合わせる。Jioで客の手へ画面を届けた後、今度はその画面へ流すスポーツやドラマも大きく押さえる。DisneyのCEOボブ・アイガーと交わす交渉は、1つの国の視聴者が何を見るかを変える事業になっていた。[59]
12買物の店も金融も
製油所の街をAIの街にも
2024年、NVIDIAのジェンスン・フアンと壇上に立った。ムケシュが語ったのは、ジャムナガールで拡張できる1ギガワット規模のAI設備の構想だった。半導体のGB200を待っていたという話へ、フアンは次の製品も優れていると返す。工場の建設や通信の普及を進めてきた男が、今度は計算の設備を相手に話していた。
高価な電話やパソコンへ買い替えなくても、設備の側でAIを使えるようにする。語っていたのは、その構想だった。かつて月500ルピー(約828円)から通信の方式を逆算した男は、新しい技術でも、利用する側の負担をどう下げるかに話を戻した。実現には半導体も電力も設備も要る。フアンと壇上で言葉を交わす先には、また大きな建設の仕事が待っていた。[60]
2つの配信サービスを1つにする
統合の後には、JioCinemaとDisney+ HotstarをまとめたJioHotstarが生まれた。放送の看板ではColorsやStar Plus、スポーツではStar Sportsなどが同じ事業に入る。別々に育った番組と配信の入口を、客が実際に使うサービスへまとめる作業が始まった。
クリケットの大会IPLでは、大勢が同じ瞬間に配信を開く。試合の山場を見逃させれば、画面の向こうの客は不満を持つ。毎秒大量のデータを運び、同時に映像を見せる。石油を送り、店へ商品を送り、今度は決定的な一球をスマートフォンへ送る。JioStarの事業には、回線を持った後にも続く、見たいものを届けるための競争がある。[61]
2万店の売場へ
Relianceの事業は、工場と通信だけではない。2026年3月末の小売事業は2万160店を抱え、食品から衣料、日用品まで、人々の買い物に入っている。年度中には1564店を新しく開いた。[62]
遠くの製油所で作るものと、家の近くの店で買うもの。かつて消費者の目から離れた場所で設備を増やしていた会社は、暮らしのすぐそばにも入り込んだ。食品の棚から電話、映画やスポーツまで。ムケシュの会社に気付かず1日を過ごすほうが難しくなるほど、その入口は増えていた。
13父の会社のその先へ
10兆ルピー(約16兆5600億円)を超える売上
2026年3月期のReliance Industriesの連結売上は、税の扱いを調整したRevenue from Operationsで10兆7567億5000万ルピー(約17兆8131億円)だった。見出しで発表される総額と、会計上の売上を分けた数字だ。[63]
同じ時点でJioの契約数は5億2400万。人の数ではなく回線契約の数だ。それでも、無料で使ってもらうところから始めた通信事業が、これだけの契約を持つまでになった。大学を途中で離れて最初の工場へ入ったころ、ムケシュが相手にしたのは糸を作る機械だった。今では、国中の人が手にする画面の向こうに、自分たちの網がある。[64]
次の工場をまた作る
Jamnagarでは、新エネルギーの製造基盤を育てる計画が続く。過去に完成させた製油所は大きい。だが次に建てる設備が、そのまま成功する保証にはならない。技術を買い、人を集め、動かし、客へ届ける。工場のトレーラーで覚え始めた仕事は、何十年たっても、違う設備を相手に繰り返されている。[2]
Forbesが2026年10月31日時点で示すムケシュの推定資産は803億ドル(約12兆6552億円)。父の会社、教育、幹部からの訓練、資本という大きな足場から、製油所、通信、小売へと事業を伸ばしてきた。[65]
父が飛び込んだのは、アイスクリームが懸かった海だった。息子が飛び込む先には、まだ客が払っていない通信網や、これから動かすエネルギー設備がある。もちろん賭ける規模も、負う責任も違う。父から渡された足場は大きかった。その上でムケシュは、完成した財産を眺めるだけの道を選ばなかった。祝いの照明が消えた後も、別の現場で次の設備を動かそうとしている。
参考文献・出典 65件
本文の番号に対応する資料です。本人・関係者のインタビュー、当時の取材、企業の発表を参照しています。
- Munzinger Mukesh Ambani ↩ 本文
- RIL corporate history ↩ 本文
- Gautam Kumra interview, June25,2025 ↩ 本文
- Pritish Nandyによる本人インタビュー ↩ 本文
- MoneyLIFE interview by Sucheta Dalal/Debashis Basu, January2007 ↩ 本文
- RIL chairman biography ↩ 本文
- Reliance Textile annual report1982 ↩ 本文
- Indian to the Core, and an Oligarch — Anand Giridharadas, The New York Times ↩ 本文
- RIL Annual Report1985 ↩ 本文
- Nita Ambani: Daughter,wife,mother,teamowner,educationist — Sarita Tanwar,TNN ↩ 本文
- RIL Annual Report1988–89 ↩ 本文
- RIL Annual Report1989–90 ↩ 本文
- Reliance Industries:Annual Report 1991–1992(Hazira設備計画) ↩ 本文
- Reliance Industries:Annual Report 1992–1993(原料輸送船・Hazira事業) ↩ 本文
- Bechtel Jamnagar refinery project ↩ 本文
- Sanjoy Narayan: A Thousand Dhirubhais ↩ 本文
- Reliance Petro’s Gujarat Project On Schedule — Business Standard现场取材 ↩ 本文
- Reliance Industries Annual Report1998–99 ↩ 本文
- Aseem ChhabraによるNita Ambani Chicagoインタビュー ↩ 本文
- Fight me on price,Mukesh tells rivals — Business Standard interview reprintedbyRediff ↩ 本文
- Rediff:IPCLの民営化後の経営・設備統合に関する報道(2002年8月28日) ↩ 本文
- PTI RIL board accepts demerger, June18,2005 ↩ 本文
- Supreme Court RIL v RNRL judgment2010 ↩ 本文
- RIL investment in Infotel Broadband, June11,2010 ↩ 本文
- Knowledge at Wharton:Trouble in Store: A Setback for India’s Organized Retail Sector ↩ 本文
- Rediff:Uttar Pradesh州によるReliance Fresh店舗閉鎖指示の報道(2007年8月23日) ↩ 本文
- The Times of India:Vendors observe strike over Reliance stores in Indore ↩ 本文
- Competition Commission of India:石油製品の小売競争と民間給油所に関する市場調査資料 ↩ 本文
- BP:2011年通期業績報告(2012年2月7日、SEC Form 6-K。Reliance鉱区取引の実行額・範囲) ↩ 本文
- PTI / The Indian Express(2010年10月17日)Antiliaの当時の推定価値 ↩ 本文
- Mukesh Ambani / Shekhar Gupta Off The Cuff interview transcript ↩ 本文
- India Brand Equity Foundation:Reliance Jio initial investment at Rs 150,000 crore: Mukesh Ambani ↩ 本文
- RIL2016–17 management discussion ↩ 本文
- India Mobile Congress2017 speech, printed by Business Standard ↩ 本文
- Vikas Singh, Pankaj Doval, Boby Kurian: I wish I were30 years old today ↩ 本文
- T. Surendar: Jio has the culture of a startup, but we have a financially strong parent ↩ 本文
- Reliance Industries:2017年株主総会・Mukesh Ambani会長スピーチ(JioPhone発表) ↩ 本文
- Reliance Industries:Chairman’s Statement, 42nd AGM(2019年) ↩ 本文
- Microsoft:Jio and Microsoft announce alliance to accelerate digital transformation in India ↩ 本文
- Slaughter and May:Reliance BrandsによるHamleys Global Holdings全株式取得の助言実績 ↩ 本文
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- Reliance Industries:Annual Report 2019–20, Letter to Shareholders ↩ 本文
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- Reliance Industries:Annual Report 2022–23, New Energy ↩ 本文
- Reliance Industries:2022年1月21日業績発表資料(Faradion取得・ナトリウムイオン電池技術) ↩ 本文
- Reuters:Reliance says cannot implement $3.4 billion deal with India’s Future Group(Investing.com掲載) ↩ 本文
- NDTV Profit:RIL AGM 2022 — Full text of Mukesh Ambani’s speech ↩ 本文
- Fortune India:Reliance launches iconic beverage brand Campa in new avatar ↩ 本文
- Mukesh46thAGMchairmanstatement2023 ↩ 本文
- Radhika Merchant interview on Jamnagar prewedding, March7,2024 ↩ 本文
- The Wall Street Journal(2024年7月12日)婚礼イベントの専門家による出演料等の見積もり ↩ 本文
- Vogue wedding attendees July2024 ↩ 本文
- Radhika wedding interview, July14,2024 ↩ 本文
- The Guardian(2024年7月12日)数か月の祝賀行事の推定費用に関する報道 ↩ 本文
- The Walt Disney Company:Reliance and Disney Announce Strategic Joint Venture to Bring Together the Most Compelling and Engaging Entertainment Brands in India ↩ 本文
- Fireside Chat with Jensen Huang and Mukesh Ambani — NVIDIA AI Summit India ↩ 本文
- Reliance Industries:Annual Report 2024–25, Media and Entertainment ↩ 本文
- RIL2025–26 Retail segment review ↩ 本文
- RIL Integrated Annual Report2025–26 ↩ 本文
- RIL2025–26 Digital segment review ↩ 本文
- Forbes Mukesh Ambani realtime profile ↩ 本文
写真の作者・利用条件・撮影年は各画像の下に記載。取材資料と写真の出典は別々に確認できます。
※ 円換算は2026年11月2日確認のWise表示値(1米ドル=157.6円、1インドルピー=1.656円、1英ポンド=211.0円)を使用。取引当時の為替や物価・購買力を再現するものではありません。 為替出典:USD / INR / GBP
本文更新:2026-11-02



